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mekakushe / 光みたいにすすみたい

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邦楽ウィーク2日目。今日聴くのはmekakushe(メカクシー)の「光みたいにすすみたい」です。mekakusheは1995年7月26日 生まれの日本の女性シンガーソングライター。もともと”ヒロネちゃん”という名前でSoundcloudで楽曲発表をしており、2015年にはヒロネちゃん名義でのデビューアルバム「君の死因になりたいな」をリリース。本作はmekakushe名義で発表される初のフルアルバムです。今まではアンダーグラウンドな短編映画への楽曲提供や大森靖子のライブサポート、川本真琴のアルバムへの参加やツーマンライブ開催など、尖った層に訴求してきた彼女。何度かこのジャケットをnoteやブログでおススメアルバムとして見ることがあり印象に残っていたので聞いてみることにしました。

最新のJ-POP、ヒットソングを研究して作ったと語る本作。本作のバックグラウンドと彼女のバックグラウンドについて、Real Soundにインタビューがありました。彼女自身はピアノ、クラシック畑からの出身で、もともとはピアノ弾き語りの人のようです。そこからJ-POPを研究して本作を作っていったそう。

ヒットチャートから現在のトレンドを分析していったという彼女は、本作で開かれたメロディとリズミカルなサウンドを会得している。
(中略)
「アップテンポの曲がすごく増えました。人に聴いてもらうためにはどうしたらいいんだろうとか、サブスクで回してもらうにはどうすればいいんだろうってことを考えるようになったんですよね。アップテンポで言葉がたくさん詰め込まれている曲がトレンドだと思ったので、そういうテイストは意識して作りました。」
(中略)
「昔はピアノと歌だけで演奏するのが自分のやりたいことで、アレンジがつくと自分の意図から逸れてしまうと思っていたんですけど、最近はそのギャップがなくなってきました。音楽に対する許容範囲が広がって、器が大きくなった気がします。」
(中略)
「去年の3月に大学院を卒業して、これから音楽でやっていこうってなった時、今まで通りやっていたら聴かれなさ過ぎるって思いました。昨年はコロナウイルスが流行して世界的に内向的になっていく中、私もちょうど実家を出て一人暮らしを始めたので、誰とも会えない時期が重なって。元々出不精なんですけど、家の中で考える時間が増えたんですよね。そこでなんのために音楽をやっているんだろうって考えて、やっぱり聴かれないと意味がないって結論に辿り着きました。」
(中略)
「唯一影響を受けていると思うのは、aikoさんです。私はクラシックの学校に行っていたので、音楽はクラシックしかないと思っていたんですよ。クラシックが良いって洗脳されていましたし、テレビで歌謡曲ってものを知っても、あんまり良いなって思わなかったんですよね。でも、そんな中でも小さい時から好きだったのがaikoさんの曲で、私はクラシックとaikoさんしか聴いてこなかったです。」
出典:Real Sound mekakushe『光みたいにすすみたい』インタビュー

クラシック音楽を学んだ(大学院ではフランス音楽を専攻)20代の感性を通したJ-POP、ヒットソングはどんな音像に写っているでしょうか。それでは聴いてみましょう。

活動国:日本
ジャンル:J-POP、アートポップ
活動年:2014-現在
リリース:2021年4月21日

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総合評価 ★★★★☆

弾むようなポップス、だけれどアート感もある。個人的に一番近いのは矢野顕子と、最近の相対性理論/やくしまるえつこに近い感覚を受けた。ただ、クラシックの専門教育を受けているだけあってきちんと作曲理論に基づいている、丁寧に作曲されている印象を受ける。後、普通のポップスに比べると、不協和音の許容度が高い。オルタナティブロック、インディーロック、アートポップなどの分野は現代音楽からの影響も受けているが、そうした流れの中にある音。専攻はフランス音楽だそうだが、そういわれてみるとフレンチポップスなどのフランス音楽にも通じる洒脱さもあるかも(フランス音楽といってもゲーンズブールやポルナレフではなくモーリス・ラヴェルとフランシス・プーランクが専攻らしい)。不協和音やノイズなど現代音楽的なアプローチに加えて、どこかロマンティックな感じも受ける。

全体として、職業作曲家的な、きめ細かく作りこまれた音世界を感じる。意外とアニメやゲーム音楽の作曲家にも近い。あれもプロフェッショナルな職業作曲家の世界だから、商業性を持った邦楽の中では音楽的な実験や複雑な作曲技術が一番惜しげなく発揮されている分野だろう。一つの芸術作品として向き合える作品であり、ポップで心地よく聞ける作品でもある。

1. 好日日和 ★★★★

ピアノの反復、メゾンブックガールのような。いや、矢野顕子というべきか。ただ、ボーカルはもう少しポップで癖がない。ジブリのような、素直な発音。全然アイドル感はないな。アートポップな手触り。昨今の「アイドル」は射程が非常に広いが、おしなべて日本のアイドルはアマチュアリズムがある気がする(歌唱力とか)。そうしたアマチュアリズムは薄く、プロフェッショナル、クラシックの人という感じ。好印象。

