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柱を目指して
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
瀬戸内町町会議員としての想いを書かせていただきます。
私の任期は令和6年の12月9日までとなります。
議員になり、1カ月弱が経過したところです。
今年一年注力していきたいことは、話し合う場づくりを各地域や各団体と行っていく流れを創りたいと考えています。
点を繋げて行く。そしてその線を太くしていくそんな取組みを行っていきたい。
点は『個人』でもあり、『コミュニティ』でもあります。
私自身、2015年から奄美瀬戸内町に移住して、6年目になります。
その中でいろんなことを考えてきたり、いろんなことを行ってきました。
そして現時点で感じるのは、”昔のシマの人の生き方にこそヒントがある”ということです。
町民がたくさんいた昭和の時代のあの頃。
今よりも人が集う機会がたくさんあったと耳にします。
人が集う。
語らう場があったのです。
『語り場』
語るということは、お互いの話を聞く、伝えるという場でもあります。
だからお互いを知る。
今はどうでしょうか?
昭和の時代と比べると地域の人たちと語らう場が減っていませんか?減っていそうではありませんか?
特定の人たちと語らうようになっていませんか?
さらにこのコロナ禍で人が集うことさえも、宜しくない時代になりました。
コロナの前でさえも、昭和の時代と比べると、地域で集まる頻度は減りました。
それはなぜか。
便利な時代となり、『個』で楽しめる時代になったからです。
ここでいう『個』は、個人でもあり、家族でもあります。
個で楽しむことにより、地域と寄り添う時間が減りました。
地域とはアイデンティティの塊で成り立っているものだと感じます。
人が定住するようになり、祭りなどの儀式を行うようになった。そしてそこで地域内で営みを育み生活をしていた。
地に根を張るというイメージです。
そして今は便利になり、地に根を張ることから外に意識がいくようになった。
コミュニケーション手段や娯楽、移動手段も外に意識がいくようになりました。
こうして外に意識を向ける癖がついたのが昭和から令和までの期間ではなかったのかなと感じます。
今の地域があるのは外部環境による外部要因もありますが、内にいる私たちの責任も間違いなくあります。
しかし、その内なら課題にあまり目を向けたくない。
目を向けると自分たちが変わらなければいけなくなる。
それが面倒だし、得があるか分からない。
しかし、僕たちの先祖代々は何を求めてこの地域で定住して、祭りなどの儀式をしていたのかをイメージしてみてください。
それがアイデンティティではないでしょうか。
便利な時代とその前の時代を想像してみる。
得られたもの、そして失ったものもあるのではないでしょうか。
得られたものの代償は地域にとってどうであったのか。
アイデンティティを呼び起こす。
タイトルにも書きましたが、このコロナ禍における地方のこれからを考えたときに、
『新たな原点回帰』
基礎はアイデンティティ。
そしてそこに新たな技術や生き方を肉付けする。
アイデンティティの基礎がない技術や生き方はその地域らしさを失います。
今元気でいる原点の生き方を知っている先輩方と語らう場をつくる。
それが今しかできないこと。
年末年始に様々な方と語らいをさせていただき、楽しい時間もありつつ、この楽しい時間がまた来年きてくれたらいいなという儚さも感じる。
だから自然と今という瞬間に感謝してしまう。
技術などは後付けでお金や人の協力さえあでも取り返せます。
原点の生き方を知っている先輩方の生の声を聞けるのはそう長くはないと感じます。
百聞一見にしかずを体験してきた先輩方。
これこそが島の宝ではないかと感じます。
命という時間は刻々と誰しも終わりに向けて一秒一秒とかを重ねる。
それが美しく儚く。
心を燃やせ
だから私は、鬼滅の刃が好きです。
まだ見れてないですが、めちゃ見たい。
このコロナ禍な時代ではありますが、これから一人でも多くの方とお話しできればと思ってます。
タイトルで書いた目標。
鬼滅の刃に出てくる柱。
一年でできることではないと思います。
しかしそこを目指すことが大切なことなのかなと。
まだまだ未熟者な自分ですが、どうか本年もよろしくお願いします。
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