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女性アーティストに見るUSとUKのポピュラー音楽の違い in 2021 +宇多田ヒカルの新譜に聴く「USとUKの違い」

「洋楽」「邦楽」という括りがあり、定義としては「洋楽=海外の音楽」ですが、実際には「洋楽=英語(圏)の音楽」ですよね。非英語(圏)の音楽は「ワールドミュージック」とか「グローバルミュージック」と言われていわゆる「洋楽」とは違うジャンルとされる。で、洋楽はだいたい8~9割はUSかUKの音楽だと思います。他はカナダ、オーストラリアといった英語圏の国々と、非英語圏(たとえばドイツとかラテンアメリカ諸国とか)の「英語アルバム」がありますが、ほとんどはUS、UKのアーティストが占める。一般的に「洋楽」というときは「US、UKの音楽」と考えてよいでしょう。

ただ、USとUKって結構音像が違うイメージがあります。すごくざっくり言ってしまうとUSはビート重視、UKはメロディ重視。もちろん時代時代で変わってくるし、それぞれの国でいろんなアーティストがいるから一概には括れないんですけれど、ひとくくりに「洋楽」といってもUSとUKではだいぶ雰囲気も、今のトレンドとなるサウンドも違う、とは言えるでしょう。

今回は2021年、話題になった女性アーティストをUS、UKでそれぞれ5組づつ選んで聞き比べてみようと思います。基本的にメジャーシーンで活躍する「ポップス/ロック」のアーティストから5組。似たようなタイプ(と思われる)のアーティストを5セット選んでみました。5番勝負ということで並べて聞き比べてみると、1番日本で耳にすることが多いUSとUKで音の嗜好性の違いを何となくでも感じるんじゃないかなと思っています。それでは聞いてみます。

1対目「Z世代の新人ポップスター」:Olivia Rodrigo(US) Vs Maisie Peters(UK)

1組目は2000年代生まれの新人勝負。US代表は昨年の顔ともいえるオリヴィア・ロゴリゴをチョイス。これは本当に「2021年のUSシーンを代表するアルバム」でしたね。

Olivia Rodrigo / Sour

ポップ/ロックスの新人としては大ブームとなり断トツの存在感を示しました。ピアノ主体の内省的なバラードからちょっとロックテイストのある曲も含まれており、大ヒットしたポップアルバムながら女性SSWとして、Z世代(1990年代後半~2000年代生まれ)の女性としての等身大の感情も感じされる作風。「ディズニーアイドル出身のポップスター」というとすごく弾んだ音像を想像しますが、アルバムを通して聞くとけっこう内省的で、90年代USオルタナティブロックを通過した音像です。アルバムの空気感を代表する曲として「drivers license」を。等身大の失恋をうたった歌で、TikTokで大人気に。現代USのティーンの心情にしっくり来る曲なのでしょう。

では、対するUKは誰なんだろう、と考えてみました。さすがにオリヴィア・ロドリゴほどの新人スターは現れておらず。なので「新人」の「ポップスター」で「女性SSW」的要素もあるアーティストを選んでみました。それがメイジー・ピーターズ。現代UKポップシーンを牽引するエド・シーランの主催するレーベル(Gingerbread Man)からデビュー。UKでは2位にチャートイン。

Maisie Peters / You Signed Up For This

いわゆる日本人が考える「洋楽ポップス」ど真ん中の音な気がします。メロディアスであることを恐れない、というか。このあたりの感覚は世代や個人によってかなり差がありますが、今のJ-POPに近い気もします。

レーベル(ワーナー)も日本での販促に力を入れていてMVに日本語字幕を付けたりしていますね。「これは日本市場で売れそうだ」という感覚があるのでしょう。アルバム全体を通して聞いても高品質なガールズポップ。SSWなので心情の吐露というか、内省的で職業作曲家が作るポップスとは違う手触りの曲も入ってはいるのですが、全体的にオリヴィア・ロドリゴに比べると明るくてメロディアス。「どちらが好きか」は人それぞれ(+聞くシチュエーション)にもよるでしょうが、聞き比べるとメイジー・ピーターズの方が明るくわかりやすい、いわゆる「ポップス」な感じがします。USとUKで「若手の新人ポップスター」でここまで音像が違うのは面白いですね。なお、メイジーを最初に聞いたときに思い出したのがナタリー・インブルーグリアだったんですが彼女はオーストラリアのアーティストなんですね。洋楽の中のUS、UK以外での2大国を比べるとオーストラリアはUKに音が近く、カナダはUSに音が近いかも。文化・歴史的に考えれば当然ですが。

