グランジムーブメントがメタルに与えた影響:1992-1995
1991年、NirvanaのNevermindやPearl JamのTenの商業的成功によってUSの音楽業界は地殻変動が起きました。シアトルのバンド群を中心としたそのムーブメントは「グランジ(薄汚れた)ムーブメント」と呼ばれ、80年代中盤からのメインストリームロックの座を占めていた(当時の)ヘヴィメタルから王座を奪い取ります。ただ、最近改めて1991年の再評価※1が進んでおり、それらを読むと多くのメタルミュージシャンたちはグランジムーブメントを脅威としてではなく、共感を持って受け入れていた形跡が見られます。もともとアンダーグラウンド色の強いメタルシーンの中には80年代後半の商業化されたヘアメタル、ポップメタルには違和感を持っていたアーティストも多く、彼らはグランジムーブメントの衝動の発露、むき出しの感情と攻撃性に共感を受けて音像を変化させていきました。90年代初頭には、80年代から活躍してきたメタルバンドの多くがグランジ・オルタナ化した音像のアルバムをリリースしていますが、それは商業的なムーブメントに乗ったという面だけでなく、「アーティスト自身がグランジに共感したから」というのも大きな理由だったようです。
当時、日本のメタルファンの間では「グランジ、オルタナ」に対しては批判的な意見も多かった印象です。これは当時、日本のメタラーに多大な影響力を持っていたBurrn!誌がグランジムーブメントのアーティストに対して否定的だった、ということもあるでしょう。なぜそうなったか、は、また別の原稿で考えるとして、今回はグランジムーブメントがメタル界にどんな影響を与えたのか、改めて考えたいと思います。具体的には次の方法を採ります。
・1991年以前からUSで一定以上の商業的成功(目安としてRIAAゴールドディスクを取得したバンド)していたメタルバンドの1992年~1995年の作品を聴いてみる。
※1992年から、としているのはグランジムーブメントが急激に巻き起こるのは1991年後半(Nevermindのリリースは1991年9月24日)からであるため、それ以降に制作・録音されたアルバムとなると1992年以降にリリースされた作品となるため。逆に言えば、1992年以降にリリースされたアルバムは「グランジムーブメント」の盛り上がりの中でリリースされている。
※1995年まで、としているのは、いわゆるグランジムーブメントのピークは1991~1994(カートコバーンの死)までであり、この期間に制作・録音されたアルバムに絞りたいため。
グランジムーブメントによって時代遅れとされ人気が凋落したバンドもいれば、かえって過去最高のセールスを挙げたバンドもいます。「グランジ・オルタナ化した」とされ、評価が低かったアルバムも今聞くと新たな発見があるものも多い。し、「あれ、このアルバムってグランジムーブメントの中で出ていたのか」という再発見もあります。1991年から1994年までの「グランジムーブメント」の中で、メタルアーティストたちがどのような音像を作り上げていたのか見てみましょう。それによって、隣接するジャンルからは「グランジムーブメント」がどのように見えていたのか、多面的に知ることができるかもしれません。
それでは、1992年から見ていきましょう。
1992年:グランジ化したアーティストもいるが、80年代的なメタルもまだまだ売れていた
Iron Maiden/Fear Of The Dark(1992)
ブルースディッキンソン在籍時では90年代最後のアルバム。前作「No Prayer for the Dying(1990)」から80年代に比べると音がやや荒々しくなっており、その延長線上にある作品。91年からのグランジムーブメントの影響というよりは80年代後半からのガンズの成功やスラッシュメタルの台頭によるラフさ、疾走感といったもの、このバンドが初期に持っていたパンキッシュな要素(そもそもパンクスからもメタルヘッドからも愛されたのがポール・ディアノ期のメイデン)を蘇らせたかのようなアルバムだが、曲数が多くバリエーションに富んでおり、やや散漫な出来でもある。この辺りは前年出たガンズの「ユーズユアイリュージョン1,2」のような「雑多な方向性を詰め込んでお得感を出す」的な感覚だったのかもしれないし、バンドとして90年代の方向性を模索していた時期なのかもしれない。
メイデンの中でも1,2を争うほどスラッシーな「Be Quick Or Be Dead」。
Def Leppard/Adrenalize(1992)
80年代の雄にしてUKのバンドでは最大級の成功をUSで収めたバンド、デフレパード。特大の成功を収めた前作「ヒステリア(1987)」以来の作品で、この頃の彼らはスタジオワークに極限まで拘り、かなり制作時間をかけることで有名。なので、このアルバムも1988-1992まで4年がかりで制作されており、製作期間が長い分グランジムーブメントの影響はほとんど受けていない。彼らは次作「スラング」でかなりグランジ、オルタナに寄った音楽性になり世間を驚かせることになるがそれは1997年、グランジ終焉後のお話。本作では前作の延長線上にある、ある意味80年代ヘヴィメタルの最後の徒花とも呼べる作品。
80年代後半を真空パックしたような「Let’s Get Rocked」。ちょっとギターサウンドはガンズ(の1st)を意識した後も見られる。
Bon Jovi/Keep The Faith(1992)
80年代を代表するヒットメイカーの一つ、ボンジョビがグランジブームの渦中でリリースしたアルバムがこちら。前作「ニュージャージー(1988)」からアメリカンルーツミュージックとかカントリー色、ハートランドロック色を少し取り込んでいたが、よりその傾向が顕著になっている。「アメリカ」を歌ったテーマも増え、”80年代ヘアメタルバンド”から”USロックバンド”への変貌を模索している印象。とはいえまだまだギターソロやきらびやかなコーラスもあり、80年代色も色濃く残している作品。個人的にはボンジョビで一番聞いたアルバム。
