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「今」が持つパワーの意味|ニューヨーク、ピザ業界大物の真実

先週末、マンハッタン。チャイナタウンで4人のホームレスが路上で眠っている間に、何者かに鉄の棒で頭を滅多打ちにされ殺害されました。警察はすぐに、容疑者としてドミニク共和国から移民としてやってきたホームレスの男性を逮捕しました。容疑者はニューヨークに来た後ドラッグ中毒になり、ブルックリンなどのホームレスシェルターを転々としていたことが分かり、精神的にかなり不安定な状態だった、というとてもショッキングな事件が起こりました。

容疑者逮捕後、街の人々はキャンドルや花を殺害された4人が眠っていた路上に置いていきました。

そんな中、出来たての温かいピザを置いていく人が現れました。そしてピザボックスには「皆んなが殺害されそうになっていた、まさにその時にここに居て皆んなを守ってあげたかった。みんな俺のことを”ピザのヤツ”として知っているよ。俺自身、昔ホームレスをしていたから、皆んなが毎日どれだけ苦労していたか分かるよ」というメモが書いてありました。

「pizza guy」「ピザのヤツ」ことハキ・アクデニスは39歳の移民で、ニューヨークで小さなピザチェーン店を展開しています。そして、オフィシャルにはしていませんが、彼はずっとホームレス達に手厚いサポートをしてきました。

アクデニスはクルド人トルコ育ちで、カナダに移民として入国しました。トルコにいた時、彼はラフマジュンというトルコ風のピザを作るカフェで働いていたので、ラフマジュンのアメリカ版であるピザを作りたい!と、アメリカに行くことを決意しました。

そして18年前、アクデニスは240ドルを握りしめカナダからバスでニューヨークにやってきました。身を寄せるはずだった友人宅に宿泊することを拒否されたアクデニスは安宿に宿泊していましたが、お金は底を突き、英語もよく分からないまま路上での生活を余儀無くされました。

アクデニスは当ても無く、グランドセントラルステーションで寝泊まりしていると、バワリーミッションへ行くように言われました。バワリーミッションはニューヨークにいれば、誰もが知っているようなホームレスシェルターで、いわゆるホームレス街の心臓として知られています。

シェルターのキッチンでひたすらタマネギを切り、皿を洗い、それが終わるとキッチンの隅で眠る。「俺はそこに96日間いたんだ」とアクデニスは当時を振り返っています。そんな生活をしながらも、アクデニスはピザを作る方法を探し続けていました。

そんなある日、彼はバワリーミッションの中でトルコ語の新聞を読んでいる女性に出会い、すぐさま求人広告を読ませてもらい、その広告で見かけたニュージャージーのピザ屋の職を求め、薄汚れた服のままニュージャージーへ行きました。

ピザ屋のオーナーはアクデニスを不審な目で見ていましたが「ピザを作らせてもらえないか?」と彼は必死に頼み込みました。アクデニスは試作として何度かピザ作りをしましたが失敗し、オーナーは彼を皿洗いとして雇いました。その夜、アクデニスはレストランの目の前のベンチで眠り、翌朝誰よりも早く出勤しました。そして、その夜からピザショップが入っているビルの地下で眠らせてもらえるようになりました。

アクデニスは少ない稼ぎを貯金し、1年後マンハッタンの別の店に皿洗いとして転職し、マンハッタンでルームメイトと住めるようになりました。そのレストランの稼ぎ時、セントパトリックデーの日にピザ職人が出勤せず、ついにアクデニスはピザ職人に昇進しました。

彼は5年間そこで腕を磨きながら400万円貯め、800万円の安い物件をローンで買い、ついに2009年マンハッタンのローワーイーストサイドに自分の店を開きました。しかし商売は軌道に乗らず、すぐにローンの支払いは滞り始め、「支払わないなら、お前をオーブンにぶち込むぞ!」とオーナーに言われましたが、その頃には彼はすでにオーブンの下で寝泊りしていました。

そんな中で出場したピザコンテストで、人生の転機が訪れます。どうにかしてコンテストで目立とうと、アクデニスはピザ生地を空中に投げ、クルクルと回転させながらキャッチし、ピザを焼き上げました。その結果、見事コンテストで優勝したのです!

そのコンテストのことを取材し、特集記事としてアクデニスのことが紹介された雑誌を出版社から大量に貰ったアクデニスは、店の近所の学校に雑誌を配りまくりました。そして彼は生徒達から「チャンプ」(チャンピオンの略)と呼ばれるようになり、彼らがピザを買い求め始めたのです。

「それから忙しくなったよ。とにかく忙しい、忙しい、忙しいって感じだ。」とアクデニスは語っています。

彼の商売は軌道に乗り、ついには新店舗を作ることに。新しい店舗と合わせた2店舗を、彼は学生達が付けてくれたニックネームをもとに「チャンピオンピザ」と呼ぶことにしました。

彼はその後もピザ業界で成功し続け、今ではInstagramのフォローワー数は350万人に。成功した後もアクデニスは自分がホームレスだった事を忘れることは無い、と語っていて、週ごとにピザや洋服をホームレスに無料提供しています。彼の支援はピザだけに留まらず、ホームレスのヘアカットをする散髪屋や、彼らにシャワーを提供してくれるジムを探し出してアクデニスがその料金を支払っているそう。こうして彼はホームレス達の間で「pizza guy」「ピザのヤツ」と呼ばれるようになりました。

先週末のホームレス殺害事件を聞いたアクニデスは「どうしたらそんな事ができるんだ?」と云っています。

この事件以降、アクデニスは何度か殺害現場に何十箱ものピザを抱えて訪れています。そして、通りかかるホームレスにピザを手渡しています。

ピザの箱には、こう書かれています。「チャンピオンピザ。Made in New York with Love」(チャンピオンピザ、メイドイン愛あるニューヨーク)

寄付に対してオープンでありたい。

「寄付をする」という行為に、偽善だと云う人もいるけれども、偽善だとしてもそれで助かる人がいるならいいじゃないか、と言われているようで、心をグッと掴まれ揺さぶられました。

「移民」や「ホームレス」はその人を定義する言葉にならない。その時々にどう生きるか、その意味をアクデニスは問い掛けているように思います。

Bibliography :「その苦しみが分かるんだ」ピザ業界の大物がホームレス殺害現場にピザを置く理由









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