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Spiritbox / Eternal Blue

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Spiritboxは、カナダ、ブリティッシュコロンビア州ビクトリア出身のメタルバンドです。ボーカリストのコートニー・ラプランテ、ギタリストのマイク・ストリンガー、ベーシストのビル・クルックの3人組(ドラマーもいましたが脱退した様子)。ラプランテとストリンガーは元バンドメイト(USのメタルコアバンドIwrestledabearonceに在籍)であり、2016年からは夫婦。この二人の夫婦デュオを核として結成されたバンドであり、本作がデビューアルバムです。

初期の音楽的影響としてアレクシスオンファイアプロテストザヒーローの名前を挙げており、ラプランテがほかに「影響を受けたアーティスト」として名前を挙げているのがTesseract、Deftones、Tool、Meshuggah、Gojiraなど。メタルアーティストだけでなくKate Bush、Bjork、FKA Twigsなどの女性ボーカリストの名前も挙げています。多様な音楽性を持ったメタルの領域を拡大しているバンドのようで、批評家は、彼らのスタイルをメタルコア、ポストメタル、ジェント、プログレッシブメタル、オルタナティヴメタルなどと表現しています。「ポストメタルコア」と呼ばれることも。「新しい音楽」を切り開こうとすると既存のジャンルから逸脱していきます。逆に言えば音楽の発展とは既存の「ジャンル」で想起される音像があり、そこから逸脱を目指すことで新しい領域を拡張していく、ともいえる。

2017年からEPはリリースしており、2020年の「ホーリーローラー」はビルボードのUSホットハードロックチャートで25位まで上昇(ビルボードはサブジャンルごとに細かくチャートが分かれています。Amazonのランキングみたいな感じ)。一部メタルファン界隈では話題となっていたバンドのようで、本作もいくつかのメディアに取り上げられていました。私が最初に知ったのはMarunouchi Muzic Magagineの記事。本人たちの背景にも触れられていて読みごたえがあります。

夫婦であるとか、何の仕事をしてるかとか、そうしたバックグラウンドを知っていると音楽を聴くときにいろいろな想像を膨らませることができます。そんなことが興味を持ったきっかけ。あと、Marunouchi Muzic Magagineのオススメ盤は個人的な嗜好に合っていて好きなんですよね。最近しっかり読み始めたんですが、趣味嗜好が合います。内容も濃くて素晴らしいブログ。

それでは聞いてみましょう。

活動国:カナダ
ジャンル:ポストメタルコア、メタルコア、ポストメタル、ジェント、プログレッシブメタル、オルタナティヴメタル
活動年:2017-現在
リリース:2021年9月17日
メンバー:
 コートニー・ラプランテ–ボーカル(2016年–現在)
 マイク・ストリンガー–ギター(2016年–現在)
 ビル・クルック–ベース(2018–現在)

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総合評価 ★★★★☆

バラエティに富んでいて、まさに”ポスト(超える)”メタルコアと言われればその通り。曲によって表情がだいぶ違い、さまざまなスタイルの楽曲がどれもクオリティが高い。個人的に突出した1曲はなかったが、中だるみする場面もなく最後までスリリングに聴けた。1曲ごとに表情が変わるから聞き飽きない。単曲が置かれたシングル集のようなアルバムではなく、曲ごとの緩急、曲の並びがかなり練られていて、ある意味「プレイリスト的」なアルバム。「最新ラウドロック」みたいなプレイリストとして聞いても違和感がない。1~5曲目のつながりと、9~12曲目の2つのブロックがハイライトか。それらの曲に説得力を持たせているのは演奏技術、歌唱力の安定感と作編曲能力の高さのなせる業だろう。

