大和那南 / 夜明け前
現役大学生SSWによるデビューアルバム。16歳のころからANNA名義でEPをリリースしていたそう。東京のアーティスト。2000年代生まれなのでビリーアイリッシュと同じくZ世代ですね。10代のころからレコード屋をめぐってはインディーズバンドをDIGり、出会ったデンマークのパンクロックバンドIceageに衝撃を受けたそう。デビューEPはすべてiPhoneで音源を作成したそうです。DIY。本人のインタビューはこちら。面白いなと思った箇所を抜き出してみます。
Iceageのライブを観た時は直感的に“これは本物だ”って思ったんですよね。あと、過去の音楽について調べるのって、なんだか歴史の勉強みたいで嫌だったんです。私はずっと勉強しかしてないっていう子供だったので、そういった感覚に対する反発はあったかもしれません。新しい音楽は勉強という感じではなく、刺激とか興奮が先にきて、自然と教えられるみたいな感覚があった。だから熱中したんだと思います。
個人的に、日本語詞の曲って1ブロックずつ歌詞を乗っけているように思うんです。Aメロ、Bメロみたいな。それに対して、英語の歌詞は点で乗せていくようなイメージ。私は日本の曲を全然聴いてこなかったので、歌詞の乗せ方も日本語なのに英語的な手法に近いのかなって。
自分の感情を吐露して共感、同情を呼ぶような音楽なんて感動しないじゃないですか。私が惹かれた音楽は、何ていうんだろう……「何かやらなきゃダメだ」って思わせるような音楽だったんです。The DoorsだってDavid Bowieだってそうだし、Iceageも。この壁に掛かっているレコード――Goat GirlやConfidence Manも、音は全然違うんですけど、私にとってはそういうレコード、人を動かすような音楽なんです。なので、もし自分が作品を発表するなら、やっぱりそういう作品にならないと意味はないと思うんです。
海外での評価が高くAllmusicでは★★★★、Pitchforkでは7.6を獲得。ロックダウンの中の東京、延期になった競技場、そうした東京の風景をとらえた作品とも評されているようです。では聞いてみましょう。
活動国:日本
ジャンル:Indie Electronic、Alternative/Indie Rock、Indie Pop、Neo-Psychedelia
活動年:2017-現在
総合評価 ★★★★
面白い。一つ一つの音はたどたどしく、テクニックはほとんど感じない。思い立ったらすぐできそうな、DIY感なのだけれど、全体として見たときにいい音楽。何か訴えてくるものがあるし、聞いていて心地よい。世界観がある。だんだん夜に潜っていって、最後夜明け、朝になるという音響的な工夫だとか、全体として歩く速度に合っているとか、楽器や作曲のテクニックだけでなく音作りやテンポまで考えられている。どこかに特化しているというより全体として俯瞰して音楽も一つの手段として表現している感じ。これが(彼女が)東京にいる気分、と言われたらそうなんだなぁ、と思う。心象風景が音楽として伝わってくる音。歌詞は日本語も入っているがあまり意識に上らない。意味より音として入ってくる。ミックスでそれほど歌中心にされていないのもあるだろう。確かに、聞いたら「何かしたくなる」音。
さすがにまだたどたどしさが強く、音楽的に突き抜けたものは感じないけれど、最近思うのはもはやロックとかポップスにそういうものを求めなくていいんじゃないか、オルタナティブなあり方ってむしろ「非音楽的なもの」なのかもしれないなと思っている。きっかけは現役弁護士であるSt.Lenoxを聞いて衝撃を受けたからなんだけれど。別に音楽で食べていこうとしていない、アマチュアでいい。それはリリースする以上、一定のクオリティとかコンセプトはあるのだろうけれど(むしろそれがより強くないとリリースまで行かない)、商業的な狙いをあまり感じない。より純粋な表現衝動のようなものを感じるし、もう一つは視点の違いも感じる。