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ボゴタ便り(序)(にしては長い)

 コロンビアと聞いて、「それどこ?」と反応する人が大勢いるでしょう。地図を出しておきました。
 コロンビアという国では、と、ボゴタを訪ねる前に、彼の地の出身の友人からアドバイスがありました。
「店でもなんでも、列に並ぶとするでしょ。前に3人いたら、自分の番が来るまでだいたい一時間って感じ。そのつもりでいるといいよ」。
 はい、そのつもりでいたおかげか、その通りのことを楽しく経験してきました。

 コロンビアは、日本を含めた他の国々と同様に、たくさんの問題を抱えています。
 でも、農作物の自給率が高く、牧畜も盛んで、オーツ麦や、とうもろこしは輸入に頼っているということでしたが、基本的にその土地の食材で満たされている食卓はとても美味しく豊かなのです。それからもちろんコーヒーがあります。コーヒー豆の質については「他の南米の追随を許さない」とキッパリと言う人もいます。国民の食糧を国内で賄えるのは、近年では貴重なことに違いありません。

 首都ボゴタは、ラテンアメリカのカルチェ・ラタンと呼ばれる文化的な都会です。(コロンビアには他にも大都会はあります。メデジンとか、カリとかです。)
(コロンビアの大規模カンファレンスに行くと言ったら、A Course in Miracles の発祥の地、ニューヨークのコロンビア大学と関係があるのですかと質問した方がいました。コロンビア共和国は、Colombia, コロンビア大学は、Columbiaで、スペルは違いますが、どちらもアメリカ大陸発見者コロンブスに因んでいます。コロンビア大学の前身はイギリス所有のキングス・カレッジで、独立戦争後、新たな名前で再発足しました。)
(初めてコロンビアの地を踏んだ日本人は庭師で、1902年のことだそうです。日本を訪れたコロンビア人が、日本庭園に惚れ込んで、その庭師に頼んで来てもらったそうです。都会には、日本庭園があちこちにあるとのこと。日本からの移民多数、親日家の方が多いし、また、周囲への気の遣い方や“おもてなし精神”の表現の仕方など、日本人との共通点が多々あると感じました。)

 こうやって括弧を連続して使っていると、どこまでも話がふくらむ、というか、外れていってしまいますね。Note.comでのこれまでのわたしのページは括弧だらけです。
 
 書いたものが書籍化されたり、文芸誌などに寄稿したりするようになった二十代の頃、編集者に厳しい文章指導を受けましたが、文章を書く際のいちばん基本は、句読点を除いて記号は使わない、ということでした。「?」「!」「&」鉤括弧など、よほど特別な目的がない限りご法度です。一行空けもフォントを変えるのもダメ。
 曰く、「なによりも品がないだろう」。
 品格についてはともかく、わたしには、その基本は納得のいくもので、文章とはそうであるべきだと今も思っています。なにより、その方が断然読みやすいからです。
 基本は他にもあって、たとえば和製英語のカタカナは極力使わないとか、ブランド名は使わないとか。その理由もよくわかります。シャネル、アップル、ナイキ、等々と書いたところで、それらの名前が読む人に伝えるシンボルはさまざまなので、書き手の意図が曖昧模糊としたものになってしまうだけでなく、書いている内容よりも、そのブランド名の方がずっと強い印象を読者に与えることも少なくないからです。
 それでも、「ツイードで軽やか、絶妙な型取りで柔らかく身体に添い、金ボタンが主張し過ぎすなんとも優雅で着心地良さそうなジャケット」などとまどろっこしく描写するより、「彼女はシャネルのジャケットを着ていた。」と書く方がよほど情景が思い浮かぶし、その人の生活の背景や嗜好がよくわかるというものです。

 それに、文章は、読みやすく書かなければならないわけではありませんよね。速読を許さない、素早い理解を許さない、ギザギザした文章というのも数えきれないほどあります。時間軸が行ったり来たりして物語が混乱しているように見える書き方をしているものもあります。どっさりとあります。

 悪文でありかつ名文と言われるものと、このブログを比較するつもりは毛頭ないことは強調しておきたいのですが、このnote.comでは、あまりに自由な気持ちで書いているせいか、ちゃんとした文章を書こうという気持ちが皆無になってしまっているせいか、どうしても話は脇にそれ、先に進みません。
 先に進んでいく、というやり方に興味を失っているからかもしれません。性別を表す代名詞を使いたくない、ということを前に書きましたが、性別についても、もう一切言及したくない思いが強くなっています。
 つまり、今までのような流儀、慣習、文法に則って書くということからズレていきたがっている何かがあり、それでもなんとか意味の通るものにしようとする力も働き、その間を揺れながら進む作業を楽しんでいるのが、このブログのような気もします。