やや生々しい音(ハーモニーやリバーブ控えめ)で90年代的サウンドへの変化を感じさせる「Keep The Faith」。
Kiss/Revenge(1992)
グランジムーブメントは80年代に活躍していたヘアメタル勢を時代遅れにさせ、代わりのブームとなったという一面があるけれど、70年代から活躍しているハードロック組にはそれほど影響を与えなかった印象もある。そもそも90年代まで活動している70年代のバンドは「(70年代のハードロック)ブームが終わっても生き残った」バンドたちであり、コアなファン層がしっかり支えているからかもしれない。実はKISSは知名度からイメージするほど商業的成功はおさめておらず(というか、ツアー動員は多いがアルバムは思ったほど売れていない、という方が適切か)、本作も大ヒットとまではいかないし80年代に比べると下降線を辿っているが、KISSのアルバムとしては通常程度の売上、といったところ。サウンド面の変化では(ムーブメントとは関係がないが)ドラマーがエリックカーからちょっとダークな感じ、90年代的なサウンドを取り入れたように感じるところもある。
KISSなりにグランジのダークな雰囲気を解釈したともとれる「Unholy」。オープニングこそややダークながらコーラスはKISS。この時期はノーメイク。
W.A.S.P./The Crimson Idol(1992)
LAメタルの中でも独特の存在感があったWASP。最初はキワモノ、ショッキングなイメージで出てきたけれどブラッキーローレスのソロプロジェクト化していく過程でクリエイティブなプロジェクトに変化していき、本作ではピンクフロイドのザ・ウォールに近い、自叙伝的な「音楽業界で変化していくロックスター(ジョナサン)」を通して「社会に型にはめられていく若者」を描いた作品。これはグランジムーブメントの「内省、怒り」の感情にいち早く、かなり深いところで共鳴した作品と言えるかもしれない。
怒りを叩きつけるような凄味がある「Chainsaw Charlie」。騙されて契約された、というシーンを描いている。
Black Sabbath/Dehumanizer(1992)
様式美の化身、パワーメタルの神たるロニージェイムスディオが復帰して復活したブラックサバスながら、ディオ期の名盤である「ヘブンアンドヘル(1980)」とは大きく異なるダークでヘヴィな作品。もともと、ブラックサバス自身ドゥームメタルでありヘヴィでダークなロックのパイオニアなので、そうした「源流たる自負」があったのかもしれないがディオのボーカルでそのアルバムを出したのは単純に謎。今聞くとクオリティはかなり高く、さすがこのメンバーならではの完成度を持った作品なのだけれど当時は違和感の声が強かった。「それまでのメタルバンドがグランジムーブメントで音が変わっていった」という印象を強く植え付けた1枚と言えるかもしれない。
グランジ的な奇妙なコード進行でスタートする「TV Crime」、ただその後はパワーコードを刻むリフも入り、いかにもディオという歌唱が楽しめる。
Extreme/III Sides to Every Story(1992)
グランジムーブメントの直前、メタルバンドのアコースティックバラードブームがあり、エクストリームのモアザンワーズやMR.BIGのTo Be With Youが全米1位を獲得したりしていた。そうしたイメージがあったエクストリームがグランジムーブメントの中で発表した作品。3つの側面から見た1つの物語が語られる、というコンセプトアルバムであり、芸術性を高めた作品になっている。今思えばより芸術的な完成度を高め、社会的なテーマを扱うことで内省的なグランジムーブメントに参加した作品とも言える。前作のタイトルは「ポルノグラフィティ(1990)」だったので、かなり知的に進化。音楽的にはもともと持っていたファンク色やミクスチャー色を強めていて、グランジの影響で変わったというよりも、もともと持っていたオルタナティブな要素を前面に出すようになったと言える。
レッチリなどのオルタナティブ勢にも通じる「Rest In Peace」。音もカラッとしていて90年代にきちんと適応しているけれどギター弾きまくりなのが80年代的。
Great White/Psycho City(1992)
ちょっとブルージーなハードロックで人気を博していたグレートホワイト、ダブルプラチナムを手にするほど成功をしていたが、90年代に入って急速に失速。このアルバムは全くヒットせず。LA出身のため「LAメタル」に括られ、「時代遅れ」とみなされたのが原因か。もともと玄人受けのするしっかりした楽曲を作るバンドだったのでクオリティはそこまで極端に下がっていないが、新鮮味に欠けたのだろう。特にグランジムーブメントで音像を変化させることなく自分たちの音を貫いているけれどそれが裏目に出てしまった。
80年代のLAメタル感満載の「The Big Goodbye」。今聞くとむしろ魅力的だったりするけれど、92年の空気感では飽きられてしまったのだろう。
Megadeth/Countdown to Extinction(1992)
メタリカのブラックアルバムに触発され、ミドルテンポに変化したメガデスの作品。こちらもメガデスの作品としては最大のヒットを収めた。複雑さが息をひそめ、シンプル&メロディアスになっている。メタリカがやることに「俺の方がもっとうまくできるぜ!」と対抗してみせていたころのデイブ・ムステイン。個人的にはメガデスの最高傑作は「Rust In Peace」を推したいが、こちらはブラックアルバム同様にメガデスにとって新しいファン層を開拓した記念碑的作品であり、本作を最高傑作に推すファンもいる。
