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川のほとりに誘われ 第一話

嫌な予感はいつも当たる。

その日も空は一面に雲が分厚く広がっていた。味も色もない水のような日常に前触れもなく一滴の墨汁は落とされる。

俺は仕事の帰り、一日の疲れを洗い流す様に広いけれど人通りが多くない川沿いの道を歩くのが日課だった。
その日は気になる本があって本屋に寄ったものだからいつもより少し遅い時間だった気がする。

休日になると家族連れや若い連中が階段を降りて川と触れ合い遊ぶことの出来る広場の様な場所があって、少し空から目を下ろした瞬間その川沿いにコンビニで売っているような小さなボトルのワインらしきものを片手にヘッドホンらしきものを付けて座っている人影が視界に入ってきた。

大体にして普段しない事や避ける事に足を向けた日は面倒な事しか起こらない。
だから今日も俺は知らない顔をして雲を見つめながら唯一の楽園である我が愛しの部屋に急ぎ帰ろうと足を止める事なく歩む。

少し歩いたところで誰かが慌てる様に走っている音が聞こえて来た。まるで緊急車両が近づく様な感覚。そしてまもなくその音はバタンという音と共に俺の後ろで止まった。
きっと今日は最悪を迎えるぞという囁きが脳裏をよぎる。
その音の正体はさっき目を逸らしたワインを片手にヘッドホンをしている影の主だった。
どのくらい呑んだのかわからないけれど呂律が回らなくまっすぐ立っていられない様子で真後ろまで来て倒れたのだ。

誰か助けてあげないだろうかとかこのまま知らない顔をして家へ足を向けてもきっとこの人は大丈夫だろうとか救急車を呼ぶべきだろうか、それとも警察だろうかと一瞬の間に頭の中をぐるぐると色んな事が駆け巡ったが、ここはやはり社会人としては手を差し伸べて救急相談センターとかに電話してあげたほうがいいのだろうと思い声をかける事にした。

やれやれ。仕方ないとはいえそこそこ厄介である。道を見下ろしてみると20代半くらいか、もう少し上だろうかやや年齢不詳な小柄で色白の女性が倒れていた。

何事も波風が強く立たないように慎重に慎重を重ね生きてきた俺からしてみるとそこそこ面倒な特殊案件だ。溜め息しか出ない。

「あの大丈夫ですか。救急相談センターに電話しますけど怪我とかどこか打ったところはありませんか。」と訪ねてみたが、酔っていて呂律が回っていないし声が小さく何を言ってるのかわからなかったから、もう一度少し屈んで大丈夫か声をかけてみたら「お水下さい、救急車とか大丈夫だから。水。水ちょうだい。」と。酒臭い。これは結構飲んでるなと思いながら路の端へ誘導してから水を持ってくるので少し動かず待って下さいねと告げて、斜め横の公園にある自動販売機へ急いだ。

何かを焦がした香りが風に漂って鼻につく。冬の星が降り注ぐ中、フィルムに火がついて外側へ燃えていく様に、平穏な日常を内側から壊されていく音が聞こえた気がする。

嗚呼、明日は寄り道をせずに帰ろう。

川のほとりに誘(いざな)われ (第一話)終

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