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『きつねの窓』(安房直子)の物語分析

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 今回の更新は名前の通り、『きつねの窓』(安房直子)の分析をやります。
 なぜって?
 いや、いつもわたし、バックヤードでこうしたことをやっているんです。でも、近々天狼院書店さんでまた初心者向け小説講座が始まる関係で、ちょっと表に出してみようかなと思った次第です。
 また、これは分析なのでネタバレ上等です。
 未読の方はご注意ください。

1、登場人物

 猟師(語り手)
 
一人称は「ぼく」。年齢不詳。母と妹を既に亡くしている。
 白い子狐
 
一人称は「ぼく」。猟師を化かすために染物屋に化ける。
 母親を猟師(語り手と同一人物かは不明)に殺されている。

2、ストーリーライン

 猟師、「大すきだった女の子」のことを思いながら山の中を徘徊
   ↓
 猟師、ききょうの群生地で白いきつねを見つけ追跡
   ↓
 猟師の前に白きつねが化けた染物屋が現れる
   ↓
 猟師、化かされているのを承知で白きつねに話を合わせる
   ↓
 白きつね、猟師に指を染めることで過去が見える「きつねの窓」を提案
 白きつね、母がかつて猟師に撃ち殺された過去を吐露
 猟師、染めてもらうと「大すきだった女の子」の姿を見る
   ↓
 白きつね、「きつねの窓」の対価として鉄砲を要求
 猟師、受諾
   ↓
 猟師、白きつねから別れ、帰り道で「きつねの窓」を使う
 火事にあったこと、母と妹(「大すきだった女の子」か)がすでに死んでいることが明かされる
   ↓
 猟師、家で手を洗ってしまい「きつねの窓」を喪失
 また染めてもらおうとサンドウィッチをお土産にして出かけるも、白きつねに出会うことはなかった

3、本作の注意すべきポイント

①変則的な「狐の怪異譚」であること
 本作品は狐に猟師が化かされるという「狐の怪異譚」の枠組みを有しているが、その枠組みから大きく逸脱している面がある。
 たとえば、猟師の前に染物屋が現れた時、猟師は白きつねの「化かし」であることを一発で見破り、その嘘に乗っかるジェスチャーを見せている。
 また、狐に化かされた場合、その場では得をしているように見えても実際には何にも得をしていない(もらった小判が実は木の葉だった、など)子tが多いが、本作において、猟師は鉄砲という対価で以って、「きつねの窓」を手に入れている。猟師が「きつねの窓」を失うのは、あくまで彼の責任下でのことである。
②「大すきな女の子」「子供の頃に死んだ妹」「母親」「火事」の関係性
 
本作において、上記の要素について深い説明がなされない。この要素を直列つなぎにすれば、
 「子供の頃の火事で家が焼け、その際に妹が死んだ」
 と解釈できようが、この四つの要素がどう繋がるのか、明確な描写はなされていない。
③父の不在
 本作において、「父」の存在は見事なまでにパージされている。本作品は徹底して男の家族が女の家族を思慕するという方向性が見て取れる(白きつねも一人称が「ぼく」であることから男で、母親の死を嘆いている。もっとも、「ボクっ娘」と想像するのも解釈として面白いかもしれないが)。

4、本作品の総括

①全体に 
 「語りすぎない」ことによる奥行きの深さが心地よい。
 本作において、猟師の年齢や現在の家族などの周辺情報もほとんど抜け落ちている。だが、それがかえって想像の余地を大いに残す結果となっている。3-②でも指摘した曖昧さも同じ。読者にそのあたりの関係性をあえて語りすぎないことで、主人公の人生を色々と考えさせるきっかけにもなる。そのくせ、妙にディティールが細かい(白きつねがなめこをお土産にくれたり、後に猟師がサンドイッチを作って持って行ったり)のもよい。もしかして白きつねには兄弟がいるのかもしれない、とか、猟師にも家族がいるのかもしれないといったふうに想像の翼を伸ばす働きをしている。
 また、本書は母親を人間に殺された白きつねの復讐譚としても読める。猟師(人間)が家に帰った後で手を洗うことを見越した上で、猟師に過去の見える「きつねの窓」を一時的に提示することで鉄砲を奪い、さらに心に棘を残すつもりだったのではないかという解釈である。もっともこれはうがった見方であろう。ここは、同じ喪失の傷を持った白きつねと猟師の間でなされた物々交換と読むのが最も豊穣な読み方だと言えよう。
②補遺
 
個人的に最後の

 それでも、ときどき、ぼくは、指で窓をつくってみるのです。ひょっとして、何か見えやしないかと思って。きみはへんなくせがあるんだなと、よく人にわらわれます。

 この文章がすごく好きです。
 この「かなしさ」が大変エモい。
 ここには、猟師の過去への思いと、今も思いを引きずっている自分って駄目ですよねと言わんばかりの己へのあざけりが、何とも物悲しい。そして、過去という、決して手が届かないものに対する淡い渇望のようなものの本質をとらえている一文なんじゃないかと思います。

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