どうしても音楽家の生活ってある程度似るからね。「音楽業界にいる人の視点」だけだとどうしても多様性は減る。そうではない、別の生活、その生活がにじみ出てくるような音がなんだかやけに新鮮に感じた。もちろん、専業音楽家による時代の最先端を切り開くとか、音楽としての金字塔を目指すような作品も好きだけれど、これだけ音楽のレガシーが録音されてきた中で別の在り方もあるんだろうなぁ、と思っていて、それって案外「音楽以外のことをメインでやっている人がやる音楽」とか、「今まで音楽をやっていなかった人がやる音楽」みたいなものなんじゃないかな、と思っている。それこそYouTubeみたいな。プロフェッショナルなYouTuberも多くいるけれど、本当に日々の生活を発信してる人もいまでもいる、むしろ、閲覧数は少ないけれどコンテンツ数ではそういうもののほうが多い。音楽もそういう多様な自己表現のツールに戻っていいんじゃないかなと思っている(同時に、かつてロックが担っていた「若者文化」や「ロックスターというロールモデル」はYouTubeに奪われる、あるいは融合してきている気もするのだけれど、それはまた別の機会に)。昔から素人の音楽、アマチュアミュージックというのはあったが、娯楽としては完成度が低かった。それを「こう見せればかっこよくなるよ」といったのがつまりパンクであり、オルタナティブロックであり、それらも発展していく中何度か商業化し、専門化し、巨大化して消費され、また別のところからオルタナティブなものが立ち上がっていく。そのオルタナティブなものが専業音楽家じゃないところから生まれてくるのが今の時代なのかもしれない。多様な人たちの「自己表現」としての音楽が、もう一度脚光を浴びるというか、そうしたものを娯楽として昇華できるような環境や手法が整いつつあるような。そうした「自己表現」としては素晴らしい完成度の作品。
1.Do You Wanna 03:57 ★★★★
ニューウェーブ的な、ややチープなキーボードリズム。上音は80年代的だがベースは太いのが現代的。声が入ってくる。つぶやくような声。一つ一つのフレーズがぽつりぽつりとおかれる。たどたどしいファンファーレが入ってくる。切り取られた不格好なコラージュのような。日本語も入ってくるが不思議な、やや英語的な発音。海外のアーティストがカタコトの日本語で歌う歌い方と、日本人の歌い方の中間、みたいな。これは英語の発音にも言えるな。どちらの言語もカタコト的で、音が置かれているような印象も受ける。ボーカルだけでなくほかの音もそうだな。それぞれ別々に配置されたものが結果として一つに見えているような。ギターの音が入ってくる。アンプにつないで鳴らしてみました的なフレッシュな音。
2.If 02:41 ★★★★☆
リズムパターンが変わるが「置いてみた」感は続いている。スクラッチ音も入っている? 音を組み合わせて遊ぶ感じか。これはドラムの音が中音域に上がっている。なんだろう、このたどたどしさは何か聞き覚えがあるな、、、。各楽器の分解はしやすい。一つ一つは鳴らしてみた、置いてみたという感覚もあるが、全体的なプレゼンテーションとして完成度は高い。3分弱という短さも潔い。
3.Burning Desire(渇望) 03:49 ★★★★
ややけだるい声、これはしっかりした日本語に聞こえる。ちょっとラブサイケデリコ的か、たぶん偶然だろうが。基本構成はリズムループ、ファンファーレ的シンセ音、エレキギター、ベース、ボーカルなのかな。ギターはややシューゲイズ、ファズがかかっている。アコギも出てきた。ちょっとアナドルロックっぽくもある、エスニックなサイケデリック。Altin Gunとか。メロディがやはり英語圏とは違うから何か異質感があって面白い。アコギの入れ方はうまい。フェードアウトで去っていく。
4.Gaito(街灯) 03:03 ★★★☆