 コロンビアの話に戻ります。
 都会はさすがにいろいろなことがなめらかに動きますが、ちょっと田舎の方に出ていくと、あらゆるものが、ゆったり、に変わります。時間がゆっくり進むのではなく、それどころか決して進まず、いつまでもたゆたっている感じなのです。
 わたしは旅人なので、急がないと決めれば、それで何の問題もないし、時間が滑るように高速で進んでいくように見えるニューヨークからの旅であってみれば、まったく別の時空間に移動したような、そのズレがたまらなく良いのです。時間感覚はズレることが可能、というより、自由自在なのですね。
 ズレる快感が湧くことによって、ズレたい、という願いが内にあったことに気づかせてもらえます。

 コロンビアでは、スープがなければ食事とはいえない、のだそうで、初日の昼食も、スープから始まりました。
 結婚式場としても有名なレストランでのランチで、注文をとりに来るところから始まり、スープが出るまでに一時間以上経っていましたが、さらにスープから主菜が出るまでの間、わたしたち一行は、散歩に出かけ、公園に入り、一周したのち馬場に行き、鶏の陣地の前でひとしきり喋り、放し飼いの豚ちゃんと一緒に写真を撮ってみたりして、それでもまだ、店に戻った時点では、テーブルの上にはまだ何も出ていませんでした。
(このランチの時間の長さは、イタリアはアッシジでのランチの長さの記録を破ったかもしれません。アッシジでは、次から次へと出てくる料理を途切れることのないお喋りと共に延々と食べ続け、ワインを何本も空け、終わった時には、外は一面雪景色。店に入るときは12月とは思えない暖かな陽射しに包まれていたのに。しかも、わたしたちの車はすでに半分以上雪に埋もれてしまっていたのでした。)
(そのためにその日ローマに移動の予定だったのが、延長宿泊することになりました。雪が溶けて車が姿を現すまでい続けました。そのおかげでわたしはアッシジで、サンフランチェスコにまつわる神秘体験のようなものに出会ったのです。)

 閑話休題。
 スープと主菜の間に散歩に出かける。そのような時空間、異空間にそっと入っていくときのズレる感覚。そこには、間違いなく霊感のようなものがあります。
 そうです! 何においても、本を読むことにおいても、文章に品があるかないか、ではなく、ブランド名がそのシーンを圧しているかどうかでもなく、霊感があるかどうかが鍵なのでした。

 霊感に揺さぶられた読書経験を一冊選ぶとすれば、ある特別な一冊を除けば、わたしの本棚からは、やはり『やし酒飲み』でしょうか。

 わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。

(『やし酒飲み』エイモス・チュツオーラ 土屋哲訳)

 このような出だし。そして、息子に飲んだくれるほか能がないと知った父親は、その息子の為に専属のやし酒造りの名人を雇い、また、九平方マイルのやし園を与えます。
 出だしの文章はいくつもの点で衝撃、わたしが要約した次の進み行きもまた、完全にこちらの常識を覆すもので、読者の時間は一瞬、いえそれ以上の間、止まってしまいます。子どもが早々にアル中と知った親は、「慌てて酒を取り上げ矯正に奔走するに決まってるでしょう」という決めつけが崩れる快感にハマります。
 物語は、ここからどんどんとんでもない展開となり、それをわたしたちは時間が止まったままの世界で追いかけていくことになります。そのような読書体験はズレる快感の連続である以上に、自分がいつの間にか作り上げていたちっぽけな世界観を粉々にする、いわば“目覚め”を経験させてくれます。

『やし酒飲み』日本語版とわたしが出会えたのは、大好きな晶文社から出ていたからです(さらに、土屋哲さんの拝みたくなるような秀逸の訳)。

 が、なぜわたしはここでアフリカ文学の話を持ち出しているのでしょう。コロンビア文学と言えば、ガルシア・マルケスを筆頭に、目の眩みそうな、というか、神経がぐちゃぐちゃになりそうな、ぐちゃぐちゃした世界を繰り広げる壮大な霊感の宝庫なのに。

 初日のランチ、スープの後で散歩に行き、そして鶏肉の主菜を共にした一行の中の一人は、ニューヨークでラテンアメリカ文学の博士号を取った後、A Course in Miraclesに出会って、「この世のあらゆる芸術、文学を含めた芸術が完全にどうでもよくなってしまった」旧友でした。

 A Course in Miracles. はい、こちらが、コロンビア行きの目的でした。今回はすでにとんでもなく長くなってしまっているので、次回はいよいよA Course in Miracles について、書きます。「他のあらゆる芸術がどうでもよくなる」とまで言わしめる書物について。

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