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Emicida / AmarElo

Leandro Roque de Oliveira(1985年生まれ)はEmicida(エミシーダ)の別名で良く知られるブラジルのラッパー、MC、プロデューサーです。ややアンダーグラウンドなブラジルのヒップホップシーンではカリスマ的存在で、Netflixでドキュメンタリーが作られるほど(後述)。本作は2019年リリースの4枚目のアルバムで、サンパウロ芸術評論家協会によって2019年後半のブラジルのベスト25アルバムの1つに選出されました。

1.Principia feat. Fabiana Cozza, Pastor Henrique Vieira & Pastoras do Rosário 05:55 ★★★★☆

靄がかった追憶、かすかに響く幼い声のコーラス。語るような声が入ってくる。ラップというよりはCaetano Veloso的な、ブラジリアンポップスの語法。途中からリズムが入ってくる。ヒップホップリズム。声の歯切れがよくなりラップ感が増す。コード進行は開放的、だんだんと明るく夜明けのような音だがラップは熱が入ってく、強く切実な響き。メロディアスなフレーズ。ラップ、ヒップホップに分類されているが、MPBの流れというかCaetano VelosoやLENINIに近いものを感じる。メロディスアス。言葉が前面に出てくるというより、音としてドラマがある(言語は良く分からない、ブラジルなのでおそらくポルトガル語)。複雑にリズムが絡み合い、ボーカルも複数人出てくる。音楽がどんどん展開していく、良質のミックステープのような。これは豊饒。(あと、余談だが空耳もたくさん見つかりそう。)


2.A Ordem Natural das Coisas feat. MC Tha 03:55 ★★★★

さわやかな朝の光のような音像、前の曲から続いている、明るい陽射し、今度はより「歌」の色合いが強いボーカル。音がだんだんと渦巻いてくる、フェイザーが効いてくる。ヒップホップリズムが入ってくる。リズムが入ると一気にヒップホップ感が増す。フランスのOrelsanにも近いな。リズムがなければ美しいフレンチポップスで、リズムが入るとヒップホップ感が増す。基本的に音楽の大分類(ジャンル)はリズムパターンの分類だ。同じリズムパターン内ならサブジャンル。ただ、「言葉が前面に出てくるヒップホップ」は言葉が分からないとついていけないところが(私は)あるが、このアルバムはかなりメロディアス。ブラジル音楽として楽しめる。もともとブラジル音楽は語りとか、ボーカルメロディの音程がよく分からない、リズム主体の要素があるし。ボサノヴァからしてつぶやき、語りと歌がまじりあったようなところがある。そういうブラジリアン・ポップスの流れを汲みながら、リズムがヒップホップ。メロウなメロディ。

3.Pequenas Alegrias da Vida Adulta feat. Marcos Valle 04:52 ★★★★☆

開放感が続く、音作りが心地よい。とはいえパフォーマンスは熱を帯びている。洗練されすぎていて破綻がない音楽はあまり好きではないのだけれど、洗練は感じるが熱量がある。いろいろな音が出てきて場面がどんどん変わる。その一つ一つにドラマを感じる。街角の会話、そこから展開するドラマのような。ゲストがマルコス・ヴァーリか。確かにヴァーリ的なメロディ展開かも。作曲で参加しているのだろうか。どこか陰を含んださわやかさ。プールの中。水中のような。曲の終わり、30秒以上話声、ヒップホップではなく純粋な語り、ただ声のみ。楽しげに話している。SEというよりドラマの場面展開というか一シーン的な作り。それほど冗長には感じない。

4.Quem Tem Um Amigo (Tem Tudo) feat. Zeca Pagodinho & Tokyo Ska Paradise Orchestra 04:09 ★★★★

ややリズムが変わった、少し籠ったような音。渚十吾のような音像。といってもどれだけ通じるのかなぁ、ええと、ムーンライダースの夏の家というか。YMOの高橋幸宏のソロ作(と鈴木慶一と一緒にやっていたビートニクス)というか。どこか日本的なサウンド、と思ったらスカパラが参加している。なんだろうなぁ、リズムが打ち込み、テクノ的。ああ、細野晴臣と蟹も近いのか。なんというか「丁寧にデジタルで再現されたエキゾックミュージック」的な手触り。ただ、その上に載るボーカルや鳴り物は本場ブラジル。ホーン隊はスカパラなので統率が取れているが、ブラジルらしい開放感と日本らしい几帳面さが混ざっている。


5.Paisagem 03:09 ★★★★

ギターとボーカル、エレクトリックギターのブリッジミュート、ロックな音像。ロックサウンド。リズムもロックのママで行くのかな。だんだんリズムが入ってくる。ボーカルは完全にメロディアス。この曲はロックだな。ややヒップホップ的に後ろノリを強調して完全なロックリズムではないが、エイトビートの変形。とはいえリズムが入ってくるとヒップホップ感が増す。リズムの力。ギターサウンドはなり続けている。こういうディストーションギターの導入はCaeteno Velosoもやっていたな。Os Paralamas do Sucessoあたりにも近いけれど、メロディはかなりポップでメロウ。

