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究極の就活で選ばれる資質|【書評】ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験

今回読んだ本は、死と隣合わせでこうした危機に立ち向かうことが求められる「宇宙飛行士」の選抜試験について書かれたものでした。極限の状態で問題解決に立ち向かえる素養のある人物をどうやって見極めるのか?その内容が「働く」「採用する」ということを考える上で参考になったのでご紹介したいと思います。

この本で取り上げられているのは、日本で最も最近行われた2008年の宇宙飛行士選抜試験の内容です。総応募者963名の中から、結果的に3名の宇宙飛行士が生まれました。(油井さん、大西さん、金井さん)

書類選考(健康診断結果含む)の時点で230名に絞られ、そこから2回の選抜試験を経て、10名の候補者にまで絞られます。この本では主にこの10名からの最終選考プロセスについて記されています。

選考基準

まずその選考基準はどんなものだったのでしょうか?

著者の言葉を借りると

どんなに苦しい局面でも決してあきらめず、他人を思いやり、その言葉と行動で人を動かす力があるか

というものでした。もちろん基本的な健康状態や基礎的な能力(基礎学力や語学力など)が極めて高いレベルで求められる前提ではありますが、最後のポイントは、この「人間力」とも言える素養なんですね。まさに企業採用時に確認したい点そのものです。いくつかその採用選定ポイントについて、本文から紹介します。

高度なストレス状況での振る舞い

最終選考の最初の関門は、閉鎖環境適応試験です。宇宙ステーションを模擬した施設の中で、7日間の試験をこなします。24時間カメラでその挙動を監視されていますし、何よりスケジュールが当人には一切知らされていません。当人達もストレス耐性を試された試験とわかっていたとしても、日に日に無意識で溜まっていくストレスの中で、いつも以上の振る舞いを行うことは、高い精神力を試されることは間違いありません。

ユーモアの大切さ

上記の閉鎖環境試験の中で、普段真面目な候補者の方が行った自己紹介の例が紹介されています。よく見られている劇団四季のミュージカルの一部を独りで演じ一同の爆笑を誘ったとのこと。
このユーモアあふれる振る舞いは極めて高く評価されたと共に、その後のチームの中で存在感を発揮するのに大きな節目になったといいます。以下の記載がありました。

この「ユーモア」を、国際宇宙ステーションの船長になるために必要な資質であると、ロシアのベテラン宇宙飛行士で、国際宇宙ステーションの船長を務めた、パダルカ氏も語っている点である。パダルカ氏は、若田さんについて、「若田は船長になる条件をすべて備えている。船長は、『気づく力』『実直さ、勤勉さ』『忍耐力』、そして何よりも『ユーモア』を兼ね備えている必要がある。彼のもとであれば、クルーは安心して、そして楽しんで任務に当たることができるだろう」

折れない心

また閉鎖環境試験を通じて行われたロボット制作では、中間プレゼン後、ロシアやNASAの宇宙飛行士からという名目で意図的に非常に厳しいダメ出しがなされました。
あまりの厳しい指摘内容に誰も声を上げない、それぞれが途方にくれている中で、あるメンバーが呼びかけました。

「できることとできないことを整理 し て、対策を考えよう!」

実は油井は、審査委員からの講評を受けていたとき、冷静な行動を取っていた。他の候補者たちが立ち尽くす中、油井はひとり、柳川氏ら審査委員の予想外の厳しい指摘を、しっかりとメモしていたのである。そして指摘されたポイントの整理は、まさにこのメモに基づいて進められることになった。「いろいろと言われたが、対応すべきはつまるところ、無重力でシュートしたボールはどこに飛んでいくか分からないという問題と、『従順ではないので犬に見えない、猫にしたらどうか?』という指摘の、2点ではないか?」改良作業の時間がわずかしか残されていない中で、油井は、これからチームは何に取り組み、何をあえて「捨てる」べきか、リーダーとして議論を進めていこうと乗り出したのだ。

まさにこの状況は、映画「アポロ13」でも有名な極限状態での問題解決の場面を想定されています。そうした状況で求められる宇宙飛行士としての振る舞いは、レベル感の違いはさておき、我々にも示唆を与えてくれます。