メガデス最大のヒット曲と言える「Symphony of Destruction」。ザクザクしたリフの切れ味が増しており、シンプル&メロディアスになっているとはいえ日和った感じはなく、むしろソリッドになっている。
1993年 みんなグランジ化しはじめるが、むしろイキイキとする70年代組アーティストもいる
Fight/War of Wards(1993)
メタルゴッド、ロブハルフォードの帰還。ジューダスプリースト(JP)から脱退してしまったロブハルフォードが新しいメンバー、新しいバンドと共に戻ってきた作品。一気にグランジというか、スラッシュメタルに接近したJPのペインキラー(1990)をさらに突き進めた作風で、激烈性が増している。そもそもJPはメタルという音楽のオリジネイターともされるが、核になる「メタリックな感覚」は維持しつつ表層的な音楽性はトレンドに応じて自在に変化してきたバンドであり、むしろそうした「トレンドの音像と従来のJPらしさ」の融合を楽しむバンドだと思っている。だから、シンセが流行ったらシンセを取り入れるし、スラッシュメタルが流行ったらスラッシュメタルを取り入れる。本作はグランジだけでなくパンテラなどのグルーヴメタルも取り入れた印象。ただ、惜しむらくはボーカルのパフォーマンスは凄いがギターが弱い。というか、個人的にはやはりJPはUKメタルの覇者であり、英国的な翳りと、それを切り裂くロブの怪鳥ボイスが魅力的だった。ロブハルフォード以外がすべてアメリカ人のこのバンドは今一つ乗り切れない。
かなりグランジ色が強い「Little Crazy」。最初にシングルカットされた。ここまでUS的な響きが出たのはロブハルフォード以外のメンバーがアメリカ人だからだろう。
Mr. Big/Bump Ahead(1993)
前作「Lean Into It(1990)」に入っていたTo Be With Youが全米1位のヒット、アルバムもUSで120万枚を売る大ヒットとなったMr.Bigのアルバム。グランジ化は特にせず、ややオルタナティブロックやミクスチャー的な感覚を取り入れ、編曲が凝っている印象。より普遍的なロック、ハードロックに近づいていくサウンドだが、USのバンドなのにUSらしさがあまりなく、どちらかといえば欧州的なメロディセンスがあるのがこのバンド。USでは急激に人気が萎みほとんどヒットしなかったが日本では大ブレイクが続き、「ビッグインジャパン」と呼ばれることに。
To Be With Youの「二匹目のドジョウ」を狙ったアコースティックバラード「Wild World」。キャットスティーブンスのカバー。あまりヒットせず。
Aerosmith/Get A Grip(1993)
グランジムーブメントの影響をまったく受けなかった、というより、むしろ最盛期を迎えたのがエアロスミス。前作「PUMP(1989)」に次ぐアルバムながら、グランジの影響を「ダークな方向」ではなく「カントリー」や「アメリカンルーツロック」の方向に振り、かつてない成功を収めて見せた。これは従来のUSハードロックバンドの生き残りの一つの方程式となり、この後ボンジョビも踏襲していくことになる。長尺の作品ゆえに多少中だるみする部分はあるが(90年代のアルバムはとにかく長いものが多かった)、煌めく名曲も収められたアルバム。90年代のハードロックシーンを体験した人なら通過しているであろう作品。
ブルージーでアメリカのルーツロックへの接近を感じさせる「Cryin’」。80年代な華やかな感覚を持ちつつも、彼ら自身のルーツでもあるブルースに立ち返る感じが受け入れられたのだろう。
Scorpions/Face The Heat(1993)
ドイツから飛び出し世界的成功を収めたスコーピオンズ。前作「Crazy World(1990)」におさめられたバラード「Wind Of Change」がベルリンの壁崩壊のテーマソングのようになり、世界中で大ヒット。1990年は本当に「ハードロックバンドのバラードが大ヒット」する年だった。そして本作は彼らなりにグランジに近づいて見せた作品で、ギターがヘヴィになっているもののクラウスマイネのハイトーンボーカルは健在なのでミスマッチな感覚は否めない。ここでセールス的には一気に失速し、USではヒットせず。日本盤ボーナストラックとして「神を信じる」というカタコトの日本語の歌が入っていることでも一部のメタルファンの中では有名。「カミヲシニュール」と聞こえて笑える曲。
彼らなりにヘヴィなリフとグランジな感じを表現した「Alien Nation」。ボーカルが入ってくると透き通った世界になるのは完全に音が出来上がっているバンドの個性。個人的にはけっこう好きだった曲。
Guns 'n' Roses/The Spaghetti Incident?(1993)
91年にユーズユアイリュージョン1,2を2枚同時にリリースし、大ヒットを収めていたガンズ。この当時最も人気があったバンドと言っても過言ではない。80年代デビュー組ながらどちらかといえばグランジやオルタナに近い、「新世代のロックバンド」として扱われていたように思う。本作はパンクやグラムロックのカバーアルバムで、もともとEPとして企画されていたものを曲数を増やしてアルバムにしたもの。その性質上大ヒットはしていないが、アーティストパワーでそれなりに売れている。このアルバム制作前にイジーストラドリンが抜け、ラインナップは崩壊を始める。スラッシュも抜け、やがてガンズはアクセルローズのソロプロジェクトとなり長い迷走に入ることになる。
