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自ら求め、判断し、そして・・・動け!

宿題の是非や学習スタイルの議論は、少し横に置いて

中国で爆当たりの「宿題解説アプリ」、世界の投資家がカネを注ぎ込む「ヤバい破壊力」

これ、まさに「良いとこ取り」。

AI技術と蓄積されたスキルや分析データが組み合わさることによって起きる「学びのパラダイムシフト」が形になった好例だといえる

ところで・・・

昨日出された中教審答申では、2020年代を通じて実現すべき「令和の日本型学校教育」の姿として、「個別最適な学び」「協働的な学び」が挙げられている。また、それを実現するには、ICTが学校教育の基盤的なツールとして必要不可欠だと位置付けられている。

これが、具体的な日常風景として学校現場で展開されるのがいつか。

まさか、気がつけば2020年代を過ぎていたということにならないことを祈るばかりだが、これまでの経緯を見れば「言ってるだけで何も変わらない」という諦めの方がどうしても先行してしまう。

我が子の将来を敏感に感じ取っている保護者は、国や地方の教育行政担当者、その指導を受けて実務を展開している学校だけに頼っていてはダメだということに、とうに気づいている。当事者として、危機感の受け止め方がまるで違う。行政は「何を後追いしてるの?(しているところはまだマシかもしれないが)」「学校は社会を、子どもたちの現実をどう見てるの?」としか思っていない。

そんななか、従来の制度に頼らず「自分で選んだ方法や場所、スタイル」で学びを進めていこうとする人が増えてきた。それを後押しするサポートも出てきている。

在野の教育者や現場の教師が主体となった教育改革の胎動が、NPOや企業、あるいは個人のレベルの活動に広がり、もはや国や地方の教育行政に頼らず「自分で」「自分たちから」進めていこうとする変革へと潮目が変わっている。

日本では、まだまだ学校の勉強方法は基本的に「暗記・詰め込み型」だ。

なぜそうなるかは明白、「受験(入試)」や「採用」というシステムがそれを求めているから。

それを続けるなら、せめてこういったAIを駆使した勉強方法にしていけばいいだろう。その過程で技術はどんどん進歩し、より効率的で使い勝手の良いものになっていく。

一方、そうじゃなくて「暗記・詰め込み型」一辺倒からの脱却をめざすのなら、「受験(入試)」や「採用」から抜本的に組み替え、実際にやっていくことしか道はない。

ただ、そのいずれを選ぶにしても、この記事にあるような考え方や動きは必須だと思う。

学校を取り巻くステークホルダー全員が「自ら求め、判断し、動く」こと抜きに、意味のある改革(=納得解)を紡ぎ出すことはできないのだから。

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