サウザンクロスの真下で ⑧ 〜 デボンポート 〜 ロンセストーン 〜
「タスマニアデビルが俺を呼んでいる」
この独りよがりの思いだけで、メルボルンからフェリーに乗りデボンポートまでやってきた。
ゴールドコーストから自転車で旅を始め、遂にオーストラリア大陸を離れてタスマニア島の地を踏んだ。
風が大陸より重く感じる。自転車に股がり、身を屈めて、重たいペダルを回した。
さらに容赦なく冷たい雨に降られる。雨は斜め横から降りしきり、風が気温を氷点下に感じさせた。
温暖なオーストラリアの気候が、メルボルン辺りから、冬に近づいており、タスマニアは正に晩秋の北海道を思わせる季節であった。
「タスマニアデビルに会うまでの辛抱だ」
と夏の衣類しか持ち合わせていない自分は、半袖のバイクジャージの上にウインドブレーカーを羽織り、バイクパンツに海パンを重ねて履いていた。そして何とかローンセストンまでたどり着いた。
「季節感のない外人がやってきた」
と周りから指を刺された。同情されたく無かったので、痩せ我慢して短パンでアイスクリームを食べる。
次の日、熱を出して風邪をひいてしまった。8人部屋から個室へ強制移動させられ、温かいスープを恵んで頂く。石油ストーブとフカフカの毛布をお借りして、人の優しさが身に染みて涙腺が緩んだ。
2〜3日で出発する予定が、7日間も滞在した。これは風邪のせいもあったが、ある人との出会いが長居をさせる。
僕はジュリアというイスラエルからやってきた女性と恋に落ちた。彼女は2年間の兵役に従事し、その退職金で旅をしているのだという。
イスラエルには女性にも兵役義務がある事を初めて知らされる。18歳から祖国のために、2年間も兵役に費やすなんて、勿体無いと当時の僕は憤りを感じていた。
その彼女がこれから北上し、メルボルンを経てシドニーまで車で行くという。
「タクも一緒にどう?」
と誘われた。体調は回復して、エネルギーを持て余し出した僕に、車での旅は耐えられるのか?と自問する。そして、
「タスマニアデビルが俺を呼んでいる」
と別れを告げ、また自転車で走り出した。今度はセーターと足首まであるバイクパンツを調達したので寒さはそれほど感じなかった。ただジュリアとの楽しい旅を断って、1人自転車で駆ける寂しさに心が凍りつきそうであった。
続
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