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運命はどこにでも転がっている 第10話

「おっ。浮気者、発見」
 声がした方を向くと、そこには悠親が立っていた。後ろには一美も一緒だ。俺の口から、言葉が漏れる。
「何で、ここに」
「なんだよ。俺たちがここに居ちゃ、何か都合の悪いことでもあるのか? ってことは、やっぱり」
 剛が会話に入ってくる。
「違うんです。誠史さんには相談に乗ってもらっていて。ボクは翔真くんの友だちです。失礼ですが、あなたはお二人と、どういう知り合いなんですか?」
「俺はハルで向こうはカズ。誠史さんと翔真が、男同士は初めてだっていうんで、先輩カップルとして、アドバイスしているんだ」
 悠親は胸を張って答える。
「そうなんですね。お二人は付き合って長いんですか」
「俺たちは二年だ」
「長いですね。良いな。僕の運命の人は、何処にいるんだろう」
 剛は深く息を吐き出した。二年はゲイの世界では長いらしい。悠親は俺たちの隣のテーブルに座る。
「お前、モテたいの?」
「はい。どうしたら良いですか」
 悠親は黙って剛の姿を見つめる。そして、呟いた。
「お前がモテないのは、ヤらしてくれなさそうだからじゃねえの」
 椅子が大きな音を立てた。剛が立ち上がり、悠親をにらんでいる。
「そういうの、求めてないんですけど」
「でも、モテたいんだろ。だったら、やっぱりエロくなくっちゃ」
「性欲でしか愛を語れないんですか? あなたみたいな人がいるから、ゲイは性欲ばかりだって思われるんです」
「結構。モテない童貞野郎だと思われるよりは、よっぽどマシだ」
 悠親と剛はお互いのことをにらみ合っている。どうやって止めようか。考えていると、一美が立ち上がって、悠親の頭を手に持っていたパンフレットで殴った。
「痛ってえな。何するんだよ」
「勝手にケンカしない。ハルの身体は、君だけのものじゃないんだよ。僕のものでもあるんだから」
「わかったよ」
 続いて一美は剛の方を向く。
「剛くん、ごめんね。ハルの下手くそな説明で、君のことを傷付けてしまって」
「いえ、良いんです。ボクがモテないのは本当のことなので。けど、僕は本当に好きな人とだけしたいんです。だから、身体を全面に押し出したくなくて」
 一美は頷く。
「どうやって好きな人とつながるかっていうのは、自分の考えを大切にしたら良いんじゃない」
「ですよね」
「とはいえ、自分の扉が開いていることを外から分かりやすくしておいた方が良い」
「どういうことですか」
「相手の気持ちはわからない。だから、告白するって怖いものでしょ」
 剛は黙ってうなずく。
「だとしたら、相手がこちらに『告白しても大丈夫』っていうサインを出してくれた方が、助かると思わない?」
「はい」
 剛は身体を一美の方に傾けて答えた。
「それがさっきハルの言った言葉の、本当の意味なんだ。高級そうなフレンチの店でも、お店の前にメニューの写真が置いてあるだけで、入りやすさが違うでしょ」
 悠親が本当にそういう意味で言ったのかはわからないが、一美の言いたいことはわかる。
 お店もサービスの内容や値段がわからなければ、尻込みをしてしまう。けど、オープンにしていれば、客が来る可能性は上がる。恋愛でも同じように相手に可能性を感じさせる必要があるということだろう。
「でも、ボク。どうしたら良いのか、わからないです」
 剛は小さな声で言った。
「そうだな。たとえば、簡単だけど。ちょっと失礼するね」
 一美は剛の眼鏡を外す。更に自身のカバンの中からワックスを取り出して、軽くセットした。
「ほら、こっちの方がかわいい」
 悠親もうなずく。
「俺もこっちの方が良いと思うぜ」
 確かにちょっと弄っただけなのに、随分と印象が変わった。さっきまでとオープンさが違う。
 一美はスマートフォンで写真を撮ると、眼鏡を剛に返した。そして、画面を見せる。
「これが、ボク?」
「そうだよ。剛くんはこんなに魅力的なんだから、もっとそれを出した方が良い」
「魅力的、ですか。ボク?」
「もちろん」
 一美は笑顔で答える。剛の表情は一瞬明るくなったが、すぐに暗くなる。
「けど、こんな風に自分でできる自信がないです」
「じゃあ、教えてあげる。連絡先、交換しよ」
「はい」
 剛もスマートフォンを取り出して、操作を始める。剛の様子を見る限り、一美のことを好きになり始めている気がする。悠親は良いのだろうか。だが、彼は二人の後ろであくびをしている。剛には負けないという余裕なのだろうか。悠親は自分の飲み物を飲み、言った。
「そろそろ翔真のところに行こうぜ。イベントが始まる時間だろ」
 時計を確認すると、確かにそろそろ行った方が良さそうだ。俺たちは片付けを済ませて、チケットに書かれた場所へ向かった。
 会場とされる場所の辺りにたどり着くと、うろうろしている翔真の姿を見つけた。彼はこちらに気付くと笑顔で手を振る。悠親が声を上げた。
「おぉ、翔真。来たぞ」
「ありがとう。みんな、一緒だったんだね」
「誠史さんが剛と浮気していたのに、たまたま出くわして」
 こいつ、何を言い出すんだ。慌てて否定しようとしたが、翔真は声をあげて笑う。
「ハルくんったら冗談ばっか。誠史さんも、剛くんもそういうタイプじゃないよ」
「へぇ、信頼してるんだな」
「もちろん。で、そろそろイベントが始まるんだけど、みんな参加してくれるんだよね」
「当然だ」
「じゃあ、オレが案内するよ」
 会場の方へ振り返った翔真を誰かが呼ぶ。
「翔真」
 声の主は女の子だった。俺たちにお辞儀をして、翔真の方を向く。
「ちょっと問題が起きていて」
「何、実花? オレ、これからお客さんを案内するところなんだけど。後じゃ、マズい?」
 彼女は翔真の耳元で何かを呟く。彼はうなずき、ため息をついた。
「そっか、わかった。オレも行くよ。誰か、こっちに来て」
 翔真の呼び掛けに別の女の子が、こちらに近付いてきた。
「なんですか?」
「オレ外さなきゃいけないから、この人たちを案内してもらって良い?」
「もちろんです」
「オレの友だちだから、よろしく」
「はい」
 女の子は元気に返事をした。翔真は俺たちの方を向き、手を合わせる。
「ごめん。ちょっとトラブルで、行かなくちゃいけないから。楽しんでいって」
 実花と呼ばれた女の子が翔真の手を引っ張る。
「そろそろ」
「急いでるのは、わかっているって」
 実花に連れられ、翔真はこちらを何回か振り返りながらも、走って行く。残された俺たちに呼び出された女の子が話し始める。
「じゃあ、ご案内しますね」
 彼女が歩き始めたので、俺たちはついて行く。悠親が独り言のように言った。
「何があったんだ?」
 女の子がそれに答える。
「よくわからないですけど、部長の実花さんが来たってことは、それなりに面倒なことだと思います」
「ふぅん。部長に頼られているんだ。翔真もやるね」
「一ノ瀬先輩は普段目立たないですけど、仕事では無茶苦茶頼りになりますからね」
「縁の下の力持ちってことか」
「はい。しかも、優しいから、女子の中でも隠れファンがいるんですよ。ナイショですけど、部長も一ノ瀬先輩のことを好きみたいで」
 彼女の言葉を聞いて、喉の奥から何かがこみ上げてきた。何だろう、これは。

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