2. ペーパークラフト ★★★★☆

ジャズコンボのような音編成、モダンな、大森靖子的なメロディセンスを持った矢野顕子というか。声がもうちょっとスッと入ってくる、素直な発声。妙にエモーショナルでもスクリームでも、キャラクターの強い声でもない。途中から別の曲のように表情が変わる。ああ、aiko感と言われるとそうかもしれないがメロディセンスは違うな。あまり小難しくなりすぎず、「ポップ」の文脈の中できちんと着地している。

3. ばらの花 ★★★★☆

最初、タイトルだけ見てくるりのカバーかと思ったがオリジナル。少しデジタルっぽいビートからスタートするが途中になるとオーガニックな感覚が強まってくる。言葉、メロディとビートの躍動が一体化している。ノイズっぽいギターが入ってきて、この曲は音響的にも実験的要素が強い。自由に揺らぐようなメロディだけれど、しっかりポップでビートも効いている。

4. 屋上にて ★★★★☆

ヒップホップ的なビート、一定の打ち込みトラックの上にボーカルが乗る。前の曲までは比較的ビートが踊る、ジャジーな感じだったがこれはけだるい感じ。動きが少ない。ところどころにノイズのような音が入り、音響的には冒険もしている。声と、トラックとか音響の作りこみの度合いは違うが小沢健二のEclecticも少し思い出した。間奏部分、Postの頃のBjorkをもっとかわいらしくしたようなインダストリアルなシーンが出て、ボーカルとピアノだけになってリフレイン。心をつかまれるようなポップ。

5. わたし、フィクション ★★★★☆

言葉が多い、YOASOBIとかを研究した感じがする。ただ、ボカロ感、オートチューン感はあまりない、なんだろう、生演奏感が強い。YOASOBIよりは相対性理論、やくしまるえつこ的な感じがする。タイトルも「わたしは人類」をちょっと彷彿させるし。ただ、メロディセンスは独特。どんどん展開していく、実験的、洋楽的。なんだろうなぁ、グローバルなインディーロック、インディーポップの文脈の中にきちんとある音で、その中で「世界から見た日本」的な音な気がする。そこまで意識していないのかもしれないけれど、J-POPを対象化して、分析して再現しようとしたら結果としてそうなったのかな。

6. 空中合唱 ★★★★

ゆったりしたリズムとバラード、日本語を活かしたメロディ。母音がしっかりしているから単語を伸ばしやすい気はするんだよね。英語に比べると。一つの単語の中で音を伸ばしやすい。その代わり、詰め込んだり、途中で切るのは英語の方が得意だけれど。言葉を伸ばし気味のバラード。後半に向けて盛り上がっていく。

7. 箱庭宇宙 ★★★★★

ドリーミーなギターの音。ルームポップ的なスタートだけれど、ボーカルがハキハキしている。バラードで行くかと思ったらバンドが入ってきた、ガレージっぽいちょっとラフなバンドサウンド。コーラスでは和風な音階、丁寧な歌唱曲、唱歌的なメロディが出てくる。丁寧に作曲された感じを受ける。編曲も凝っている。独自性が一番出ている曲かも。

8. 想うということ ★★★★☆

ポップなメロディ、いかにもJ-POP的なフレーズだが、どこかカットアウト的、切り貼りしたような、和音展開を意図的にずらしている。YOASOBIやボカロ的といえばそうなのだろう。ボカロは突飛な展開があるから。ちょっとデジタルで加工した、音を切り刻んでビートを作ったような音。途中、「大好きな箇所」で突然一時停止したように音が止まり、そこから四つ打ち、ビョークのハイパーバラッド的な展開をする。これお約束ですね。アレンジャーがビョーク好きなのかな? ところどころにそれっぽいのが入るけれど(4.屋上にて、はちょっとイザベルっぽい)。まぁ、ビョークはもう30年前だから、それを他のアーティストが使っているのをさらに聞いた可能性の方が高いか。僕だってこういうアレンジにビョークで最初に触れただけで、もっと古く、ハウスやテクノにさらに元ネタがあるのかもしれない。

9. もしものはなし ★★★★☆

童謡、唱歌的なメロディ。7曲目もそうだが、こういうメロディがもともとこの人の持ち味なんじゃなかろうか。丁寧に作曲されている。この人、案外ゲーム音楽とかの分野でブレイクしたりするかもなぁ。畑亜貴とかみたいに。なんというか、丁寧でプロフェッショナルな作曲能力を感じるけれど、突き抜けたポップス、売れる勢いよりは職人芸を感じる。

10. 余映 ★★★★

この曲はaiko的なフレージングかも。落ち着いた雰囲気を持ったバラード。ちょっと奇妙な寂しさがある。ゆっくりとしたオルタナ、インディーズロック的コード進行を持ったバラード。

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