「命の危険に直面しているのは自分だけだ!地上の連中には、この苦しさと恐怖は分からない!」
宇宙空間に孤独に漂う宇宙飛行士の立場であれば、当然生まれる不満だろう。・・・しかしそれを声高に叫んでみても、危機的な状況は何も変わらない。むしろ、こうした自己中心的な態度はチームにとってマイナスでしかない。
すなわち宇宙飛行士は、どのような絶望的な状況であっても、同僚の宇宙飛行士はもちろん、地上にいる仲間に全幅の信頼を置き、冷静さを決して失ってはならない。そして、地上の仲間を逆にいたわるような余裕を見せ、彼らが力を最大限に引き出してくれるよう、出来うる限りすべてのことを、迅速に、そして正確に行わなければならない。最も危機的な状況にある宇宙飛行士こそが、率先して自らの平常心を保ち、どのような状況にあろうとも決してあきらめないという、”折れない心”を持っていなければならないのだ。

なぜここにいるのか?

選考の最終プロセスはNASAでの試験。ジョンソン宇宙センターの施設を使ったいくつかの実技試験の後控えていたのは、NASAの宇宙飛行士達との面接でした。その最初の質問は当時NASAの宇宙飛行士室(すべての宇宙飛行士が所属する)の室長スティーブン・リンゼー宇宙飛行士の以下の言葉から始まったそうです。

「まず、君はなぜ、今ここにいるのかを、教えてくれるかな?」
(Why are you here, What brings you here?)

なぜ宇宙飛行士になりたいのか?ではなくなぜここにいるのか?何が自分を突き動かしているのか?というのまず確認されます。

また質問も表面的な内容だけではなく、そのスタイルを問います。また仕事もプライベートもどんな人間関係を築いてきたか。どんな人間関係が良い関係だったのか?逆に悪い人間関係はどういうものだったのか?どう改善すべきだったのか?これらを体験を通じて答えるように求められたとのこと。

リンゼー氏の以下のコメントがその背景を物語ります。

「我々は、技術的な経験もさることながら、チームとして活動できる能力、そして誰とでも仲良くなれる資質、また、必要な時は指導力を発揮し、場合によっては誰かに従う能力のある人を探しています。その力がある人物なのかを見極めるためには、ここの候補者の”本質”を理解しなければなりません。誰にも人生の物語がある。その物語を聞くことで、候補者が成長してきた背景を理解し、また、どのような選択をしてきたのかを質問をすることで、その人の”本質”を理解することができます。」

「宇宙では火事や、突然、急激な減圧に見舞われるなど、数多くの緊急事態が想定されます。宇宙飛行士にとって何よりも重要なのは、そうした事態に陥っても仲間がその人間を信頼し、命を預けられるということなのです。いかなるときも仲間と助け合い、確実に物事に対処できるかどうか。一方、普段は友達として付き合えて、良い関係を保てるかどうかということが問われているのです」

本文では、安竹さんという候補者の面接を通じて、その内容を紹介しています。高校時代の物理の先生から言い渡された一つの課題。それはNASAの教育用ビデオのナレーションの翻訳でした。その1時間の英語の翻訳をやり遂げたノートをもってNASAの面接に臨みます。他の候補者に比べて年齢も若く、実績も乏しく見えた安竹さんですが、彼がなぜ最終の10名にまで残ったのかよく分かります。

実際にNASAの面接官達も、安竹さんの志望動機に惹きつけられたとのこと。非常に素敵なエピソードでした。著者のこの言葉がそのすべてを物語っています。

自分の人生の足跡を、ありのまま答えた安竹。面接後に見せたその表情は、以前よりも自信に溢れ、清々しかった。

採用に関わる方には是非おすすめ

以上内容のご紹介でした。宇宙飛行士という職業が特殊すぎて参考にならないという意見もあるかもしれませんが、仕事の本質は職種が違っても変わらないなとは感じました。特に採用に関わる方や学生の方にはとてもお勧めの内容かと思うので、もしよければ手にとってみて頂ければと思います。


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