オルタナティブロック史を振り返る連載を書き、400枚のアルバムをざっと聴きなおしてみたのだけれど、そこで思ったのは「メタル」と「オルタナティブロック」は音像が別物、ということ。同じプレイリストに入れたりするとやはり違和感がある。いわゆる「オルタナティブメタル」勢は確かにオルタナティブロックと近いところもあるが、音が別。ところがこのバンドは後半、9,10,12曲目あたりはメタル感が薄く、インディーポップ、オルタナティブロック感が強い。むしろこの3曲だけ抜き出せばオルタナティブロックバンドだろう。こうした音像のふり幅を持っているバンドは稀有。たぶん、音響とか機材とかで両方の音をきちんと出すというのは難しいのだろうと思うが、メタルコア的な音、Djent的な音、オルタナティブな音、それらをどれも「一部取り入れてみました」レベルではなく、一つの曲として遜色なく具現化できている。それらの特異性、要素を1曲にまとめた曲としては「11 Circle With Me」が一番わかりやすいだろうか。これは格好良いアルバム。

1 Sun Killer 3:47 ★★★★

インダストリアルなビートに浮遊するSE。SF的なイントロからスタートし、ドラムとクリーンボーカルが入ってくる。ドラムにはやや凶暴さを抑えている感じを受けるが静かな始まり方。同じリズムで2番のヴァースではディストーションギターの刻みが入ってきてヘヴィさが増していくがボーカルはクリーントーンのまま。ダークかつ荘厳な音像。イマドキのモダンな女性ボーカルのバンド群に近い感触だが、デビューアルバムにしては完成度が高く世界観がある。音数が減り、加工されたボーカルが残る。緩急のつけ方がけっこう思い切っている。静のパートの使い方がうまい。そこから一気に動へ。ボーカルがスクリームに変わる。メタルコアというよりグランジ的、ピクシーズ~ニルヴァーナ的な静ー動の爆発感がある。じっくり盛り上げるオープニング。

2 Hurt You 3:46 ★★★★☆

前曲のスクリームからそのままヘヴィなリフ、グランジーなリフが奏でられ、怒号が入ってくる。怒号のヴァースからクリーンなサビ、という00年代以降のメタルコアの王道パターン。怒号の迫力は高い。途中、メロディアスなパートではプログレハード的な音像に。インダストリアルなビートが入ってくる。なるほど、いいバランス。むやみとコーラスでポップになり切らず(あまりポップにすると陳腐になりがち)、かといって怒号一辺倒でもない。音圧も迫力がありつつ静謐さ、静かでアンビエントな雰囲気も纏っており、静のパートと動のパートがシームレスにつながっている。プログ的な要素もあるがあまり極端な変拍子などはない。

3 Yellowjacket 3:18 ★★★★☆

また音像が変わり、デジタル処理された声に。矢継ぎ早に曲が出てくる。曲間がほぼなく、次々とシーンが変わっていくのはうまい。しかも1曲目、2曲目、3曲目で表情が違う。この曲はゲストボーカルが参加しているようだ。メタルコアバンドArchitectsのフロントマンSam Carterが参加。力強いスクリームを聞かせる。轟音リフ、デジタルロック、メタルコアが混ざり合った音像。たしかにこの曲は”ポスト”メタルコア感がある。ジャンルのクリシェ(よく使われる常套句)を越えていく意思と能力を感じる。Bring Me The Horizonにも近い。

4 The Summit 3:57 ★★★★☆

瑞々しいベースの音に。クリーントーンのボーカルが入る。前曲からのこの曲への落差が気持ち良い。メロウなメロディ。メロディセンスもいいなぁ。コード進行とボーカルラインの組み合わせ方が無理やり感がない抒情性を醸し出している。曲作りのセンスがある。ありがちなUSメインストリームのメタルコア的なラインもあるのだが、曲全体として見るとあまりわざとらしさや「またこのパターンか」という食傷感がない。かといって前衛的すぎず、きちんとポップなフックがある。この匙加減はマニアに受けつつメインストリームでもそれなりに受け入れられそうな感覚がある。騒がれるだけのことはある。