スカイライナーズ(ドゥーワップグループ)のカバーでアルバム1曲目を飾る「Since I Don’t Have You」。ハードロックの枠も超えて普遍的な「ロックバンド」を目指していたのだろうか。メタリカはけっこうガンズに影響を受けているので(ガンズの登場はラーズウルリッヒに衝撃を与えたらしい)、この後様々なジャンルの曲をカバーするようになるのはこのアルバムの影響もあったのかもしれない。
Poison/Native Tongue(1993)
LAメタルを代表するバンドの一つ、ポイズン。もともとペンシルバニアのバンドながらLAを拠点に活動し、LAメタルの代表的なバンドとして数えられる。モトリークルーよりは少し後の世代。あまり技術力が高くないバンドと揶揄されることもあったが、楽曲のポップさを武器に前作「フレッシュアンドブラッド(1990)」は全米2位を獲得。本作はギタリストが超絶テクニックを持つリッチーコッツェンに変わっての第1作で、ジャケットはダークな雰囲気だし、確かに前の作品に比べるとグランジに合わせたというか、ルーツ回帰したりダークな曲調のものもありつつもフラッシーなギターソロも入っていてより派手にしたいのか、ルーツ回帰で渋くいきたいのか中途半端な作品ではある。ただ、その分他にない奇妙な味わいも持っていて、好きな人も多いアルバムの印象。
リッチーコッツェンのブルージーなギターをフューチャーした「Until You Suffer Some(Fire & Ice)」。きらびやかな雰囲気とルーツロックを混ぜ合わせた意欲作ではあった。
Winger/Pull(1993)
キップ・ウィンガーを中心とするNYのウィンガー。1988年のデビュー作「Winger」、1990年の2作目「In The Heart Of The Young」と2作連続でプラチナムを獲得する中堅バンドだったが、グランジムーブメントで一気に失速。いまだに現役で活躍していてラウドパークで来日したりもしているが、やはり全盛期は最初2作だったと言えるだろう。他の80年代メタル、ヘアメタルバンド(USではLAメタルとはいわずヘアメタルという、髪型が特徴的だから。日本で言えば「ビジュアル系」みたいな括りなのかもしれない)と同様、ルーツロックへの接近を見せつつ印象的なフックやコーラスなどは80年代(というか1990年まで)を引きずった作りになっている。
彼らなりのルーツロックの表現が感じられる「Down Incognito」。グランジ化した80年代メタル、のテンプレのような楽曲。悪い曲ではないし、どちらかといえば好き。
Coverdale-Page/Coverdale-Page(1993)
「あれは何だったんだろう」と思うことは人生においていろいろあるが、その一つ。80年代最大の成功を収めたバンドの一つであるホワイトスネイクを休止させていたデイヴィッドカバーデイルと、70年代最大の成功を収めたバンドであるレッドツェッペリンのジミーペイジが組んだ夢のスーパープロジェクト。グランジムーブメントの中で過去のものとなった80年代から華麗な復活を遂げようとしたプロジェクト。お互いにキャリアのあるアーティストが惜しげもなく伝家の宝刀を抜いたアルバム、とも取れるし、過去のレガシーを再生産したアルバム、とも取れるけれど、Zepp後のジミーペイジの作品としては会心の出来だし、昔からのホワイトスネイクのファンにとっても納得はできる内容。それぞれのネームバリューを考えるともっとヒットしてもよかったとは思うのだけれど、グランジムーブメントの中ではレトロに聞こえてしまったのか。
まんまZepp的な「Pride And Joy」。最初はアコースティックで途中からハードロックに。Zeppの焼き直し感は強いが普通にいい曲ではある。
Dio/Strange Highway(1993)
ブラックサバス再始動が商業的には思ったほどの成果が上がらず、再び自分のバンドに戻ったロニージェイムスディオ率いるDIOのアルバム。これが衝撃作で、完全なるグランジ寄りの音像に。そもそも様式美の権化でありメタルボーカリストの一つの元型でもあるディオだけれど、この時期はとにかくヘヴィに変化しようとしていた。ただ、純粋な「グランジ」というより、その前、70年代のサバスが生み出したドゥームメタル、ストーナーといった方向への接近であり、独特な世界観ではある。ミドルテンポでヘヴィであれば歌唱力で勝負できる、歌唱力で勝負すれば自分は負けない、という自負があったのだろうか。いわゆる「グランジ化したヘアメタル」とは全く違う、70年代のドゥームメタル直結、あるいは、様式美の中でもヘヴィで緊迫感のある曲ばかりを集めたアルバム、というべきか。
いわゆるMVが見つからないので(作られていないのかも)、ライブ映像から。1993年、リリース後のツアーから「Jesus Mary & Holy Ghost」。アルバム冒頭を飾るナンバーで、ヘヴィネスは強調されているがディオらしさも十分残った佳曲。
Rush/Counterparts(1993)
カナダの英雄、Rush。基本的に時代時代で音像を変化させてきたバンドながら核になるのはトリオ編成での卓越した各人のミュージシャンシップと練られた楽曲。ドラマーであるニールパートの哲学的な詩世界に導かれ、アレックスライフソンのギターが空間を作り出し、ゲディリーのベースがうねって大地となり、ボーカルが空間を切り裂く。3つ巴の火花の散る緊迫感がこのバンドの持ち味であり、表層的な音像が変われども一本の芯が通っている。本作は振り返ってみれば時代に合わせてグランジ的なヘヴィネス、ダークさも纏っている作品。これは90年代以降のRushの作品にずっと特性として残った。この時点で「グランジ」的なものも自分の血肉として取り入れた、ということなのだろう。「Rush」は50年にわたる活動ののち停止してしまったが過去を振り返らないし、過去を捨て去ることもしないバンドだった。
