見出し画像

7.JUNOON(جنون) / SAYONEE(سیونی)

JUNOON(情熱、執着といった意味)はパキスタン、南アジアを代表するバンドです。1990年結成、1991年デビュー。パキスタン音楽について書いた記事でも取り上げた「パキスタンのU2」とも称されるバンドです。

デビュー当時のパキスタンは1977年の軍事政権確立後に進んだイスラーム政策により西洋文明が抑圧されていた時期。1988年に軍事政権から民政に戻ったものの国家のイスラーム化はさらに進んでいたとされます。ただ、民政に一時的にせよ戻ったタイミングで多少開放感はあったのでしょう。パキスタン初のロックヒットとされ、「パキスタンの第二国歌」と呼ばれるほど親しまれているVital Signsの「Dil Dil Pakistan」も1987年リリース。創設者でギタリストのSalman Ahmadは元Vital Signsに在籍していました。彼はVital Signsを脱退してJUNOONを結成。こんな時代背景の中でJUNOONはデビューします。

Vital Signsは愛国ポップスとも呼ばれ、祖国の歴史や自然を称える歌詞が多いようですが、JUNOONは最初から政府の腐敗や社会の矛盾、格差についての視点がありました。そういう意味では東南アジア最大のロックバンドと言えるタイのCarabaoにも通じるものがあります。JUNOONの90年代はパキスタン政府との対立、自由を訴える戦いの歴史でもありました。何度も発禁処分を受け、ついには国内でのコンサートを禁止され起訴されます。彼らのドキュメンタリが2001年、アメリカのケーブルテレビ局VH1によって作成されています。

今回紹介する曲「SAYONEE」は1997年の4枚目のアルバム「Azadi(自由)」に収録されている曲です。このアルバムはインドでもリリースされ人気を博し、JUNOONは1998年にインドツアーで10万人を動員。そのツアー中にインド・パキスタンの核開発を批判し、パキスタン政府から提訴されるなど敵対関係となっていきます。そんな中、彼らは何を歌っていたのでしょうか。言語はウルドゥー語(パキスタンの公用語)ですが、そのままではほとんどの方が読めないと思うので発音をアルファベットで書いたものを原詩として載せます。

SAYONEE / JUNOON

O sayonee ... sayonee
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Aur koi hal nahin
O sayonee ... sayonee

ああ、友よ、親愛なる魂の友よ
僕は心が休まる暇がない
一瞬たりとも平和がない
心に平和の訪れる瞬間がない
そしてそれに対してどうすればいいのかわからない
ああ、友よ、親愛なる魂の友よ

Kaun mode muhar
Kaun mode muhar
Kaun mode muhar
Koi sanwal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Aur koi hal nahin
O sayonee ... sayonee

誰がコインを回すだろう
誰が金貨をひっくり返すのだろう
誰が変化を起こすのだろう
それができる宝石商がいないから
僕は心が休まる暇がない
一瞬たりとも平和がない
心に平和の訪れる瞬間がない
そして、どうすればいいのかもわからない
ああ、友よ、魂の友よ

Kya bashar ki bisaat
Kya bashar ki bisaat
Kya bashar ki bisaat
Aaj hai kal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Aur koi hal nahin
O sayonee ... sayonee

人間の価値とはなんだろう
生きる価値とはなんだろう
何を価値に図ればいいのだろう
明日になれば彼は今日と変わってしまう
僕は心が休まる暇がない
一瞬たりとも平和がない
心に平和の訪れる瞬間がない
そして、どうすればいいのかもわからない
ああ、友よ、魂の友よ

Chhod meri khata
Chhod meri khata
Chhod meri khata
Tu toh pagal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Chain ek pal nahin
Aur koi hal nahin
O sayonee ... sayonee ... sayonee ... sayonee

僕の間違いについては話さないでください
間違いについては話さないでください
僕の過ちを話さないでほしい
君は狂っているわけではないから
僕は心が休まる暇がない
一瞬たりとも平和がない
心に平和の訪れる瞬間がない
ああ、どうすればいいのかもわからない
友よ、親愛なる魂の友よ、魂の友よ

解説

シンプルな言葉を何度も繰り返していますが、多義的に解釈できる内容です。基本的には「どうにもならない、どうすればいいのだろう、友よ」と問いかける内容。為政者、国の政策がどんどん変化していき、自由がない中でどのように生きればいいのかわからない、監視されていることへの恐怖や不安も感じるし、それは自分たちの選択した結果(僕の間違いについては話さないでほしい)だということも言っています。1988年に民政になり、選挙で選ばれた政権ながらそれは自分たちの臨んだ姿ではない。ただ、「狂ってはいない」国家である、そこに所属していくしかない。自分たちもその一部である。それでも「どうしたらいいのか分からない、親愛なる友よ」と訴える。ここで親愛なる友(Sayonee)と呼びかけられているのは聴衆でしょう。これはただの愚痴ではなく、答えは分からないけれど考えよう、考えなければならない、というテーマに聞こえます。

今の日本もそうですが、「正しい選択」というものは難しい。さまざまな課題が起きることは歴史や原因があり、それは変えることができない。そのうえで今どうすればよいのか。答えを誰かが差し出してくれるのではなく(金貨を回してくれる宝石商はいない)、考えるしかないものなのでしょう。今置かれている状況には不安や恐怖がある。どうすればいいのかもわからない。ただ、問題と向かい合う、まずは今置かれた状況が怖くて、不安で、解決策もなく、だれの助けも期待できないことを見つめよう。そこからスタートしよう(それが自由につながる)、と歌っているように聞こえます。

パキスタンは旅行経験や直接の縁がなければなかなか想像できない国だと思いますが、こうして音楽を入り口にして、パキスタンの歴史や人々の置かれた状況を少し身近に感じることができます。この曲は1997年~1998年、インドでも大ヒットします。当時、パキスタンとインドはカシミール問題などで戦争中(ずっと紛争中です)。そうした緊張感のある中で、パキスタンのバンドがインドで広く受け入られられたのは画期的です。この曲で描かれた「どうすればいいかわからない気持ち」を、対立する者同士が音楽で共有することで共感が生まれ、対話のきっかけになるかもしれません。なぜなら、「どうにもならない」が共感されるということは「どうにかしたい」も共感されるということだから。

また、2001年、同時多発テロによりアメリカではイスラム教徒全般に対する差別、畏怖が起きました。特にパキスタンは歴史的・地理的にもアフガニスタンに近く、タリバンとも歴史的には近しい関係にあります。その中で、JUNOONが平和の使者としてアメリカのTVなどメディアで発信し、アメリカ各地でチャリティコンサートを行い、パキスタンの実像を伝え、音楽を届けた功績は大きい。この曲は当初はパキスタン国内での抑圧された心情を歌ったものでしょうが、同時多発テロの後はキリスト教圏、いわゆる西側世界でイスラム教徒がおかれた心情にも寄り添った曲と言えます。今のコロナ禍でもそうですが、「音楽に何ができるのか」。危機的状況の中で、一人一人の心に寄り添えるものが、音楽なのだと思います。

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?