社会と自分にとってちょうどいい折り合いのバランスを見つける

老朽化は気がつかないうちに進んでいきます。けれど、メンテナンスを定期的にしていくことや、手入れ・清掃、アップデートをすることで、老朽化をゆっくりにすることは可能です。

振り返ってみて、あの時そういえば!と感じることはよくあります。が、想定して、その誤差が小さかったと思えることは少ないです。
それは経験から学ぶことは自分の経験という実際の行動から、振り返ることができるので、座学で得た知識や技術とのリアルでの結びつきがここで行われます。ベースにあるのは一個人の経験から吸収する部分が大きいです。
もっと大きい流れが、社会にはあります。流れや、根拠・データ、他者と関わる・また活用していくことで、一人ではできない動きが生まれます。
自分よりも年上の方は、年の功と言って敬いなさい、と言われて育ちました。けれど、年齢が下であっても、個人の要領・適正はそれぞれ違うため、活躍される方ももちろんいます。
何気ない会話の中で、「あの人は若いのにすごいね」「同世代にあたるよね」といった会話をすることがあります。
自分より若くて活躍している人と、一般人で特に秀でたところがなく社会で生きている自分という比較することで、活躍されている人が優秀だなあと羨む気持ちが湧いてきます。
下の人だと判断すると、態度すら見下す人がいますが、それは人間性を疑います。
けれど、年下の人に舐められるのは不快に感じることはあります。
お互い想像力と思いやりが不足していること、他者の見方も人それぞれなので、合う・合わない人もいます。距離感が大事になってきます。
最近、私の脳はそんなに優れていないのだろうな、と感じる部分があります。折り合いや、バランスがイマイチ分からずに判断しているところがあるからです。社会との折り合いのつけ方が分かっていない場合・今、折り合いをつけている過程にある人が生きづらさを感じます。
ファンタジーのように明快で都合がよくなく、白黒もはっきりしていないのが現実なので、そう簡単ではないです。けれど、折り合いについて最近はどう自分の場合は社会との折り合いをつけていくか、そもそも社会のことを知らずにきてしまったな、と反省点が上がりました。
最初の老朽化の話になるのですが、新しいものの良さを感じることが最近はあります。もともと、新しいものばかり身につけている状態は、新入生のピカピカした状態で浮いている感じをイメージとして持っていたので、あまり新しいものや飽きがくる流行りのものは好みではありませんでした。
けれど、かといって古いものばかりもいいのかといえば、価値のあるものもあれば、単純に古いだけのものもあります。古いものばかり身につけていると、だらしがなくて古臭いです。ここでも、自分にとって価値のあるものを見極めて、手入れして、大切に扱うことが大事になってきます。新しいものも、それに見合う自分であれば問題ないのです。新しいものは新品で、それだけで新しいという価値があります。どこに価値を見出すかは個人の価値観に委ねられます。
価値観をどう育んでいくかが結局は大切だな、と改めて感じ、選り好みせずに、未経験のものや知らない道にも寄り道しながら合う・合わないや、新しい良さや面白さを見出しつつ、社会と自分にちょうど良いバランスを見出していきたいです。温故知新とありますが。まさしくそうだな、と感じたりしました。

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