ゆっくりと歩いてくるような、太めのベース音。やや遠いボーカル。上を漂うシンセの音。さまよう、揺蕩う感じ。どこか空気が薄いだろうか。水面ギリギリのような。夜の街をイヤホンで耳をふさいで歩くシーンか。なんとなく現実から遮断されて、それでも歩いている、ような。殻に包まれているようでその殻は実際は存在しない。ちょっとコンビニ寄ったら「すみません」と話すような。外にいる時のちょっとした物思い。
5.Dreamwanderer(夢彷徨人) 02:16 ★★★
たどたどしくベースが入ってくる。確かにプロトパンク的だな。「これなら自分でもできそう」と思わせるものがある。ベルベットアンダーグラウンドは「アルバムはほとんど売れなかったが、そのアルバムを手に入れた奴はみなバンドを始めた」と言われるような。それはテクニックよりも「結果としてできあがったものがカッコいい」ことが重要。ローテク、ローファイの王道。そういう初期衝動を感じる。
6.Fantasy(幻) 03:13 ★★★★
サイケデリックなメロディ、ジャングルポップさも感じるフックのあるメロディ。ギターポップ的。ただ、一つ一つの音がいびつで素朴、それがなんとか曲として進んでいくのだけれど、全体としてはかっこよさがある。ああ、Zongaminとかもこんな感じだったかなぁ。ちょっと古いが。けっこうギリギリのところでずっとクオリティが成り立っている。バラバラになりそうな、組み合わせがほどけてしまいそうな音たちがつながりを維持して音楽として成り立っている。その危うさも面白い。確かにリアルな音。
7.Polka Dot Bells(水玉ベル) 00:16 ★★☆
短いインタールード
8.Before Sunrise(夜明け前) 03:06
やや音が変わり、ドリームポップ的な。声はリバーブがかかっていてどこか不思議なところから響いてくる。上下に移動するキーボード音。迷いなく単に上下していって潔い。ひとつひとつのメロディも朴訥としているが、なんだろうなぁ、曲そのものには素人くささはあまりない。初期衝動とかたどたどしさは全体的、各パーツすべてにあるのだけれど、組み合わせ方がうまくて成り立っている。歌メロや作曲能力が高いのだろう。本人が聞いていて心地よいメロディを見つけ出しているのだろう。
9.Voyage et Merci(ボヤージュとメルシー) 02:42 ★★★☆
隙間が増える、伸びるメロディ、ちょっとやくしまるえつこ感もあるな。ああ、このたどたどしいパーツの組み合わせでなんだかポップな感じは相対性理論の初期の感覚にも近いのかも。あんなに飛び跳ねていないが。全体として「一人」ということを感じる。あとは、歩く速度。夜。一人でイヤホンで聞きながら町を歩くのに適しているというか。速度感がドライブではないし、だれかと聞くにもそれほど適していない。
10.Under the Cherry Moon(桜の木の下) 03:17 ★★★★
サイケデリックポップ、クラシックロックなメロディ。Doorsと言われればそうかも。なんとなく渦を巻くような、少しづつ歩いていく、ちょっとしたノイズやタイミングのずれがかえって酩酊感を生む。そんなにクリアに考えないというか、ある程度アバウトな感じ。明晰な外部に向けた思考より自分の内側に潜っていく。途中からやや音像が変わる。
11.Morning Street(朝の街) 00:28 ★★☆
雑踏、かすかな和音感
12.The Day Song 03:03 ★★★★
夜明けか、音が明るくなる。アコギ弾き語りっぽい感じ、ネオアコか。ドラムパターンはチープでエレクトーン感、チップチューン感も少しある。なんだか不思議なメロディ、歌謡曲的でもあるがジャングルポップ(モンキーズとか)感もある。王道感のあるコード進行だからかな。最後のほう、カオスな、Beatlesのデイインザライフを少し意識したのかな、最後のジャーンはないけれど。そんな音像で終わる。
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