こちらもMVがないので当時(1994年)のライブ映像から、アルバムのオープニングナンバー「Animate」。90年代的なグルーヴを意識していることは感じる。しかしいつ聞いても3人で生み出しているとは思えないサウンド。
Deep Purple/The Battle Rages On…(1993)
「紫の聖戦」と名付けられたディープパープルのアルバム。直訳すると「戦いの脅威は続く、、、」なのだが、何のことはないメンバー同士の争いが続いていたというオチで、本作リリース前にボーカリストのイアンギランが戻ったもののリリース後のツアー中にギターのリッチーブラックモアが脱退。この当時はグランジムーブメントの波に乗ろう、生き残ろうとベテランミュージシャンたちが必死に暗中模索していた時期であり、メンバーチェンジもとにかく多い。音楽業界的に見れば一番CDが売れていた、つまり産業として成長していた時期であり、レーベル側もイケイケドンドンの空気があり、売上目標も厳しかったのだろう。そんな商業的思惑からメンバーチェンジも増えたように思う。カバーデイルペイジだってそんな思惑で作られたグループだろう。昔からそうしたものはあったけれど、グランジムーブメント中は特に活発。再結成して復活していたものの新譜を出してもパッとしなくなったディープパープルが起死回生のクラシックラインナップ復活、、、だったはずが結果として確執が強すぎてマジック再来どころか瓦解してしまった時期のアルバム。
MVがないので(以下略)、リッチーが脱退(というか喧嘩別れ)してしまう前のライブからタイトルトラックの「The Battle Rages On」。ライブバンドとしてはハードロック界屈指の実力者というか、ジャズロック的なインプロビゼーションも取り入れ「長尺なのになぜか聞いてしまう」魔力を持ったバンドだけに、ライブには魔法が残っている。
Arcade/Arcade(1993)
モトリークルーと並ぶLAメタルの雄、RATT。RATTが活動停止してから沈黙していたボーカルのスティーブンパーシーが新たなバンドと共にシーンに戻ってきた作品。流石LAメタルの頂点に立っていたアーティストだけあり楽曲の質も高くスリリングなアルバムだった。LAメタル界隈のベテランミュージシャンが集まったバンドであり「スーパーバンド」と称され、それなりに話題になっていたものの時代の変化からは受け入れられず商業的成功は得られなかった。
少し時代に合わせてルーズというか生々しいサウンドに変わりつつもLAメタルの猥雑な華やかさも併せ持った「Nothin’ to Lose」。基本的には80年代色が強い。
Anthrax/Sound of White Noise(1993)
Metallica、Megadeth、Slayer、Anthraxのベイエリアスラッシュ4天王の一角たるアンスラックスの新譜。ボーカリストがジョーイベラドナから元アーマードセイントのジョンブッシュに変わっての第一作。もともとスラッシュ四天王の中では一番ミクスチャー感、ストリート感の強いバンドであり、グランジやオルタナブームで現れた新しい音像を積極的に取り入れている。アリスインチェインズやジェーンズアディクションをプロデュースしたデイブ・シャーデンをプロデューサーに迎えており、かなり本格的なグランジサウンド、というか、「グランジムーブメントで出てきたバンド」と言われても違和感がないクオリティ。
ボーカルの変更もあり別バンドというか、すっかりグランジバンドになった「Only」。リフやリズムの押し引きはさすばベテランの技を感じる。
1994年 グランジ化のピーク。90年までのヘアメタルバンドのほとんどが淘汰されていく
David Lee Roth/Your Filthy Little Mouth(1994)
こちらも「パーティーロック」のアイコンというか、元ヴァンヘイレンのボーカルでダイモンドデイヴことデイヴィッド・リー・ロスがグランジムーブメントの中で出したアルバム。グランジの波の中でどんなアルバムを出すべきかかなり悩んだ後も見られる。ジャケットはポイズン同様かなりダークで暗めな印象、それまでのジャケットとは大きく違う方向ながら、今振り返るとここまで暗いジャケットにしなくても、、、とも思うけれど、時代の空気だったのだろう。中身はヘアメタルバンドたちの戦略である「USルーツミュージック(具体的にはブルースかカントリー)への回帰」を強めた、とはいえそれまでのキャリアの延長線上にある華やかさも感じさせる作品。ボーカルは特に自分の声やスタイルを変えるわけにはいかないから音楽的には連続性が強い。その人が歌えばどうしても過去の曲のイメージが蘇る。
彼なりにグランジに挑戦したと思われる「She's My Machine」。ルーツロックへの接近が感じられる。
Cinderella/Still Climbing(1994)
フィラデルフィアのバンド、シンデレラ。LAを拠点にはしていないもののMTVでヘヴィーローテーションされ、80年代メタル、いわゆるヘアメタルを代表するバンドの一つ。本作も他のバンドと同様ブルースへの接近を試みた作品ながらもともと売れていた80年代からブルース要素の強いバンドだっただけにこうしたバンド群のブルース接近作、グランジ適応アルバムとしてはかなり高い完成度を誇るとされる作品。少なくともBurrn!誌での評価は高かった。残念ながら商業的成功をおさめられずバンドはこのアルバムを最後に作品の発表が止まっているけれど、再始動を望む人も多かったバンド。
まるでガンズのようなバラード「Through The Rain」。いい曲。
Mötley Crüe/Mötley Crüe(1994)
