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いのちのものがたり 完全版

 昔々、人がいのちを生きていた時代、わたしはあなたに出逢った。声に成らない声を聴き、風に乗った思いを聞いた。「きみがすき」その声は、風と共にやってきた。なつかしい「それ」は、わたしの身体を包んで溶かした。なつかしく、とても暖かい。「それ」は、いのちだった。

 歌を聞いた。王の歌を儚く切ないそれは、わたしの胸を打った。声にならない音だった。愛した者が消えていく、愛した国が消えていく、それは王の思いだった。わたしは、胸が痛かった。握りしめられた思いが、苦しかった。人は思いを生みだし、人間になった。

 そしてまた、幾ばくかの歳月が流れ、わたしは月にいた。あの、懐かしい星を眺めていた。ごうごうと音がする。いのちの音が、唄をうたっていた。いくつもの思いが、声にならない声が、音を立てていた。わたしは毎日声を聴いた。轟く音をそして祈った。おもいが、静まるように。

 うごめくおもいは、大きくなった。まるでバラバラの「それ」は一つの固まりのようにうねり、広がっていった。いのちは深くしずみ、おもいは大きくなった。こわれそうだった、わたしの思いが。あったのだ、思いが。「わたし」は、人間になった。

 おりてゆく、錘をつけてどんどん引かれ、思いは「かたち」になった。身体という新しいいのち。そして、かたちの無い「いのち」をわたしは、新しいいのちに刻み込んだ。忘れてしまわぬように。

 そこは夢のようだった。それは実際、夢だった。いのちの固まり。わたしとあなたが出来た。目に映る全てが新しく、面白かった。けれど、なにかを忘れていった。

 孤独、という感覚がやってきた。わたしの思いが解らなくなった。わたしが誰だか、解らなくなった。段々と目が覚めなくなり、ずっと夢の中だった。もう夢ということもわからなくなった頃。わたしは夢をみた。「わたし」は生まれた。喜びと共に、たくさんの呪をかけて、わたしはうまれた。巡る「いのち」の音がした。

 音がする、ここはどこだろう。ねっとりとした空間だった。空を身体に入れるらしい。何とも言えない異物感に、わたしはむせた。とにかく苦しいのだが、ここではこうらしい。歌が聞こえた。やさしい唄が。寂しく、儚く、あたたかい。わたしは誰だろう。眩く儚いこの世の歌。それは赤子へのレクイエムのようだった。

 わたしはまるで、誰かの代わりのようだった。わたしを見る母も仮の姿のようだった。ここは全てが幻なのか。母はよく歌をうたっていた。わたしをあやすように、自分の世界をあやしていた。夢を見ていた。それは実際夢だったが、この世ではそれがすべてだった。

 母は時たま、わたしを見てとても悲しい顔をした。死ぬおもいでいのちを隠して生きてきた。それを子にやらせなければならない。この事の苦しみは、計り知れなかった。連綿と受け継がれた歌は、救いだった。

 なぜだろう、こころが騒ぐ。それはありとあらゆるものを招いた。感情に導かれ、人生というものが始まった。わたしは、自分が誰なのか分からなくなっていたが偶然を装って、夢は幾重にも折り重なり進んでいった。

 ことの始まりを覚えているものは居ないようだった。日々訪れる思いに載せて、ここを生きた。永遠を感じながら、肉体の終わりを感じ、まだ何も始まっていない気がするのに、まるで余生のようだった。

 こちらには「悩み」というものがある。答えを求めて、時にそれをいのちから離れて求めるのだ。いのちを忘れると、不安というものに襲われる。源を忘れて形を信じるようになっていた。在るものを無いと言い、無いものを有るという。

 そのすべてをコントロール出来ることも忘れたことにして、目隠しをして生きていた。何かが違うと思いながら、刻印が解かれる日を待っていた。その日は突然くる。作り話だったと知る時が、けれど作り話にも物語はある。そう、物語はある。

 これからは真実になる。真実を生きるのではなく、真実であるのだ。ここの私と、あちらのわたしをどちらも私として生きる。「その行程が歴史だ」声の主はわたしだった。ここに一つで最大の秘密がある。

 私、と言った時、それはどのわたしだろう。月にいたわたしなのか、王の声を聞いたわたしなのか、身体のある私なのか。そのどれもがわたしなのか。わたしなんていない。それが答えだった。

 誰もが自分が誰なのか忘れていた。それは、枯渇感となり、他人や形がある物を求めた。自分を探して、わたしを探して、そこにある「いのち」を別の物で置き換えようとした。

 どんなに求めても決して見つかりはしない。それほど当たり前にそこにあるのだ。この世界はおとぎ話だ。とても美しく、それにふさわしく醜い。対比によって光り輝き、発見と気付きに満ちた世界だ。

 奇跡はいつもそこにある。それを見出したものには光を見えないものには闇を与える。闇と光は一つだ。決して別れることはない。人はいつから闇を恐れるようになったのだろう。「身体に宿ると言うことはそう言うことだ」
それは王の声だった。