なお、リリース時点でオリヴィアが18歳、メイジーが21歳。どちらもZ世代です。オリヴィアはフィリピン系の父親とドイツ・アイルランド系の母親とのミックス。今のところあまり曲からは感じませんがアジア系のルーツも持っています。最初にTikTokとかでバズったのはもしかしたらアジア系の支持もあるのかも。SNS人口ってアジア圏が圧倒的に多いですからね。

2対目「大人の女性ポップスター」:Japanese Breakfast(US) Vs Self Esteem(UK)

「もう少し大人の女性」のアーティストを比較してみましょう。こちらはメインストリームで大ヒットした、というよりはメディアの評価が高く「2021年ベストアルバム」でよく見かけた2アーティストを比較してみます。また、どちらもユニット名を名乗っていますが実際は女性アーティストのソロプロジェクト。まずUSからはJapanese Breakfast。

Japanese Breakfast / Jubilee

80年代的なポップサウンド(ディスコサウンドやちょっとシティポップ感も)ながらどこかけだるげ、ドリームポップ的な音響が耳を引きます。「Japanese」と入っていますが日系ではなく韓国系アメリカ人のミシェル・ザウナーによるプロジェクト。1989年生まれでリリース時は32歳。全体としてはかなりメロディアスで70年代ポップスや、J-POPSとの連動(一時期は韓国でもJ-POPSがかなり聞かれていたからその影響かも)も感じさせる音像。やはりアジアのポップスはメロディアスです。逆にUSにしてはビートはそこそこシンプル。

あまり「USらしさ」を感じさせないサウンドですが、こういうのも今のUSインディーロックシーンの特徴的な音の一つだと感じます。ここまでメロディアスなのは珍しい気もしますが、それは移民というルーツがあるのかも。個人的に思うことなんですが、メロディって文化による特性・嗜好の差が強いんじゃないかと思うんですよね。だから、移民社会で多様な国家であるUSではあまりメロディアスすぎるとリスナー層が限定される。「あらゆる文化のみんなが感動するメロディ」ってあんまりないんだと思うんです。それより音響とかビートの方が通じ合えるのかなと。「USらしいメロディ」というとカントリーとかいわゆるトラディショナルフォークがありますが、そういうのはUS以外ではあまり人気がありませんし、「US発で世界でヒットするアーティスト」というのはビートが特徴的なアーティストが多いなという印象。マイケルジャクソンとか。

対するUKからはSelf Esteem。こちらはレベッカ・ルーシー・テイラーのソロプロジェクトで、1986年か1987年生まれ(2説あるよう)なのでリリース時は34歳。だいたい同年代です。

Self Esteem / Prioritize Pleasure

このどこかチープなクラブミュージックみたいなジャケットと裏腹にかなり密度が濃く充実したアルバム。自己肯定、というユニット名を考えてみるとジャケットも重みを増してくるんですが、音像的にはゴスペルを取り混ぜたクラブサウンドというか、基本的にはクラブサウンドの中で切実さを伴うボーカルが入り、重厚で祈りのようなコーラスが鳴り響く高揚感のあるポップス。ちょっとくぐもったようなビートがUKっぽさを感じます。こういう音作りはやっぱり年中曇っているからなんですかね。低音のビートがちょっと丸みを帯びている感じがします。あと、少しアフリカ的な感覚が入っている。UKで70年代後半から勃興し現在リバイバルしているポストパンクやニューウェーブは純粋なアフリカ音楽、アフロビートの影響を取り入れていますから、USの黒人ミュージシャンによる影響の系譜(ブルースやジャズなどアメリカ大陸で生まれた黒人音楽)とはまたちょっと違う、アフリカ大陸から直接入ってきた「アフリカ音楽のテイスト」がUKのアーティストには混ざっている気がします。

