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ダイバーシティの中に潜む女性蔑視、白人特権社会を描いた昨年話題の1冊

名のない語り手が主人公の「I’m A Fan」がペーパーバックになっているのを知り、嬉々として購入。

2023年Women’s Prizeフィクション部門にノミネート、ブリティッシュブックアワードのディスカバー部門受賞など昨年とても注目されていた本書。賛否両論様々なレビューを目にして以来、読んでみたい1冊でした。
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30代、移民2世、ロンドン南部でボーイフレンドと同棲中の白人ではない名のない主人公は、恋堕ちるべき相手ではない「The man I want to be with」(一緒にいたい男性)と不平等な関係を築いてしまいます。

彼が愛するのは、その妻でも自分でもない、SNSインフルエンサーと大成功している第3のアメリカ人女性だ、と気が付いた主人公は、第3の女のサイバーストーキングに夢中になっていくのですが…
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各チャプターが異様に短いのですが、どれも主人公の揺れ動く感情がズッシリ描かれています。

「愛」が人を狂わせてゆくのだねぇ…などと少し感傷的な気持ちになっていると、急に人種・階級・社会システムとしての特権などの問題に直面しながらも生きていかなければならない現代女性の生々しい声が描かれているチャプターに飛んだりするパンチのあるライティングスタイルが良い意味で変わっています。
物語自体ではなく、このオリジナルなライティングスタイにも賛否両論様々なレビューが付いていたのですが、私は好きでした。

The man I want to be withが1番愛しているのは(恐らく)アメリカ人インフルエンサーの女性なのですが、彼女がSNS上で大成功できたのは本人の努力だけではなく、富豪である父の評判と「白人」だったから、とう事実を主人公はこんな言葉で表現しています。

Whiteness and white people make themselves  pervasive yet think of themselves as separate.It is parental and condescending in tone-it invented the concept race conferring  upon itself-a freak genetic accident-the values of intelligence,advancement ,beauty,whereby  the lower the level of melanin in body,the higher your place in the hierarchy,the lighter the skin tone,the closer you are to whiteness therefore better,more beautiful you are regarded ,more suited to power you are. The simplicity of this belief is in tandem with its
terrible violence.

「白さ」と白人であることが彼らを広く普及させているのに、更に彼らは自分たちは独立した存在だ、と考えている。親目線で見下した雰囲気だ。異常な遺伝子のアクシデントという上に、人種特権というコンセプトが考案された。知識や発展、美しさの価値というものは、体のメラニン色素が低ければ低いほど、ヒエラルキーの上位に位置し、肌のトーンが明るければ明るいほど、より「白さ」に近づける、つまりより上位ということ。より美しいと見なされれば、より権力に相応しいと見なされる。このシンプルな信念が「白さ」という悲惨な暴力と歩調を合わせている。(意訳)

私は20代の頃、美白や、美白ファンデーションを塗りたくることに勤しんだことがあるのですが、白人が生まれながらに持つ特権について、丁寧に細かく真正面から書かれた文章だなぁ、と感じたました。

今振り返ってみると、私が20代の頃は外資系の化粧品ブランドやアパレルの広告は白人が独占しており、美の価値は「白さ」だという刷り込みがなかったとは言い難い状況で、当時、美白に勤しんだ私と同じような状況だった方は、誰もが物語の主人公の葛藤を理解できるのではないかなぁ、と思いました。

その理解は、だから社会はどんなふうであればいいのか、を主人公や私たちが考えることにつながるはずが、SNSの普及により結果的に主人公はインフルエンサーたちが持つ「白さ」に嫌悪感を抱きながらも、その特権を妬みサイバーストーキングしてしまい、「白さ」が持つ特権を下支えしてしまう…。

その嫉妬心や矛盾をギラギラと内に秘め、周囲からも孤立していく主人公。
不貞ばかり働いても色男となどと呼ばれ、決して淫乱とは表現されない「男性社会」と「白人特権社会」を憎みながらも受け入れざるを得ない主人公は、そっとその感情を飲み込み、「I’m a fan 」とでもいいたげなラスト数ページは圧巻でした。

太宰治の小説に「男と女は違うものを見ている。同じ赤といっても女には違う色が見えている」みたいな一節があった気がするのですが「男性社会」と「女性社会」、「白人社会」と「有色人種社会」、同じ「社会」といっても、まさに「違うものを見て生きている」状態を言語化した大変素晴らしい1冊でした!


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