 私はこの声をどこで聞いたのだろう。心が震え、身の毛がよだつ。それはこの世界で生きることを喚起させる声だった。「きみがすき」心に暖かいものが触れた。それは王の声と同時にやってきた。

 声は音だ。始まりの音。誰もが奏で包まれ放つもの。それは聞こえようと聞こえまいと響くもの。この暖かさ、どこかで触れた暖かさ。全身を甘い心地よさが包んだ。

 私は王の声に身を震わせたはずなのに、この暖かいものはなんだろう。「我々は出逢った」「身体のない頃、一つだった」王がいった。確かにそうだった様な気もするが、私は何も覚えていなかった。

 心が熱い、焼けるようだ。「それだ」王は続けた。「我々は一つ」その声を聞きながら、私は意識が遠のいていった。このままでは、身体から離れてしまう。そう思ったと同時に、わたしは月にいた。

 眼下にあの星が見える。わたしは身体のことを一瞬で忘れた。記憶とは、なんて儚く曖昧なものだろう。「ああ唸っている。あの星が」この音を頼りに降りて行ったわたし。身体のある私をわたしは眺めていた。

 そこに王はいた。古びた布をまとい、ただ立っていた。なぜそれが王だと分かったのか。「わたしが呼んだのだ」王はそう言った。「あなたが呼んだ?」「わたしの歌を聞いただろう?あの歌は君にしか聞こえない」君とは私のことなのだろうか。

 「ああ、君は私だ」王は私を見つめ、そう言った。その言葉には、ほんの少しの寂しさと沢山の喜びが宿っていた。王の瞳を見つめていると、不思議な感覚になった。その瞳は、まるでわたしのようで見つめているのか、見つめられているのか分からなくなった。

 王はわたしの中にいた。心の中に。「我々は一つ」その声が身体中に響き渡り細胞が震えた。「さあ行け」王が言うと同時に、わたしは身体に引き戻されて行った。

 目がさめるとそこは、草原だった。私は心地よい風に吹かれ、眼下には海が広がっていた。私を呼ぶ声がした。「今日は、ローズマリーを摘んだの」女の子が茎束を私に差し出した。「あら、こんなに硬いものをよく摘んだわね」「ちゃんと剪定したのよ」女の子が微笑んだ。その子は私の娘だった。

 ひとしきり草原で遊んで、林の中を手を繋いで歩いた。「ねえ、私のこと見つけてね、どこで何をしていても、どんな姿でも」娘は私を見上げ、とても可愛い顔で微笑みながらそう言った。「もちろん」私は愛おしさを込めてそう答えた。

 この世界で出会う誰かは、みんなわたしだった。それは人に限らず、この世の全てがわたしの片鱗だ。なんて愛おしく素晴らしい世界なのだろう。この世は分離が織りなす壮大な世界。この世と言った時、常にあの世が在る。言葉はそれを顕現させる。

 「まぼろしの世と言ったのは母だよ」若い男の声がした。振り返るとそこに、織りたての真新しい布をまとった青年がいた。「この世はまぼろし・・・、そうだったわね」「思い出した?」そこにいたのは私の息子だった。少し見ぬ間にとても立派な青年になっていた。

 瑠璃色の瞳を輝かせ、私を真っ直ぐ見つめる仕草は生まれた時から変わらない。ああ愛おしい子。「健やかでいたかい?」私がいつも言っていた言い回しで、息子が私に尋ねた。「ええ、あなたは良くやっているの?」聞くまでもなく、息子はよくやっている。風貌にそれが現れていた。

 「今、ひと時母に会いにきました」「ありがとう。十分よ」私は、息子の頬に触れた。はにかんで笑うその顔を私はずっと覚えているだろう。永遠が在るのならそれは、その瞬間に宿る。一瞬が永遠なのだ。

 永遠の今を私たちは生きている。それが本当にわかった時、まぼろしも真実も違わなくなる。「どうかそのままで、変わらぬあなたのままで」「変わらないものなど、この世にはないと言ったのは母ですよ」とても穏やかに、私たちは笑った。「元気でね」「母も」きびを返し、瞬く間に息子は雑踏へ消えた。

 私は一歩踏み出した。心が痛い、別れとはなんて寂しく空しいものなのだろう。痛む胸を抱え、鼓動に耳を澄ました。力強く繊細な音をただ感じていた。この音は、いのちの音だ。私は身体を持つことの素晴らしさを思った。体験とはなんて崇高な行為だろう。

 そして私は何度か生まれ変わった。ありとあらゆる感情を体験し、喪失を繰り返し、その限りあるいのちを生きた。創造主はわたしだ。この世界を壊して、創っているのはわたしだ。天であり地であり、それら全てこの星はわたしだ。「思い出したか」声がした。それは王の声、そして私の声。「夢の途中だ、行こう」



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