LAメタルのボス、モトリークルーの94作。フロントマンだったヴィンスニールが抜け、ジョンコラビをボーカルに迎えての第一作。これがまたジャケットからしてもグランジ(繰り返しになるけれど、グランジとは「汚れた」という意味)な感じだし、音楽性ももろにグランジに変化。Anthraxほどではないが、モトリークルーとしてはかなり大胆に変化した。もともと音楽単体で云々というよりファッションや現象など、すべてを含めて時代時代のトレンドに合わせて変化する、世の中を巻き込んでいくタイプのゴシップバンドだったこともあるのだろうが、潔い変化。だけれど、きっちりフックのあるボーカルラインを作ってくるのは流石で、これはこれで完成度が高い作品。
軽やかで「ヘヴィになることが想像できない」と言われていたミックマーズのギターがまさかのヘヴィネスを奏でる「Hooligan’s Holiday」。今聞くと実はメロディはモトリーらしいのだが、当時としては一気にグランジに大変化したように感じた。ボーカルの変化(キャラクターの強い金切り声のヴィンスニールからブルージーでハスキーなジョンコラビへ)も大きかったように思う。
Queensrÿche/Promised Land(1994)
コンセプトアルバムながらキャッチーなメロディを持った「Operation:Mindcrime」で一躍時代の寵児となり、EMPIREも大ヒットを飛ばしたクィーンズライクがグランジの中で問うた作品。流麗なメロディは残っているものの全体としてはダウナーでダークな雰囲気が増している。もともとヘアメタルとはみなされていなかったのでそれほどダメージを受けず、本作も(前作ほどではないが)USでプラチナム(100万枚)到達。バンドの商業的黄金期の作品と言える。
このバンドらしく哲学的な問いかけをしながらもグランジ的な緊迫感のあるメロディが印象的な「I Am I」。ピクシーズやニルヴァーナ的な静ー動ー静フォーマットのメロディとも言える。グランジというよりサイケな感じもするが。
Tesla/Bust a Nut(1994)
もともと音楽的にはオーソドックスなアメリカンハードロックバンドなのだが出てきた時代からヘアメタルに分類されているバンド。LAメタル的な享楽的な印象はなく、良くも悪くも地味。アコースティックライブアルバムがヒットするなど、演奏力にも定評があった。そうした背景もあり、グランジムーブメントの中でも一気に時代遅れというか、「過ぎ去ったバンド」扱いはされず、それなりにセールスを獲得。エクストリームにも近いかもしれない。ヘアメタル時代に出てきたけど、LAメタルとはちょっと違う、という立ち位置。もともとカントリーやUSルーツミュージックの要素を一定以上持っていた、というべきか。いい曲が入っているのだが、68分と長尺なのでアルバムを通してきくとややダレるのが難点。ドライブで流しておくと良いのかも。
グランジに合わせてやや音が生々しくなった気もするが、基本的には変わらないアメリカンハードロック「Need Your Lovin'」。長髪を短く切ることもなく、自分たちを貫いたのは流石。
Slayer/Divine Intervention(1994)
スラッシュ4天王で最後にグランジムーブメントに参加してきたSlayer。1曲目の冒頭こそややヘヴィでスロウな曲だが、全体としてみると疾走感が強く激烈に駆け抜ける。90年代的な音の生々しさ、ハードコアっぽさは強化されているかもしれない。その分様式美的な、従来の「メタルらしさ」は減退した。また、直線的な疾走感だけでなくグルーヴィーな表現を手に入れたのはこのバンドなりのグランジへの適応、共感か。91年当時のメタルミュージシャンのインタビューなどを見ていると、グランジへの反感を感じているアーティストよりは共感を表しているアーティストが多い。その後、「グランジが売れる」となり、レーベルからそうした音像を強制されたアーティストは不平不満もあっただろうが、多くは「ロックの初期衝動を取り戻す」動きとしてグランジ自体は歓迎していたような雰囲気もある。いずれにせよ、シーンの音像が大きく変わる、ミュージシャンにとっては多大な刺激がある出来事だったのだろう。
メタリックなリフながら疾走感がとにかく強い「Serenity In Murder」。ボーカルが入るとけだるい感じが出てくるのは90年代ならではか。改めて聴くとこのアルバムもしっかりグランジの影響を受けている。
Alice Cooper/The Last Temptation(1994)
こちらも70年代から活躍し、アメリカンハードロックやショックロックのルーツ、アイコンとも言えるアリスクーパーのグランジムーブメントの中でのアルバム。もともとダークな雰囲気も持っているし、生々しさも持っているので音楽性の印象はほとんど変わっていないが、「Trash(1989)」で華やかに復活した方がむしろ彼の中では異色だったのかもしれない。別にグランジだからと言って大きく変わっておらず、アリスクーパー印の良作。ただ、サウンドガーデンのクリスコーネルが2曲でゲスト参加するなど、グランジ系の人脈とのつながりはあった様子。これはチープトリックにも言えるが、グランジのルーツとされたアーティストはグランジムーブメントによってそれほど恩恵を受けなかった。消えはしなかったもののアルバムのセールスには繋がっていない(エアロスミスだけは別)。もしかしたらライブ動員は増えたのかもしれないけれど。
70年代的なハードロック、不変のアリスクーパーサウンド。一発で印象に残るコーラスを持った「Lost In America」。
ZZ Top/Antenna
