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ルイーズ・グリュック「野生のアイリス」紹介+私訳

◆付記
2020年にノーベル文学賞を受賞したアメリカの女性詩人ルイーズ・グリュックの詩をみずうみのイベントで訳したのを、このまま放置しておくのももったいない気がしたのでnoteに置いておきます。人物紹介も昨年配布した時のものとほとんど変わりません。

・野生のアイリス

私の受難の終わりには
扉があったのです。

ちゃんと聞いて。あなたが死と呼ぶものを
私は覚えています。

頭上では、音がして、マツの木の枝が揺れ動いています。
そして無が。弱々しい太陽が
乾いた地表をちかちかと照らしていました。

意識があるままに
闇い大地に埋められて
生きていくことは恐ろしい。

それから終わりを告げたのです、あなたが恐れる、
話すことができない
魂であることが、突然終わりを迎え、頑丈な大地が
少し撓ったのです。そして鳥だと思ったものが
低木の中へ突っ込んでいきました。

あの世からの復路を
覚えていないあなた
私はまたあなたとお話できましょう。
忘却から戻ってくるものはみな、
声を見つけるために戻ってくるのです。

私の命の中心から大きな泉が
湧き出てきて、空色の海水の上に
深い青色の影を投げかけます。

(source: Poems-1962-2012)

◆ルイーズ・グリュックについて

 1943年ニューヨーク市生まれ。ロシア系ユダヤ人の母と、ハンガリー系ユダヤ人の父を持ち、幼少期をロングイングランドで過ごす。10代の頃に拒食症に陥り、そうした病気と向き合いながら詩やエッセイを書き始める。また高校時代には精神分析治療を受けながら学校に通い、1961年に卒業した後も7年間通院を続けた。そうした彼女の精神状態のために、正規の学生として大学に通うことは難しく、サラ・ローレンス大学およびコロンビア大学で詩学の勉強をしつつも、結果として学位を取得することはないまま退学し、秘書官の仕事に就いた。
 その後、1968年には第一詩集となる『第一子(Firstborn)』を発表し、1975年に『湿地帯の家(The House on Marshland)』、1980年に『下降姿勢(Descending Figure)』、1985年に『アキレスの勝利(The Triumph of Achilles)』、1990年に『アララト(Ararat)』、そして1992年に『野生のアイリス(The Wild Iris)』を発表し、ピューリッツァー賞を受賞した。1997年に『牧草地帯(Meadowlands)』、1999年に『新生活(Vita Nova)』、2001年に『七つの時代(The Seven Ages)』を出版し、2003年にはアメリカの桂冠詩人(=国会図書館の詩部門の顧問の俗称)として選ばれた。また、近年では2006年に『アベルノ湖(Averno)』、2009年に『村の生活(A Village Life)』、そして2012年に『詩集―1962-2012』を、2014年に『貞淑で高潔な夜(Faithful and Virtuous Night)』を発表している。そして2020年にノーベル文学賞を「個の存在を普遍的な存在に作り上げる厳粛な美しさを伴ったまごうことなき詩的な声」という理由で受賞した。
 グリュックの作風については、一見すると文法や単語自体は優しいが内容は極めて不可解であり、幻視的であり、読者を当惑させるようなものが多いことが特徴である。また、暗いトーンで書かれていることが多く、想像力をうまく駆使して読む必要がある。例えば1992年に書かれた『野生のアイリス』もまた、様々な一人称が登場し、一読では(あるいは何度読んでも)“誰”の声なのかが掴みづらい可能性がある。大枠としては、『野生のアイリス』は庭師(gardener)である詩人が、様々なもの(花、木々、あるいは神)の声を聞き取って書かれているというスタイルとなっている。

【参考文献】
・木村淳子,2005,「ルイーズ・グリック――花の声、人の声」(『北海道武蔵女子短期大学紀要』第37号所収,北海道武蔵女子短期大学:45-62).
・Morris, Daniel, 2006, The Poetry of Louise Glück: A Thematic Introduction, Columbia and London: University of Missouri Press.

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