英語のライムタイプ:『パーフェクト・ライムの条件』について補足

 こんばんは。Sagishiです。

 10年来の付き合いがあるやおきさんに『パーフェクト・ライムの条件』という記事を書いていただきましたので、今後の日本語の『押韻学』のためにも、いくつか補足・疑問などを表明しておきたいと思いました。

●Pat Pattisonによるパーフェクト・ライムの条件
1. シラブル中の母音のサウンドが同一である
2. 母音の直後のサウンドが(もしあるなら)同一である
3. シラブルの始まりが異なる

 Pat Pattisonの著書『Essential Guide to Rhyming』によると、「完全韻(Perfect Rhyme)」の定義は上記となっています。

 また、「完全韻(Perfect Rhyme)」以外にも様々なライムタイプが定義されています。詳細は『ライムタイプ—押韻の分類 / THE 8 RISE』を参照。

 そうなった場合に、いくつか疑問が生じたので、下記に補足・疑問等を書いていきます。


① 二重母音について

●二重母音の例
・air[éɚ]
・fair[féɚ]

 英語には、air(VV)とfair(CVV)のように、1音節内に母音を2つ持つ単語が多くあります。(※C=子音、V=母音)

 そういった母音は二重母音(VV)と呼ばれ、単母音(V)とは区別されます。日本語の単語でも「1音節内に母音を2つ持つ」ケースはありますが、英語よりも総数が少なく、かつあまり日本語話者には意識されていません。

 定義1「シラブル中の母音のサウンドが同一である」の「母音」とは、単母音(V)だけを差しているのではなく、二重母音(VV)と両方を差している、ということが英語においてはほぼ自明です。

 なので、日本語話者としては、あまり馴染みのない言語音要素の構成についても、あらかじめ明確にしておければと思いました。


② 尾子音が複数子音の場合について

●尾子音が2子音の例
・act[ˈækt]
・fact[fˈækt]

●尾子音が3子音の例
・acts[ˈækts]
・facts[fˈækts]

 英語にはact(VCC)とfact(CVCC)にように、1音節内の尾子音(Coda)に子音を2つ持つ単語があります。さらに複数形になることで、acts(VCCC)やfacts(CVCCC)のように、尾子音が3子音以上になるケースもあります。

 こちらも日本語の単語には見られない言語音要素です。

 ①と同様に、定義2「母音の直後のサウンドが(もしあるなら)同一である」の「直後」とは、尾子音が1子音だけの場合を差しているのではなく、2子音以上の場合も差している、ということはほぼ自明です。


③ 定義3について補足

3. シラブルの始まりが異なる

 こちらですが、やおきさんに補足のツイートいただきましたので、Pat Pattison『Essential Guide to Rhyming』の記述を見てみましょう。

「緊張/解決」が音楽にもあるように、ライムには緊張と解決が必要である。すなわち「差異から始まり同一性で終わる」。
例として「wear/pair」と「gree/ree」のペアが挙げられます。シラブルの始めが異なるにもかかわらず、終わりでは似たようなサウンドとして響く。それを耳が聞きとる。
したがって、ライムには「異なる始まり」が必要である。でなければ、あなたの耳は単に反復を聴き取るだけだ。ライムではない。

https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396121421118545921?s=20
https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396122478288654338?s=20

 よって、Pat Pattison『Essential Guide to Rhyming』によると下記のような例は単なる「反復」であり、ライムではない、ということになります。

●ライムにならない例
・only[óʊn.li]
・sadly[sˈæd.li]

※[]内の「.」は音節区切りを示す


④ 頭子音の子音数に差異がある場合について

●頭子音の子音数に差異がある例
・far[fάɚ]
・star[stάɚ]

 far(CVV)とstar(CCVV)のように、頭子音(Onset)が1子音と2子音のペアでも「完全韻(Perfect Rhyme)」になるのか疑問に思いました。

 やおきさんに教えていただきましたが、Pat Pattison『Essential Guide to Rhyming』では、下記のような例が「完全韻(Perfect Rhyme)」としてあげられているようです。

・ace[éɪs]
・brace[bréɪs]
・chase[tʃéɪs]
・erase[ɪréɪs]
・disgrace[dɪs.gréɪs]
・resting place[ˈrɛstɪŋ pléɪs]

 よって、頭子音の子音数に差異があっても、それらのペアはすべて「完全韻(Perfect Rhyme)」として定義されます。

 さらに、「ace」と「disgrace」のように押韻位置の前部に音節があったとしても、「ace」と「resting place」のように押韻位置の前部に別の単語があったとしても、「完全韻(Perfect Rhyme)」として定義されるようです。


⑤ 尾子音の子音数に差異がある場合について

 なお、尾子音の子音数に差異があった場合は「加法韻(Additive Rhyme)/減法韻(Subtractive Rhyme)」と定義がされており、「完全韻(Perfect Rhyme)」とは区別されています。