USの誇るハードブギーバンド、ZZ Top。基本となるブギやブルースを色濃く持ちながらも時代時代に応じてシンセを取り入れたり、ルーツがしっかりしているゆえに編曲や新しい要素を取り入れることに意外と貪欲なバンド。このあたりの「いろんなことをやっちゃえ」感はアメリカンの豪快な感じと言えるかもしれない。本作も意外とグランジやオルタナのグルーヴィーな感じを取り入れていて音像が変化しているが、ダークさや内省的な感じはなくカラッとしている。まさにこのジャケットのような砂漠のように乾いた音。相変わらずドライブミュージックとしては心地よい。80年代のシンセサウンドからギターサウンドに回帰したアルバム、とも言えるか。人気にもこのアルバムの時点では翳りは出ず。ただ、なぜかこの次のアルバムから急にアルバムセールスが落ちる。
TV番組出演時の映像から、グルーヴィーな「Pincushion」を。
Megadeth/Youthanasia(1994)
前作の成功で気をよくしたのか、あるいは成功したとは言ってもメタリカのブラックアルバムには及ばないので「此畜生! もう一枚出してやる!」と思ったのか、短いインターバルでリリースされたメガデスのアルバム。前作「Countdown To Extinction(1992)」の方向性を引き継いでおり、続編とも言えるアルバム。よりメロディアスなパートはメロディアスになるなど、前作の各要素をより強化し、緩急をつけた作品とも言えるけれど、方向性は同じ。このアルバムもかなりの成功はおさめるものの前作を越えることはできず、もちろんブラックアルバムには届かなかった。
新機軸としてバラードにも挑戦した「A Tout Le Monde」。あの手この手でよりビッグなバンドになってやろうとした気概を感じる。
1995年 カートコバーンの死(1994年)を経て、グランジムーブメントの終焉へ。大物たちも復活
Ozzy Osbourne/OZZMOSIS(1995)
1991年、「No More Tears」のリリースと共にツアーからの引退を宣言し、表舞台から去っていたオジーオズボーン。グランジムーブメントに対してどのような思いを持っていたのか分からないけれど、なんとなく「自分にはシーンが合わなくなってきたな」と思っていたのかも。90年代初頭に多くのメタルボーカリストの巨人たちが活動休止したり脱退したのは、やはりそういう時代の空気感があったのだろう。ただ、95年になり、グランジムーブメントの終焉の予兆に合わせるようにオジーも復活。ダークさはあるジャケットながら、もともとオジーはこういう世界観を持っているから特にグランジ色が強い、ということもない。音像的にはNo More Tearsから引き続きの音像。少しリフをザクザク刻むよりはコードをがっつり鳴らすというか、ヘヴィかつグルーヴィにはなったかもしれない。アルバム全体を通してみるとより普遍的なロックへの接近というか、モダンロック感覚が増したかも。いずれにせよ堂々たる帝王の帰還。
ややサイケかつメロディアスな「See You On The Other Side」。90年代のオルタナティブロック(グランジではなくオルタナ)の影響も感じる。
Van Halen/Balance(1995)
アメリカンハードロックの雄、ヴァンヘイレンの帰還。エアロの大成功を横目に沈黙していたヴァンヘイレンだが、グランジムーブメントの終焉に合わせるようにシーンに復帰、ジャケットこそややグランジな感じというかジェーンズアディクションのような連なった双子のイメージだが、音像的にはエディヴァンヘイレンのギターが煌めくサウンド。生々しさは増したもののグランジオルタナによってエディのギタースタイルが一気にヘヴィになったり、ルーツロックに戻ったりはしていない。いつもの、というか、80年代から続く方向性へ進化を遂げたヴァンヘイレン。
80年代が戻ってきたぞ! とでも言わんばかりの華やかなハードロック「Can’t Stop Lovin' You」。よく聞くと音の生々しさなどは90年代的なのだが、グランジムーブメントが過ぎたことを高らかに宣言するような曲。ビルボード30位まで上昇し、パワープレイされた。
AC/DC/Ballbreaker(1995)
こちらも復活、オーストラリアの誇るロックモンスターAC/DC。不変の音楽性ながらUSでの成功には浮き沈みもあった彼らだけに、グランジムーブメントの中では沈黙することを選んでいたのかもしれない。偶然なのかもしれないが、95年になって一気に大物たちが昔と変わらない音楽性で復活したのはやはり時代の潮流が変わったということなのだろう。90年代的な乾いた音像に変化はしているものの、音楽性的にはAC/DC流のロックンロールは変わらない。むしろ、笑ってしまうぐらい「前と同じ」なのが、「AC/DC帰還」を強く感じさせる。
何も足さない、何も引かない、と言いたくなるほど不変な「Hard as a Rock」。よりシンプルかつソリッドに変化はしているが、骨格は不変。これがUSで受け入れられた、ということは、グランジムーブメント以外の音像を人々が求めるタイミングでもあったのだろう。
Bon Jovi/These Days(1995)
ボンジョビはグランジの中でもどんどん新譜を出している。ヘアメタルバンド、というイメージからいち早く脱却したかったのかもしれない。前作での「アメリカンロックバンド」へのイメージ転向が成功したので、それをより強固にしたかったのか、あるいはUS以外のグローバルのファン基盤がしっかりしたからそれほどUSの影響を受けなかったのか。グランジ終焉といいつつむしろグランジ的な要素もより入れながら前作の方向性をさらに進めて「アメリカンロック」を追求している。考えてみたらこのころからどんどんアルバムを出す癖は変わっていないかもなぁ。基本的にコンスタントにアルバムを出し続けている。そういう点では凄いバンド。
このバンドなりに(一周遅れて)グランジ的な表現を行ったと思われる「Hey God」。リッチーサンボラの泣きのギターが印象的。
