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老人の若者。

かきが食べたかった、それも無性に。

あの、喉につるんと流れ込み、胃の中で確かな重さを感じることができるカキを。味わうというよりは喰らうという表現の方が正しい海のミルクとも称されるあの牡蠣を。口に、意に、胃に、身体に、血液に、取り込みたい。

レモンの爽快さは髪がなびき、太陽のもとで瑞々しく働く若者の汗のようで、口に残るわずかな磯の香りは、不愉快とも味わい深さともとれる老人の存在感に他ならない。

3月。生食用の牡蠣がスーパーに売っているかどうかは行かないと分からないが、この衝動を抑えることができず、若者はスーパーへ向かった。

一直線に海鮮コーナーへ、迸る快楽を思い出しながら、慎重に、望みが叶うであろう希望を握りしめ、少しだけ険しい表情を、他人に見られようとも気にもせずに。

人の望みというものは大抵は砕かれ、見るも無残な姿になって、やり場のない口惜しさとまた夢を見る原動力を与えてくれるもの。

1月に来た時には確かにあった牡蠣のコーナーには、すでに、別の海産物が置かれていた。

”サザエ10ケで660円!!”

売り場のおばちゃんが赤いマッキーペンの太字の方で図太く、しっかりと書いた看板は、若者に絶望と”必ず牡蠣を喰らいたい”という欲望を湧きあがらせた。

「まだ、他にも海鮮コーナーがある」

手前に置かれているデカデカとしたサザエ看板の裏のコーナーに、まだ希望はあった。

老人が何やら吟味しているのが見えた。

希望は老人。

老人でさえ、思わず立ち止まるのが牡蠣の魅力なのだ。踵を返し、若者ならではの軽やかなステップで裏のコーナーへまわる。

「あった!」

あった、あった。「お前の望みはこれだろう?」と言わんばかりに牡蠣がズんと置かれていて、老人がぐっと拳を握りしめながら、どの牡蠣に実がしっかり詰まっていて、ミルキーで、お買い得かを吟味している。

買い物かごには”ポン酢”が入れてあるのが見えた。若者のかごには生鮮売り場を通り過ぎる時にさっと入れたレモンがあり、牡蠣に絞られるのを待っている。

牡蠣が豊富に獲れる町を故郷に持つ若者は、素早く見極め、手に取り、価格を脇目でちらりと把握、少し贅沢だとは思ったが1ケ200円の牡蠣を1ダース、カゴに盛り、その場を後にしようとした。

「最近の若者は、礼儀をしらん」

足早に去ろうとした若者の背中に、どこかで聞いたことのある台詞がぐさりと刺さる。まるで薄っぺらく、牡蠣をこじ開けるナイフのように、巣ごもりで暫く忘れかけていた人と人との繋がりの大切さを、本当は知っている若者の心を、こじ開けた。

恐らくは、老人が吟味している目の前に手を伸ばし「ちょっとごめんなさい、前失礼します」や失礼しますまでいかなくとも「すみませんー」と手を伸ばしたほうが良かったのかも知れない。

悪いこともしていないのに何でもかんでも”すみません”という言葉を使いたくはないが、それが人の気分を害さないこの国ならではの作法なのであれば、郷に入っては郷に従えのごとく、守るべきだということも社会の中で大切なこと。

そのコミュニティで生きていくことを選択しているのであれば。

若者は振り返った。

「すみません、選んでいる目の前に手を伸ばしてしまって」

まさか振り返ってくるとは想像もしていなかったのか、老人は少しだけ体をビクッとさせ、若者に向いていた体と目線を牡蠣の方へと戻した。

「そう、思うのなら1つくらい良い牡蠣を置いていけ。。」

ぼそっと垂れた言葉に、若者は吹き出しそうになりながらも歩き、2つほど自分が良いと思った牡蠣と、この良い牡蠣がなければ選んでいたであろう牡蠣を交換した。

「ありがとな。」

老人は若者に見向きもせず、しかし確かに礼を言った。その”ありがとな”は余韻の残る心のこもった言葉ではあったが、どこか寂し気で、若者と老人に越えてはいけない一線を引くようでもあった。

「これと、あとこれも良いと思います。ただレモンを買うのを忘れないで。ポン酢もいいけれど、レモンをきゅっと絞ったものも美味しいですよ。」

「昔から、俺はポン酢をかけて喰うんだ。」

「えー、ダメですよ。たまには冒険してみてください。僕もあと10年くらいしたらポン酢に挑戦してみますから。」

少し照れくさそうに言い放った老人は、喋りかけられて嬉しい気持ちと、譲れない老人としての威厳を抱えていた。

「いいんだ、おれは。もう大して長くもない人生、好きにさせろ。」

「そうですか。でもまぁ気が変わったら、ぜひ。本当に美味しいんですよ。レモンで牡蠣。」

最後にははっきりと返事を聞くことができなかったが、若者がレジへ向かおうと振り返ったその肩に、”ありがとな”と手を添えられた気がした。

若者が会計を終え、スーパーを後にしようとしたその時だった。

生鮮売り場で”レモン”を買い物かごに入れる、あの老人の姿が見えた。

”最近の老人は、素直さというものを知らないのだろうか”

若者は疑問を胸に、自分も礼儀という心の殻をこじ開けられたことを思い出した。

牡蠣のナイフのように薄っぺらで、どこかで聞いたことのある言葉で、老人の心をこじ開けよう。

「最近の老人は、素直さというものを知らん」

はっとした表情を浮かべ、くしゃりとした笑顔で、老人がこちらを向いた。


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