この2組はお国柄というより「それぞれのアーティストの持ち味」が強く出ている比較な気もしますが、アーティストとしてのキャリアを積み、それぞれの人生でのトラブル(家族を失ったり、パートナーを失ったり)を経てさまざまな感情を表現したアルバム。それ故に各国のトレンドより「アーティスト自身の音」が前面に出ていると感じます。どちらのアルバムも「喪失からの再起」「立ち上がる希望」みたいなテーマが通底していますが、表現が大きく異なっています。

とはいえ住む国の影響はむしろ自分なりの音があるからこそ繊細に表現されるところもあります。この2組を聞いて感じたのは、今のUSは「個人に寄り添う」ような音が求められていて、UKは「団結する」ような音が求められているのかなという印象。「BLM」他、移民問題で「それぞれのコミュニティ」が分断してしまっているあるUSは「それぞれの多様性を受け入れよう」という方向を善とする価値観が(特にポップス/ロックでは)多いけれど、UKではブレクジットや若者の失業問題という「共通の社会課題」があり「UKとして団結しよう」「社会に対して声を上げよう」という「結集するための音楽」が求められているから力強く高揚感を与えるような音が求められているのかなと感じることもあります。あくまで「音楽シーンのトレンド」から感じるイメージですが。

3対目「Z世代のインディースター」:Clairo(US) Vs Griff(UK)

続いては再びZ世代。今度は「ポップスター」ではなく「インディーズで活躍するアーティスト」です。両者ともそれなりに商業的成功もおさめていますがメインストリームでの活動は積極的にはしていません。メインストリームのトレンドを意識せずより自由な表現だとどのような差があるのか、見てみましょう。まずはUSからClairo(クライロ)。

Clairo / Sling

いわゆるインディーポップ、ベッドルームポップと呼ばれる音像。もともとオリヴィア・ロドリゴもこの路線を志向していた気もします。オリヴィアの場合は曲を出してみたら思わぬ大ヒットになりレーベルも本腰を入れた、という側面もあるのかも。もともとTVスターで知名度はあるので、メジャーフィールドでの活躍も期待はされていたと思うし、業界のプロフェッショナルへのアクセスも容易だったとは思いますが、オリヴィアとクライロの楽曲に流れる基本的な感覚は通底しています。クライロの父親も音楽業界に繋がりの強い著名な経営者のようなのでその気になればいろいろなところへアクセス可能なのでしょうが、少なくともこのアルバムからはオーバープロデュースは感じません。こちらはプロの編曲家や大手レーベルのスタジオ技術、工業製品としての完成を上げるプロセスを経ていない(ように感じる)より純朴な表現。ドリームポップでローファイな音像。同じ系統のJapanese Breakfastに比べても、もっと呟くようなパートが多く、より内側に潜っていく/さなぎのように孤立する、夢見る少女的な感性を感じます。「一人の世界に潜る」「リスナーの心象風景に囁きかける」音楽。

対するUKからはGriff(グリフ)を。ジャマイカ人の父親と中国人の母親の間にロンドンで生まれた彼女。本作がデビューアルバムです。

Griff / One Foot in Front of the Other

でも、これも全英4位まで上がっているのか。アーティスト自身の姿勢はともかくワーナーミュージックは日本語向けの和訳付きMVも出しているし、売る気満々だなぁ。マーケティング的には1組目と3組目はあまり差がなかったかも…。まあ、こちらの方がメディア受けが良い(=マニア受けする)アーティスト対決、ということで。こちらもわかりやすいメロディがありますが「いかにもな洋楽ポップス」というよりはUKクラブシーンとの連動も感じさせるより実験的な音作り。宇多田ヒカルの新譜にも通じるサウンドメイクですね。というか宇多田の新作の英語曲に雰囲気が似ているかも。この曲とかそれっぽくないですか。

やはりこのあたりの音は「今のロンドンの音」なんでしょう。SSWであり彼女一人で作った曲が大半を占めるアルバムなので年齢相応の内省的な心情吐露も感じますが、音像的にはUSに比較するとやはり「内にこもる感覚」よりは「切り込んでくる、訴えてくる」「高揚感と一体感」を生むような音像になっていると感じます。四つ打ちが鳴っていたりしてけっこうビートが強いですし。肉体的、ダンスミュージック的。なお、四つ打ちは音楽の中で一番強い共通言語だそう。だいたい世界中の人が踊れるビートだそうです。