6.Cananéia, Iguape & Ilha Comprida 05:35 ★★★★☆

最初に会話が入り、そこから曲が入ってくる。ところどころに入ってくる語りが生活感や開放感を出している。SEやナレーションというより本当に会話、何かの記録のような。ドキュメンタリー的な手法というか。メロウで回るようなサウンド、ゆったりとした揺れを感じる。穏やかな波に揺られるようなリズムとメロディ。カリプソ、リゾートミュージック。どの曲も場面が複数盛り込まれている。メロディに対して、少女の話声が対応する、対話しているような。物語が進行していく。

7.9nha feat. Drik Barbosa 02:57 ★★★★

やや夕暮れ、あるいは夜道か。一人で歩くような。それほど危険は感じない、優しく包み込むような音像ではあるが、明るさはない。夜の風。やや蒸し暑い熱気。コーラスではサンバ的な、開放的なパートへ。ただ、リラックスしたチルなムードは変わらない。ジャジーなトランペットが入ってくる。

8.Ismália feat. Larissa Luz & Fernanda Montenegro 05:57 ★★★★

勢いの良い、歯切れのよい女性ボーカルからスタート。アレサフランクリンやビヨンセを想起する歌い方、力強い。その後、テンポが変わりやや低音の男性ボーカルへ、ラテン的な展開、フラメンコとか。ジプシーミュージックの影響を感じるラテン音楽と言うべきか。このアルバムはブラジルの歴史、ブラジル音楽史みたいな側面も感じるな。さまざまな音楽的影響が出てくる、Sepulturaに代表されるゴリゴリのメタルは出てこないけれど。おそらくブラジル、あるいはその中の一部のコミュニティや地域を物語性を持って表現しているように感じるが、その表現としてその場所を彩る音楽としてさまざまな要素が出てくる印象。

9.Eminência Parda feat. Dona Onete, Jé Santiago & Papillon 04:04 ★★★★

やや民族的な、エキゾチックな歌声、バイーアの歌かな。リズム楽器やビリンバウは出てこないが。ブラジル伝統音楽、大自然を感じるイントロからごりごりのメロウ・ヒップホップへ。完全なヒップホップの語法。逆にここまでヒップホップ色が強い曲はここまでなかったな。パフォーマンスが熱い、テンションが高まり音高も言葉数も上がっていく。アウトロで再び長老の声、伝統音楽的なフレーズが出てきてクロージング。

10.AmarElo feat. Majur & Pabllo Vittar 05:21 ★★★★★

大仰なバラード、80年代的な歌唱、それがどこか遠くの方から響いている、なんだろう。TVを見ている、といった設定か。どこか音が遠い。Radio Gagaのようなちょっと追憶を感じるキーボード音。からリズムが入ってくる。ヒップホップというか、アジテーション的な歌いまわし。ブラジルならではのオルタナティブロックといった音像。途中からデジタルで跳ねるようなリズムになりいかにもブラジリアンポップスな開放感あるメロディに展開する。ドラマ性が強い。どんな物語なのだろう。ざっと歌詞を自動翻訳してみたが隠喩や独特の言い回しが多くて良く分からない。きちんと訳してみないと分からないなぁ。「何を歌っているのか」に興味が惹かれる曲。


11.Libre feat. Ibeyi 02:49 ★★★★

緊迫感があるリズム、バイーアか。高速サンバ。アルバム後半になるにつれて緊迫感、高揚感が生まれてきた。サンバの打楽器の一斉に打ち鳴らすような迫力あるリズム。フランスのIgorrrのような高速感。あそこまで破綻はしていないが、焦燥感がある。アルバムのここまでの流れで作られた感情が比較的穏やかなものからスタートしていたのでその落差も大きい。Anittaあたりにも通じる攻撃的なサウンドメイク。

総合評価 ★★★★★

素晴らしい、ここ数年で聞いたブラジル音楽の中でもっとも良かった。良質のミックステープのような、さまざまなリズムやボーカルが絡み合い、そこにブラジルの文化や音楽史を感じる。音楽が描き出すシーンは変わっていくがそこに通底するセンスや空気感がある。何よりメロディアスでメロディが美しい。

けっこう「ブラジル音楽」は良く分からないところがあって、たとえば日本で知名度が高いアーティストも本国ではそれほどだったりする。ブラジルは音楽大国と言われながら、今一つ現地のシーンが見えてこない。ブラジル在住の音楽ジャーナリストがそのことを記事に書いていらして、

ブラジル音楽の最新の、いい音楽の情報をどう掴んでいいのか、いまひとつよくわからない!

これは本当にそう思います。日本で「ブラジル音楽の名盤」とされているものが調べてみると日本語圏の情報ばっかり出てきたり、あるいは米欧で評価されている、いわゆる「ワールドミュージック」の文脈(と流通)で評価されているけれど、ワールドミュージックとして米欧で流通する、評価されるものって現地の実際の大物アーティストとは限らない。むしろ非英語圏市場での本当の大物は海外にあまり興味(も流通も)無かったりします。

で、以前「今のブラジルを調べてみよう」と思ったことがあって、その時はRock In Rioに出ている現地アーティスト、という視点で選んでみました。

だけれど、Anittaを中心に据えてもどうもよく分からなかった。むしろ、このEmicidaからたどっていくといいのかもしれません。Netflixにドキュメンタリーがあるので見てみようと思います(ちなみにAnittaのドキュメンタリーもあります)。

ただ、Netflixでドキュメンタリーされるほどのアーティストなのに、allmusicにはほとんど情報ないんですよね、不思議。



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