5 Secret Garden 3:39 ★★★★☆

この曲はDjentというか、プログメタル的。はじくようなベース、絡み合う変拍子。その上で前曲から引き続いて悠然と歌うボーカルが安定感がある。ここまで5曲、どの曲もそれぞれ表情が違いつつクオリティの高さが維持されているのがすごい。新世代感。インディーロック的なフックのあるメロディだが、しっかりメタル的なエッジもある。とはいえこの曲は攻撃性よりは技巧が前面に出ている。楽器隊はプログ的だが、あくまで歌モノ、ボーカルメロディが中心となって曲が進んでいく。曲も3分半とコンパクトなドラマ。

6 Silk In The Strings 2:57 ★★★★

前曲で一度音が途切れる、A面、B面がここで入れ替わりだろうか。グルーヴメタルというか、いかにもハードコアな音像の曲。かなり強い怒号。4~5曲目で神秘性を醸し出していたボーカルが怒りの表情を見せる。多面的な表情。曲自体はストレートなハードコア。

7 Holy Roller 2:53 ★★★★☆

ベースがブンブン言っている。攻撃性が高いリフ。MVのサムネの「お花をかぶった女性」の印象はまったくない音像。インダストリアルな音も入り、Code Orangeなどを彷彿させる強烈な攻撃性。途中でポップに変わるのかと思ったら変わらないな。ブンブン言うリフが印象に残る。ちょっとパーティー感がある。

8 Eternal Blue 3:59 ★★★★☆

また雰囲気が変わり、アンビエント、ニューウェーブ感がある音。ダークなシンセポップ的。アルバムの中の緩急がうまい。2曲ハード目の曲が続いたところでこういう静か目の曲を入れてくる。ただ、後半になるにつれてDjent感が増してきて、音圧は高まっていく。刻みリフ、ドラム、動き回るベース。スリリングな間奏を経てアンビエントなコーラスへ。

9 We Live In A Strange World 2:48 ★★★★☆

声と実験的なビート、インダストリアル寄りのインディーポップ的。エレクトリックなビート。隙間の多い音。メタル感がほとんどない曲だがダークな雰囲気はある。途中からギター音の塊が入ってきてバンドサウンドに変わる。ポップだが少しひねくれたメロディ。グランジ、オルタナ以降のUSハードロックサウンドにRiot Girrrl以降のガールズパンク的な要素もある。

10  Halcyon 3:40 ★★★★☆

幽玄な、80年代のKate Bush的な要素もある音像。ギターが入ってきてイマドキのモダンなメタルコア的な音像になるがボーカルはクリーントーンでメロディアス。ヴァースのメロディが魅力的。ギターはディレイがかかったミニマルなフレーズを奏でていて浮遊感がある。この曲はオルタナティブロックの文脈でも成り立つ曲。アルバム全体として見ればメタルだが、この曲はオルタナティブロック好き、インディーロック好きにもアプローチしそう。

11 Circle With Me 3:53 ★★★★☆

ハキハキしたリフ、怒号。モダンなメタルコア。クリーンボーカルでメロディアスなヴァースが入ってくる。ここは90年代的なサウンド。U2のエッジ的な空間を活かしたギターフレーズ。途中からDjent的な音像になっていく。この曲は1曲の中にさまざまな要素が詰まっている。今まで出てきた各種要素が統合されているような曲。わかりやすいパートが多く、メロディにも説得力がある。

12 Constance 4:30 ★★★★☆

やや点描的なドラム。手数はそれなりに多いがポツポツと置かれた感じがする。ボーカルが入ってくる。つぶやくような、それでいてしっかり歌っているボーカル。ギターが入ってくるがあまりエッジは立っておらずシューゲイズ的。音の渦を作っている。この曲もメタル感は薄目、最後の方になると少しずつアトモスフェリックブラックメタル的な要素が出てくるが、曲全体としてはインディーロック、オルタナティブロックの範疇の音作り。アルバムの終幕を静かに迎える。

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