クライロは1998年生まれ。リリース時23歳。グリフは2001年生まれ、リリース時20歳。どちらもZ世代。

4対目「90年代テイストを持ったZ世代」:The Blossom(US) Vs PinkPantheress(UK)

Vaperwaveというムーブメントがあり、シンプルに言えば「忘れ去られた90年代的なものを再評価して並べよう」というもの。たとえばWindows98の起動画面だとかデスクトップガジェットだとか。同様にあの当時あふれていた音、今となっては忘れられたものに再度価値を見出そう、という音楽やグラフィックが混ざったムーブメントだったのですが、そのあたりから音楽でも90年代再評価が起きている、それも90年代の「マニアックなところ」を再評価することがヒップでクール、みたいな感覚が出てきている気がします。まっすぐ90年代に回帰するとUKならマッドチェスターやブリットポップであり、USならグランジオルタナになるんですが、ちょっとひねくれているというか忘れさられた「90年代的な音」を用いて懐かしいんだけどそれってそもそも当時流行っていたわけではない(けれどそこにあった)。「そこを取り上げるか」みたいな視点の面白さを持ったムーブメントが続いている印象があります。そんなムーブメントからUS、UK一組づつ。今回の5組の中では一番マニアックかも。

USからはThe Blossom。USのヒップホップユニットであるBrockhamptonのサイドプロジェクトの一つとして位置づけられていて、あまり詳しいバイオはないのですが明らかに若そう(Z世代)なリジー・リゾッテという女性シンガーが核になっている様子。ヒップホップとうよりは「量産型90年代ポップス」をうまくパロディしながら現代にリバイバルさせているアルバムになっています。

The Blossom / 97 Blossom

これが面白いのがぜんぜん内省的な感じがしないんですよ。コンセプトを持ってプロデュース・企画されたアーティスト、ということもあるのでしょうが、90年代のUS的なけだるさ(スラッカー【怠け者】カルチャー、バギー【だぼだぼ】な文化など)はありつつ、もっとお気楽でパーティーなノリがあります。そうか、90年代(このテーマはアルバムタイトル通り97年なのかもしれませんが)のUS音楽ってこういう側面もあったよなぁ、と思い出す1枚。やっぱりメロディはやや控えめというか音程移動は少な目で、その分ビートの説得力が強め。

続いてUKからはPinkPantheress。こちらはVaperwave感があるサウンド。というかこういうのを最近のUKでは「Hyperpop」と名付けている気も。かなり短い曲が多く、10曲入りなのに19分弱。1曲2分未満。

PinkPantheress / To Hell With It

アルバムというか「ミックステープ」と位置付けられた本作。90年代、00年代の様々な音がコラージュのように散りばめられていて、UKガレージの雰囲気、DIYな感覚をよく表しています。こちらの方がメロディアスではあるんですが、ドリーミーな雰囲気は強め。USとUKで音の逆転現象が起きています。たまたまUSで一定の商業的成功とメディア評価の両立しているアーティストが内省的なだけなのかな。UKでもこういうベッドルームポップっぽいアーティストも出てきていますね。ただ、サウンドのちょっと湿った感じはUK的かも。ケニア人の母親とイギリス人の父親とのハーフだそう。あまり音楽的にはアフリカ音楽の要素は感じませんが過去の様々な音を文脈を切り離して並列に並べているのが面白い。

The Blossomは年齢不詳(情報を見つけられず)、PinkPantheressは2001年生まれでリリース時は20歳。Z世代のもう一つの音。

5対目「女性ボーカルのロックバンド」:The Pretty Reckless(US) Vs Wolf Alice(UK)

「女性ボーカルのロックバンド」っていますよね。日本だとジュディマリとかレベッカとか。最初はUSからはBig Theifを選んでいたんですが2021年にBig Theifがアルバムを出していないのでUSからはPretty Reckless。最近、「バンドからソロアーティストへ」というのがUSのトレンドですが、こういうバンドスタイルで頑張っているアーティストもいます。