加法韻(Additive Rhyme)/減法韻(Subtractive Rhyme)
・free[fríː]
・speed[spíːd]

・rock[rάk]
・box[bάks]


⑥ 強勢位置のライムタイプについて

 傍論になりますが、強勢位置によってもライムタイプがカテゴライズされていることを、やおきさんより教えていただいたので紹介をします。

 語末の音節に強勢があるライムは「強勢韻(Masculine Rhymes)」というカテゴリーに入ります。

同書のp.3でマスキュリン・ライムとフェミニン・ライムという概念が出てきます。マスキュリン・ライムは最終シラブルに強勢があるライムです(command/land)。
一方、フェミニン・ライムは後ろから2番目に強勢があるライムです。
https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396139219425267715?s=20
https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396140857149988872?s=20
https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396143827434434561?s=20

・ace[éɪs]
・disgrace[dɪs.gréɪs]
・resting place[ˈrɛstɪŋ pléɪs]

・command[kəm.ˈænd]
・land[lˈænd]
・understand[`ʌn.dɚ.stˈænd]
・expand[ɪks.pˈænd]
・strand[strˈænd]

※強音節は太字で示す

 語末から2番目の音節に強勢があるライムは、「第二強勢韻(Femminine Rhymes)」というカテゴリーに入ります。

・commanding[kʌ.ˈmænd.ɪŋ]
・landing[lˈænd.ɪŋ]

・expand me[ɪks.pˈænd mi;]
・strand thee[strˈænd ði;]

 「第二強勢韻(Femminine Rhymes)」の場合、強勢のない音節に関しては「反復」か「完全韻」である必要があります。

 しかし、実際的な効果としては、強勢のない音節のライムはほとんど重視されない、と考えて良いです。


⑦ 音節の母音要素が希薄な単語について疑問

・open[óʊ.p(ə)n]
・token[tóʊ.k(ə)n]

 openの後部音節[p(ə)n]とtokenの後部音節[k(ə)n]のように、音節内の母音要素が希薄な単語があります。この母音[(ə)]は「raised schwa」と呼ばれるようです。

 「raised schwa」が存在すると、音節内の音声要素がほぼCCとなり、Vを含まない状態に近くなりますが、こういった例も「完全韻(Perfect Rhyme)」の定義として考慮されているのか、ふと疑問に思いました。

 幸運にも『インディラップ・アーカイヴ』の著者であるGenaktionさんに返信をいただきました。

興味深いお話をされていますね。「raised schwa(弱い母音əの中でもさらに弱いə)同士のライムはどんなライムに定義されるのか」ということだと思われますが、恐らく文献などでは記述が見つからないような気がします(そもそも英語話者が気にしているのかという疑問があります)
https://twitter.com/Genaktion/status/1396125842451824642?s=20

あくまで経験則ですが、raised schwaで完全韻になる(ストレス以降のCVが全て揃う)こと自体ほとんどないと思うので、大体が広義の不完全韻になりますし、これまで読んだ音韻書的なものでも別途raised schwaに特化して解説しているのを目にしたことがないですね。疑問に思うのはよくわかります。
https://twitter.com/Genaktion/status/1396132435507613701?s=20

 Genaktionさんが言うには、「raised schwa(弱い母音əの中でもさらに弱いə)同士のライム」は、英語話者にはあまり意識されていないだろうが、大体が広義の「不完全韻(Imperfect Rhyme)」になるだろう、とのことでした。これは大変に有益な回答でした。


 やおきさんからは、Clement Wood『The Complete Rhyming Dictionary: Updated and Expanded』という著書を紹介いただきました。

 そこでは、「第二強勢韻(Femminine Rhymes)」の例として、下記が紹介されているようです。

・ocean[óʊ.ʃən]
・motion[móʊ.ʃən]
・devotion[dɪ.vóʊ.ʃən]

https://twitter.com/yaoki_dokidoki/status/1396149881392091136?s=20

 そのため、openとtokenのペアは、カテゴリーとしては「第二強勢韻」に属すると考えて良いようです。

 なお、下記の例は、どのようなライムタイプにもカテゴライズされていないことになります。「子音韻(Consonance Rhyme)」のカテゴリーにも属していません。ただ、広義の「子音韻(Consonance Rhyme)」のカテゴリーに入ると考えても良いかな、と私は考えます。

・open[óʊ.p(ə)n]
・mission[mí.ʃən]


⑧ まとめ

 ここまでライムタイプについて、詳細に説明を加えてきました。かなり仔細な部分を見てきましたが、英語の押韻学を知ることは、今後の日本語の押韻学の生産的な議論のためには必要不可欠だと私は考えます。

 定義を整理するのは大変ですが、この記事をきっかけに、「押韻」にぜひ興味を持っていただけたら嬉しく思います。

詩を書くひと。押韻の研究とかをしてる。(@sagishi0) https://yasumi-sha.booth.pm/