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3年目、東京へ転職します

 「トウキョー」という響きを聞くと、辛くなるようになったのは社会人になってからだろうか。就職活動時に、周りに俺は静岡じゃなくて東京でバリバリに働くんだと意気込み、いざ箱を開けてみたら、受けていた東京の会社からは1つも内定をもらうことができず、結果唯一受けていた地元、静岡の会社に不甲斐ない気持ちで就職した。一方で、当時付き合っていた彼女は、大きなIT企業に就職を決め、東京で生活することとなった。彼女は、大勢のキラキラした同期に囲まれ、綺麗で大きなビルに勤務して、始業時間は遅くて、お昼は高いランチを食べて、夜はおしゃれなバーでお酒を飲んで、毎日を充実させていた。いや、そういう風に僕が色眼鏡で見ていただけかもしれないのだが、なぜか東京で生活する人たちに負い目を感じるようになった。

結局、付き合っていた彼女とは別れることなったのだが、それでも東京への負い目は常に感じていた。上京して行った友人が、SNSで都内での生活をアピールしているだけで羨ましくなったし、末期なのは、東京に行った際に、電車で都内の家に帰る人たちすらも羨望の目でみていた。人の多さや、満員電車でさえ、とにかく羨ましかった。職場でも、以前東京で働いていた人たちが多くいて、その人たちの話を聞くだけで、とにかく羨ましかった。

そしてそれと同じように自分が今、住んでいる地方に嫌気を感じることも多くなった。自分の勤めている会社は、幸運にも、自由で、古い考え方をする人が少なかったのだが、それでも地方にはびこる、前時代的な働き方や、価値観に触れることが多かった。手続き的なやりとり、ネットへの理解の低さ、何より、前年と同じ仕事をただなぞるだけの仕事をして、給料と休日にしか関心のない人たち、すごく退屈に感じた。いろんな人に声を掛けてもらうことが多かったので、職場だけでなく、いろんなコミュニティにも顔を出してみた。だけど、どのコミュニティも自己啓発的なことばっかりで、理想論を語るだけの胡散臭い人が多いように見えてしまった。

そんなモヤモヤを毎日、抱いていたので、自分の人生の中で一度も東京で生活することなく、歳を重ねていくと後悔すると思い、もうこれは転職で、地元を離れ、東京に行くしかないと思うようになった。今の自分なら就活生の時と違って、いけるという謎の自信があったからだ。そうして、転職活動を2019年になってから始めた。浅い職歴と経験を整理して履歴書や職務経歴書をまとめ、転職サイトに登録した。有給を取って、なんども東京へと足を運んだ。仲の良い友人や会社の人に転職して東京に行くという話をして、もう戻れない状態にまで追い込んだ。転職活動は大変で、一時は、自分は東京に呪われているのではないかとも思ったのだが、6月に初めて内定をもらい、ついに念願の東京へ行く切符を得た。

そして、今は住む家を探している。職を探すのと同じように、これまた大変だ。いざ東京へ行くとなると、今住んでいる静岡の良いところにも目がいくようになった。美味しいお刺身、サウナのしきじ、さわやかのハンバーグ、静鉄ストアの半額のお弁当、静鉄のまるちゃん電車、海と山に囲まれて自然豊かな環境、のんびりした人たち。東京に行くけど、またいつか帰ってきたいなと思っている。

東京に行って、何が変わるんだ?って最近は思うようになった。だけど、自分の選択が正しかったって思えるように、そうなるようにするだけなのだと、これまでの記憶を振り返って思う。静岡で一旦、就職したことに後悔はないし、むしろ静岡の良いところを発見することができた。就活時の挫折があったから、休みの日も努力を重ねて、誰よりも濃い経験を積み、力をつけることができたのだと思っている。だから今、静岡には感謝しかありません、また戻ってくるその日まで。戻ってくる時には自分のような東京コンプレックスを抱く若者がいなくなると良いなとも思っている。

ムムム。