The Pretty Reckless / Death By Rock'n'Roll

女優/モデルでもあるテイラー・モンセン率いるThe Pretty Reckless。本作はバンド史上最大のヒットで全米28位にチャートイン。グランジ直系の90年代以降のアメリカン・ハードロックながらボーカルメロディはメロディアスで80年代のアリーナロックに通じるところもあったり。こういうサウンドもリバイバルしてくるんでしょうか。ややダークな緊張感とメロディにブルージーな感覚(テンションがかかったスリーコードで緊迫感を持続する感じ)はありますが、全体としては内省よりも高揚感のあるサウンド。同じくUSのEvanessnceにも近いですね(昨年リリースしたEvanessnceのアルバムにはモンセンもゲスト参加するなど交流もある様子)。

UKはこうした「女性ボーカルのバンド」が多くて2021年は豊作だったのですが、その中からWolf Aliceをチョイス。グラストンベリーのパフォーマンスではバンドサウンドの迫力を見せつけました。

Wolf Alice / Blue Weekend

ウルフアリスは3作目となる本作で初の全英1位を獲得。UKの「ロック復権」を象徴するバンドの一つとなりました。女性ボーカルのエリー・ロウゼルとギターのジェフ・オディのアコースティックデュオとしてスタートし、バンド形態に発展。UKのオルタナティブロックバンドとして認識されていますが、USのグランジとはまた違う質感ですね。よりささやくような、静かな情熱を感じますが内省で終わらず高揚感があるのはやはり「ロックバンド」の熱量か。このアルバムは全体的には静けさの印象も強いですが、90年代の雰囲気を感じる曲をチョイスしてみました。ブリットポップというか、あの当時のUKロックの雰囲気も感じる曲。

やはりこの二組を比べるとウルフアリスの方がメロディアスで、プリティレックレスの方がグルーヴ主体な印象は受けます。奇しくも90年代にあった「グランジVSブリットポップ」の再来という印象も。

テイラー・モンセンは1993年生まれでリリース時は28歳、エリー・ロウジルは1992年生まれでリリース時は29歳とほぼ同世代。幼少期に聞いていたのは90年代後半~2000年代のロックだったのでしょうか。それぞれの国のサウンドをリバイバルさせているのが面白い。

以上、5対、10組のアーティストでUSとUKを比較してみました。この辺りが「今のUS、UKのトレンド(メインストリームのガールズポップ/ロック)のサウンド」だし、全体としてUSとUKで音のトレンドに差異があることは感じていただるかなと思います。全体として言えるのは前にも書きましたが「UKの方がメロディアス」で「USの方がリズムやグルーヴが印象的」でしょうか。あと、UKの方がエレクトロというか、クラブサウンドみたいなものが多くて飛び道具的な音も多く使われる。USの方はもっと引っ掛かりがあるビートで飛び道具的な音は少な目(アーティストに依りますが)。

最後に、おまけ的に宇多田ヒカルの新譜でUSとUKを聞き比べてみようと思います。

おまけ「宇多田ヒカルで聴くUSとUKの差」:Face My Fears Skrillex Ver(US) Vs Face My Fears A.G.Cook  Ver(UK)

宇多田ヒカルの新作「BADモード」は基本的にUK、ロンドンのサウンドなんですが、たまたま1曲だけ、USとUKのプロデューサーがそれぞれ手掛けている曲があるんですよね。これがちょうどUSとUKのサウンドトレンドを聞き比べることができるなと思って取り上げます。

まずはUSのトッププロデューサー、Skrillexとのコラボ。こちらは大作ゲーム(キングダムハーツ3)の主題歌ということもあり「ハリウッド映画の主題歌」みたいな高揚感のあるアレンジが成されています。こういう分かりやすいサウンドで思い切り盛り上げる、みたいなのもUSの手法。ベースの音も太目で、とにかく迫力があってアッパーな音。「主題歌なので派手かつドラマティックに」というオーダーがあったのでしょうか。それをUSの感覚で具現化した曲。