Skid Row/Subhuman Race(1995)
80年代の終わりに彗星のごとく現れたスキッドロウ、ガンズまではいかないけれどかなり衝撃を与えた存在だった。それなのに、見事に復帰に失敗した作品。ほとんど商業的には成功せず一気に存在感を失う。なんというか、ものすごくグランジに変化したというか、前作からその傾向はあったがアグレッションが強まっていてマニアックな音像になっている。セバスチャンバックはスクリームやシャウトもしっかりできるボーカリストなので、ある意味グランジと親和性が高かったのだろう。グランジの影響を受けた、というレベルではなくグランジメタルのアルバムとして一級品の出来栄えながら、ヘヴィすぎるし音楽性も変わりすぎたのだろう。正直、なぜここまで一気に商業的成功がなくなったのか分からないところもあるが(レーベルとの関係なども悪化していた?)、ボブロックのプロデュースだし、リリース後はヴァンヘイレンともツアーしているし、なぜここまで成功できなかったのかは不明。メディア評価もよかったのに。
シアトルのグランジメタル勢以上にグランジメタルとさえ言える「My Enemy」。もともとスキッドロウは「ちょっと遅れてきたバンド」だった。その分「完成度の高さ」で1st、2ndは成功したわけだが、本作もそうした「グランジメタルの総括」を狙ったのかもしれない。それが時代のニーズとかみ合わなかったのか。
Anthrax/Stomp 442(1995)
さらにグランジメタル路線を突き詰めつつ、ビートもより強靭に進化したAnthraxのアルバム。前作の延長線上にありつつより強靭なアルバムになっている。けれど、商業的には成功せず。やはりこの時期「グランジメタル」的なものがあまりにブームになりすぎてリスナーが食傷気味だったのかもしれない。Anthraxは本作を最後にメジャーレーベルとの契約を失ってしまうことになる。グランジ的な表現はアーティストからすると魅力もあったのだろうし、共感もできたのだろうが、あまりにブームとなってしまったので一つのアイデアとして消費され、飽きられる速度も速かったのだろう。あと、出自であるスラッシュメタルからあまりに離れすぎたのかもしれない。ハードコア要素が強くなりすぎてメタル要素が薄まり、アンダーグラウンドな雰囲気が出てしまったのかもしれない。
ザクザクしたギターと吐き捨てるようなボーカルが心地よい「Fueled」。
Extreme/Waiting for the Punchline(1995)
ジャケットの通り、デザートロックやストーナー感を増したエクストリームの95年作。音としてはこちらもグランジの影響がより色濃くなり、レッチリのように聞こえるシーンもある。やはり95年を過ぎてまだグランジ的な音を出しているとマーケットから受け入れられなかったように感じるなぁ。グランジムーブメントの最中にグランジを取り入れたことで商業的に一定の成功を収めた、維持できたバンドが、その後さらにグランジ色を強めたアルバムを95年以降に出すと一気に失速するパターンが多い気がする。音楽的に急激にクオリティが下がった、とか、そういうことは今の耳で聴くと特に感じないのだけれど、当時は「またこういう感じの音か」といった感覚だったのだろうか。
グランジメタルど真ん中の音、「Hip Today」。レッチリみたい。
まとめ
以上、1992年から1995年まで、グランジムーブメントの中でリリースされたメタルアーティストのアルバムを観てきました。こうして細かく時系列でみたことがなかったので様々な発見がありましたね。特に、95年である程度揺り戻しが来ているのは面白かった。グランジ化した、グランジ環境に適応したアーティストの方が95年以降は淘汰されている感じもします。
今回取り上げたアルバムは、一般的には埋もれているアルバムが多い。名盤と呼ばれているものもありますが、大半は「歴史の陰に消えていった」アルバムです。それらは実績と経験のあるミュージシャンたちが環境の変化にどう対応するか、悩ませながら出した答えであって、その後の結果が分かっている今聞くとまた違う聞き方、感慨もある。また、シンプルに「意外といいアルバムだなぁ」と思うことも多くありました。エクストリームとか案外いいバンドだし、この時期のボンジョビは侮れない。
あと、面白いのはここで取り上げたバンドはなんだかんだ大半が生き残っている、今もベテランとして存在感を発揮している、というところですね。息が長い。残念ながら解散してしまったりシーンから消えたバンドも一部いますが、グランジムーブメントの浮き沈みを経ても今でも第一線で活躍しているアーティストがほとんどです。そして、90年代前半のグランジ化したアルバムの手法や影響はその後のアルバムに残っているんですよね。アーティストの表現の幅が広がったし、マーケットが受け入れる音像の幅も広がった。改めて考えても90年代前半はUS音楽における革命の時代だったのでしょう。この時期があったからこそ、90年代を経験したバンドは長く活動できているのかもしれません。
総括してみるとこの時期は、今のメタルシーンのトップアーティストたちの受難の時代であり、彼らが迷いながらもその後の音楽性の拡張に繋がったアルバムが多くリリースされた時期であった、と言えるかもしれません。
それでは良いミュージックライフを。
※1 炎Vol4やヘドバン32で1991年特集が組まれています。メタリカのブラックアルバム、ガンズのユーズユアイリュージョンも1991年。なお、メタリカのブラックアルバムはネヴァーマインド以前のリリースであり、メタリカはグランジムーブメントがあったから「グランジ化」したというより、むしろこうしたサウンドの嚆矢となったと言えるでしょう。
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