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悴んだレジンと馴染みの歌人のにじんだ時間

いつもこういった時に 思い出されるのは
声や笑い方や瞼の曲線ではなく
一緒に見た海で
それは白く霞んでいたり
潤って青すぎたりしている

かもめ かもめ あの日のかもめ
元氣にしているのだろうか
それとも もう

眠くてつめたい雨の日には
ふるい記憶が重たい頭を揺らしている
世田谷代田 この時間に降りても
なにもありはしない

ひとつぶの砂を指先でころがす
あの頃は
砂浜で百鬼園先生の本を読んだり
高台にある夏の中に隠れて
夕立の音を波音みたいに聞いていたね

無数の向日葵たちが守ってる
あのどこまでも続く長い道を覚えてる?
しこたま酔っ払った心で一緒に歩いた
乾いた土の吐息 蝉の五月蝿いほどの匂い
永遠を模した入道雲柄の青空

話したことはひとつも覚えてないのに
ペットボトルのかいた汗で
濡れた指先の冷たさはやけに覚えてる

落ちた夏蜜柑
夏のを持って パタンと閉じて
「秋だよ」と傾いだきみの首のすじ忘れられない

暗闇からあめのしずくが
銀色の線になって落ちてくるのを
首だけ 後ろに倒してながめてる

点描画のようにして書いた言葉から
顔をあげると 椿の花が咲いていた
閉鎖されている 白紙の上に建つ
頭の中の図書館の 庭先に咲く椿の花
その分厚く淫靡な花芯を溶かしかねない
こんな花曇りの日は
海のことばかりを思い出す
閉じ込められた波音ばかりを


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