同じ曲をUKのプロデューサーが手掛けるとこうなります。

こちらは「変わった音」が多めに。ちょっとジャパニメーション的というか声を加工してトラックにする手法はパプリカや攻殻機動隊でも使われていたのでそれも意識したのかもしれません。こちらは「主題歌として」ではなく「リミックスとして」作られたトラックなのでそもそものオーダーが違うから質感が変わった気もしますが、こちらの方がトリップ感覚が強いというかUKなりのアシッド感覚が出ている気もします。同じトラックで「UKとUSのサウンド比較」ができるのは面白い。

宇多田ヒカルは本作リリース時に39歳。今日取り上げたアーティストの中では最年長。スペイン人のパートナーとの間に子供がいるし、今日とりあげたアーティスト達の「親の世代」に近いのかも知れません。2組目で取り上げた『各国のトレンドより「アーティスト自身の音」が前面に出ている』アーティストですね。

ふと気が付いたのですが宇多田ヒカルの「BADモード」は宇多田ヒカル名義としては初めて宇多田照實(と三宅彰)がプロデューサーから外れています。Utada名義のセカンドアルバム以来。今もu3ミュージックには所属しているのでビジネス上では関わっているのでしょうが、音楽的には父親の手を離れたアルバムとなっています。そもそもは両親を結び付けるもの、家族プロジェクトであったのが1stアルバム「First Love」であり、10代から20代を駆け抜けて活動休止し、自身の出産と母親との別れを経た「Fantôme」でシーンに戻ってきた。デビューから20周年、ファーストアルバムを彷彿させるタイトル「初恋」までは変わらぬプロデューサー体制で制作してきましたが、本作ではまったく新しい体制、UKのプロデューサーとの共同プロデュースという形になっています。これは父親からの(音楽面での)独立も果たした、とも受け取れます。単に「新しいこと」をしてみたくなったということでしょうが、その「旅立ち」も感じさせるアルバム。同時に、息子の姿がジャケットに映っており「娘」から「母」への変化もより色濃く感じます。

「Fantôme」「初恋」「BADモード」をシャッフルで聴いていると「BADモード」だけサウンドが異質なのが分かります。一番分かりやすいのは「ボーカルが小さい」、その分トラックの他の音が前面に出ています。ボーカルがサウンドに溶け込んでいる。個人的にはこういう方が好みなんですが、他の方はどうなんでしょうね。

この3作の中では「初恋」が一番J-POP感があるというか、活動休止前の「Heart Station」から直接繋がっている感じ。「Fantôme」と「BADモード」はどちらも異質というか、「J-POP」の音作りではない気がします。より洋楽っぽいというか「J-POPの特徴」が薄れているというか。最近のJ-POPの特徴は「ボーカルが大きい(ボリュームもそうだし、出てくる時間も長い)」「ボーカルメロディが複雑(基本的にボーカルメロディで曲が成り立つ)」なんですよね。比較すると「BADモード」は音作り的にはかなり洋楽的です。UKのトレンドのサウンドに近い。個人的にはトラックとボーカルが絡み合う音が好きなので嬉しい変化でした。様々な評価を見ていると軒並み好評、なのかな? いずれにせよ、このアルバムは日本市場で大ヒットするでしょうし、それによって(かつてデビューの衝撃で日本の音楽シーンが変わったように)「J-POPのスタンダードな音(トレンド)」がまた変化するかもしれません。そうした変化を語るときに「洋楽的な音」とか「UKっぽい音」というキーワードが出てきたら、具体的には今日あげた10組のアーティストみたいな音(で、USとUKでも違う)を想起してもらえればいいんじゃないかな、と思って「おまけ」を書いてみました。

個人的には「洋楽」「邦楽」の括りってあまり意味がないと思っているんですよね。それよりは「どの言語で歌っているか」とか「どの国のトレンドはどんな音か」の方が面白くて、「洋楽」とひとくくりにするのは乱暴だし、「ワールドミュージック」で考えれば「J-POP」もその中の一つのジャンルになる。いろいろな言葉で歌われるいろいろな地域の音楽を聴くと、それによって「日本の音楽」というものがどういうものなのかを考えるきっかけにもなります。webを通して世界中の音楽に触れられる現在はとてもワクワクする時代だと思います。

それでは良いミュージックライフを。

おまけ:今日の曲をまとめたTIDALのプレイリスト

Apple Musicでの各アルバム


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