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20240617あなたの人生の主役はあなた。不要な思い込みを手放そう

こんにちは、なおちゃんです。

昨日は、一流アスリート小平奈緒さんの講演を聴き、そのご経験を共有してくだったお話から、いろいろ学ぶことができました。
今ここで、その体験を受け取れたこと、うれしく思います。感謝(^^)

最後にそちらからのお話もシェアしたいと思います。



今回のテーマは、シンプルに言うと、幸せに生きよう!です。

私たちは、生きてくる中で、いろいろな思い込みを持ってしまうけれど、

自分が、自由に幸せに生きるのに役立たない思い込みは手放して、幸せに向かう方向の思い込みを持って(抵抗を手放して)、幸せに生きよう、ということです。





生きてくる中で作られるさまざまな思い込み

週末実家に行ったときに、父が「座敷にあった」と言って、いくつかの冊子を持って来てくれました。

見てみると、そのうち一つが、私の保育園時代の手帳。

今の時代はやっていないのかもしれませんが、当時、母と担任の先生が、毎日その手帳に短い文章を書き合い、やりとりをしてくれていました。

よくやってくれていたなぁ。

さて、そこに書かれていたことから、分かったことなのですが。

私は3人きょうだいの末っ子です。夕食の時、母は祖母の介護をしており食卓にいることができず、上2人は、ご飯を食べ終えると、席を離れて自分のことをやっていたそうです。結果的に、私は食卓に残り、もう一人の年配者、父の伯母の食事をお世話していたようです。おかわりをしたり、話し相手をしたり。
(自分の記憶では、ばあちゃんがいて食事も一緒にしたことは覚えていますが、私だけ食卓に残ってお世話をしてあげていたという記憶はありませんでした。)

末っ子だから、みんなから「かわいいかわいい」と言われ、お年寄りの世話をして、偉いね、助かると言われ。

ここからは、私個人が形成したと感じられることですが、こんな環境の中で、自分を「末っ子」「小さい子」「人の相手をしてあげる子」という風に、位置付けてしまった感じがあります。

こういうことは、誰にでも起こりうることで。

もう一つ例をあげると、少し前にLINEで友人と話をしたのですが、その友人はこんな話をしてくれました。

彼女は長女で、弟さんが生まれたあと、夜お母さんと弟さんが一緒に寝ており、自分も並んで寝られるんだと思い、寝床へ行くと、「あなたはお姉ちゃんなんだから、一人で寝れるでしょ。」と、たしなめられ、一緒に寝ることができなかった。それが心に残っていた、と。それはある夜の一例かも知れませんが、そのような状況環境の中で、「しっかりしなきゃ」という思い込みがついてしまった、ということでした。


男だから、女だから、長女だから、末っ子だから、だから~~、それを日常言われているうちに、自分でもそれを受け入れていき、自分を制限する思い込みを形成してしまう。

これは、この例で「あなたは〇〇ね」と言ったお母さんたちだって、そのように言われて育ち、何かしら思い込んだ可能性があるのですよね。

みんな、さまざまな環境の中で、何かしら、思い込んでいる。


(エイブラハムのお話では、思い込み、というところで宗教の話も頻繁に出てきますが、私たち日本人は、比較的、宗教に関する思い込みが小さい頃から形成されるという割合は少ないのでは、と思います。そういった、国地域による特徴もありますね。)



自由に生きていいと、受け入れる


私は、自分を「力ない存在だ」と思いがちで、たとえば小学生や中学生の時に「〇〇の妹だから価値がある」という感覚で生きていました。

(極端に言って)「自分に力はない」と思い込むことで、その思考に見合った体験を引き寄せてしまいましたが、

おかげで、本当に引き寄せたいこと(望むこと)は何なのか?、と自分に矢印を向け、幸せを求めようとするところに、辿りつくことができました。


自分の持っている思い込みが、幸せに役立たないものならば、手放していいのですよね。

代わりに、幸せになるような、思い込みを持っていく
習慣を変えていきたいものです。

(何度も繰り返して、習慣づいてしまっているものを、急に変えることはできない(ムリが生じる)ので、少しずつでいいですけれどね。)


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エイブラハムの教えを学んできて、目から鱗の感覚になったこと、たくさんありますが、

自分は何もしなくても価値がある
自分に無限の可能性や力がある

ということ、これも驚いたことでした。

「まさか~」と思ってしまうほどに、逆方向の思い込みをしていたのですね。

本来は、自分の中に力があるし、私たちは自由で、何でもできるし、何でも手に入れられるし、何にでもなれる。

そのことを知って、「それはすばらしいな」と感じられるようになっている今、そのことを本当に大切にしていきたいです。

私の中に、力がある。
自由で、何でもできる。

(みんなの中にも、ね。)



人は人でベストを尽くしているのであまり干渉せず、自分のことに集中する


私たちは、人目を気にして、人がどうしているかを見てしまいがちなところもあると思います。

やっぱり、見えるし聞こえるからですね。

でも、そもそも自分の目に映る他の人は、自分の視点から見たその人であり、自分のフィルターがかかっています。

なので、人の人生は人のもの、私がどうこうすることではない、と割り切って、他の人がどうしていようと、あまり気にせず、まずは自分が自分の幸せに集中して、本当に幸せを感じて生きる、そうなれるようになるのが大事だと思います。

他の人がどう感じ、考え、行動するか、を細かく把握したり変えようとしたりすることはできません。

例えば、極端な話、「人生は、自由に生きていい」と、他の人がいつ思えるか、受け入れられるか、気づけるか、というのは分かりません。

それぞれがそれぞれのペースで、ベストで生きているのだと思います。

なので、他の方のことはそれはそれでよし、と放っておいて、自分の今ここに集中する、それが大事だと思います。



小平奈緒さんのお話から得たこと


最後に、小平奈緒さんのお話をお聴きでき、本当によかったなと思うのですが、そちらのお話を少し書きます。

講演の途中から、どんどん出てくるいいお話を書いておきたくなり、たくさんメモを取ったのですが、今回はそこから一箇所、お言葉をシェアさせていただきます。

自ら求めさえすれば、可能性は無限大。
無いことを嘆くのでなく、今有るものから自分の求めるものへと変化させていく。


小平さんの練習環境は、トップアスリートばかりが集ったり、小さい頃から有名コーチについってもらったり、という恵まれたものだったというわけではなかったようです。

例えば、大学時代は、レベルの様々な仲間と15人のチームで、自分たちでトレーニングルームを作ったりしながら、一人ひとりが自身の練習に取り組むといったものだったそうです。

それでもオリンピックで金メダルを取れるほどになった、そこには強い集中力があったと、私はお話を聞いて感じました。



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今回は、以上です。

小平さんのお話は、もっといろいろさせていただきたいところですが、私の容量が間に合わず、今回はこれまでとさせていただきます。

トップアスリートの話は、違う世界の人だから、と思ってしまいがちなところもあると思いますが、それでも、同じ人間。

事柄は違えど、たとえば「前向きに考える」とか本質を読み取って、自分に活かせるところを活かしていきたいと思います。


では、最後までお読みくださり、ほんとうにありがとうございました。
今後も拙いながらも、自分もみんなも楽しく生きられるよう、意識や考え方のお話を書いていきたいと思います。
よかったら読んでください。

それでは、またね~♪



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