日本語の押韻論:川原繁人の「日本語のストレス」論と『認知加重説』の関係
こんばんは。Sagishiです。
今回は、川原繁人ほかの論文である『日本語の韻律特性と下顎の開き』(2014年)を紹介します。
1 「日本語のストレス」について
研究論文『日本語の韻律特性と下顎の開き』は、日本語にストレスがあるかどうかを実証的に確認しようとする研究です。
英語はストレス音節と下顎の開きに関係があるため、日本語でも同様のことがいえないか、日本語にもストレスを確認することができないか、という視座に立った研究です。
論文を読むと、被験者(調査サンプル)数は少ないですが、得られたデータから「Japanese possess phrase-final stress, as well as sentence-final stress, the latter of which is stronger」(日本語には句末のストレスと文末のストレスがあり、後者の方が強い)と主張されています。
また、「All the sentences recorded in this experiment also show evidence for sentence-initial stress, but perhaps not phrase-initial stress.」(文頭ストレスが存在する証拠も示しているが、おそらく句頭ストレスはない)とも書かれています。
なんともユニークな研究ですね。教示例文をすべて同じ母音で揃えている(だからまなはあたまがさらさらだ)ところに、川原繁人さんらしさを感じます。
なお、「little if any effects of pitch accent on jaw displacement.」(ピッチアクセントは顎の変位にほとんど影響を及ぼさない)とのことです。日本語のトーンにはストレス付与の効果はないというのは通説的ですが、下顎の開きから実証的にも確認できそうです。
詳細については論文を参照いただきたいですが、「日本語のアクセント句末とイントネーション句末、またイントネーション句頭には、下顎の開きからストレスが付与されている(可能性がある)」と理解しました。
2 認知加重とストレス
さて、わたしは先日の『語感踏み』の考察記事で、Typoglycemiaを援用しつつ、日本語の句頭や句末には認知的な重みづけ(認知加重)が起きているのではないか、それが『語感踏み』の「響き」を生じさせる重要な要素になっているのではないか、という仮説・推論を立てました。
わたしの『認知加重説』は仮説に過ぎず、押韻の実例を再現性のあるスタイルでどう分析できるのか、という思考実験に近いものです。実証的・統計的なデータは現時点ではありません。
しかし、川原繁人さんの「日本語のストレス」に関する論文を読むと、わたしの『認知加重説』にも実証できる可能性がある、その補強になるのではと感じさせてくれます。
わたしは認知心理的な方面から『語感踏み』を考察しました。しかし、その根幹には「アクセント句」や「イントネーション句」の挙動がどうにも怪しいという直感があります。
「アクセント句」や「イントネーション句」が、押韻の「響き」に何らかの影響を与えているのではないか、と考えるからこそ、『認知加重説』を使って説明をできないかと試みたわけです。
川原繁人さんの研究は、実証的に調べた結果、「日本語のアクセント句末とイントネーション句末、またイントネーション句頭にストレスが付与されている(可能性がある)」という研究になっていますが、わたしはもう少し深掘りして、「アクセント句」や「イントネーション句」にはまだ通説になっていないような独特の機能があるのではないか、と考えていくべきだとすら思っています。
3 実証実験をするのは大変
わたしは市井の人間ですし、このような考察に多くの時間を割けるわけでもなく、まして実証実験まで行うのはなかなかにハードルが高いです。
現時点では「仮説」や「推測」をするのが限界です。
とはいえ、これまでの日本語の押韻研究は、全く何も検討も考察もできない状態だったので、それよりかははるかに前進している手応えはあります。ある程度の理論性と仮説をもって、問題を考察するのは重要と考えます。
ただ、理論の構築は前提を間違えると破綻するので、やはりどこかで実証的、統計的、心理的な研究を行う必要は出てくるでしょう。
仮説を定説にするのは険しい道ですが、今後もいろいろな考察をしていきたいです。
詩を書くひと。押韻の研究とかをしてる。(@sagishi0) https://yasumi-sha.booth.pm/