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土は裏切らなかったのだろう。


ひとが心を開いていく時は、どういう時なのだろう?
ひとが心を開いていく時に、どういうことが起こるのだろう?

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あれから、そう自問自答しながら過ごしてきた約3ヶ月。

本当に長い梅雨。そして灼熱の夏。

庭に野菜(トマト、万願寺とうがらし、カボチャ)を植えた5月23日。
その植えた野菜が気になりつつ。

長雨の6月13日にも訪れている。
その時、ハゲムは不在。

僕が植えた野菜の他に、
周りの砂利のうえに小さい小さい苗が植っている。

この時は、なぜか写真を撮らず。
野菜が雨水に浸かっていくのをじっと眺めていた。

代わり軽トラに乗った年配のおじさんが現れた。

そのおじさんは、
近所の建設会社の取締役で水道の工事とトイレ設置の見積りを
持ってきたと言う。

「なんだって!あの親父ハゲムが、外部と接触した」と心が騒いだ。

水道とトイレ設置の工事を依頼しようとしていた。

おそらく僕の記憶によれば、平成17年ぐらいから近所付き合いもせず暮らしていたハゲム。

僕は歓声を上げた。

「ほんま奇跡や」

その間、親父ハゲムとは電話で連絡を取り合い。
5月以降新規契約をしたハゲムの携帯電話にかけている。

「電気も通ってないのに、どこで充電しているんや。笑」

「水道工事とトイレ設置を頼もうと思っている」

「植えた野菜がどんどん育っているで!」

「茄子なっとんで!トマトもようなっとるわ!」

と親父ハゲムとそんなやりとりが続いていた。

充電が切れて、携帯電話がならない時もあったが。
携帯の意味ないし。笑
話はそれるが、電気もないのに携帯を持つこと。
ひとはさみしいのである。


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そして、本日8月16日。
親父ハゲムのいる兵庫県丹波市のボロ家を訪れた。


例によって幼なじみの輝くんがJR篠山口駅まで向かえに来てくれる。
「この前、野菜ようけなってたで!」の輝くんとワクワク、
ドキドキしながらボロ家に向かう。

・・・・

・・・・

ボロ家に着いた途端、庭に野菜の影が。
朽ちて半壊していた古屋は、トイレになっている。

なんとこのトイレ、出窓つき!
(あとで座って用を足してみたが、案の定外が丸見えなのである。
ほんまに土木設計士やったんか疑う笑)

しかも4畳半ぐらいがある水洗トイレ!
第一声は
「広っ!!!笑笑笑」

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「野菜いっぱいなっとるで」
「ひとりではよー食べきれへんわ」

なんとも、元気そうだ。

いきいきしながら、野菜を切っている。

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田んぼから土を持ってきて植えた野菜が成長するのはわかる。

その後、砂利に親父ハゲムは、きゅうり・なすび・とうもろこし・スイカ・サツマイモを植えた。

砂利がなのに大きく育っている。

『なすびなんて、巨大なすびだ』

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実は。

親父ハゲムは、土木設計士として仕事の実績は実は申し分のない経歴の持ち主だ。

それが家庭内となると、コミュニケーション能力は一気に低下する。

そして、仕事上でもひとへの「ひっかかり」がある傾向で、
親父ハゲムの生きにくさの要因だと思っている。

ひとつの「ひっかかり」だけでひとへの信頼関係が揺らぐもろさを抱えているように思う。
そこには、親父ハゲムの母親とくとの愛着関係によると僕は分析している。

過去のことは、過去のこと。
機会があれば、またお話する。

親父ハゲムは昔から盆栽つくりの天才だったので、
野菜づくりもお手の物だった。

野菜を食べて、ハゲムは元気だった。


親父ハゲムのこころがひとに開いたのは、


果たして、『野菜を植えに行くという行動』を起こしたからだろうか。
それもあるだろう。

納屋を改築してスタジオをつくりたいと『興味を向けた』からだろうか。

いろんな要因があると思うが、
親父ハゲムを写真を撮りに行き『対話しに行っている』からとも思う。

対話をすることが、こころに作用したのかもしれない。

自分の機能不全家族?を通して、
ひととは?
家族問題を和らげる術は何か?
を考えて行きたい。


親父ハゲムを通して、僕もやりたいことが徐々に見えて来たように思う。


もしかすると、
一番開いたのは僕のこころだったのかもしれない。


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これで夏の親父ハゲムの食糧問題は解決した。

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つづく。


サポートいただけたら、「サトシとヤスシ」写真展の準備や取材の費用に使う予定です。