"フィンランド教育は失敗だった"、とフィンランド政府が公式に認めました
これまでも「なぜ低学力のフィンランドが1位になったのか?」や「まだまだ続くフィンランドの学校教育崩壊」「教育大国フィンランドで若者の学校襲撃が止まらない」等々のブログ記事で、フィンランドの子供達の学力の低さ、うまくいっていない教育の現実などについて書いてきましたが、ここ数年、フィンランド国内でも自国の教育に関して肯定的な報道はほぼ消滅し、否定的なレポートや記事ばかりになっています。
そしてとうとうフィンランド教育文化省が、過去20年の学校教育を否定するレポートを発表しました。今回はそれを紹介します。
フィンランド教育文化省のショッキングなレポート
今年(2023年)1月、フィンランド教育文化省は、過去数十年に亘る教育・文化分野での進展を概観する Bildung Reviewというレポートを発表しました。以下は同レポートの英語版サマリーです。
このレポートがカバーする分野は、フィンランドの教育や研究開発、図書館、文化・芸術など多岐にわたっていますが、学校教育については以下のように記しています。
"フィンランドの学力や教育水準、および教育の公的投入は1990年代以降低下している"、というフィンランド教育文化省の見解は大変ショッキングなニュースです。なぜなら、"フィンランドの教育は優れている"、とか、"学力世界一"、"進んでいる" etc. といった定説を覆してしまい、"フィンランド教育ブーム"とはいったい何だったのか?という苦しい疑問を突き付けるからです。
いわゆる "フィンランド教育ブーム"は、2000年代半ばにOECDのPISAという学力テストでフィンランドが1位になったことから始まりました。それ以降、世界の教育学者やメディアがフィンランドを教育の理想郷と持ち上げ、それを前提とした議論が続けられてきました。"フィンランド教育ブーム" に乗っかった書籍、記事、番組 etc. は世界に溢れ、教育学部のみならず、巷の教育議論も過去20年近くフィンランドを中心に回っていたと言って過言ではありません。"フィンランドでは〇〇をしている"、とか、"フィンランドの先生が△△と言った"、という見出しの記事がいかにパワフルであったかを思い出す人も多いでしょう。
したがって、今回のフィンランド教育文化省のレポートは、世界の教育学者はもちろん、フィンランド教育を理想化していた全ての人の認識に大きな変更を迫らないわけにはいかないと思います。
また、同報告書は、フィンランドの生徒の学力(learning outcome)について以下のように書いています。
2000年代に発生したフィンランド教育ブームに乗って、大勢の人が研修、留学、取材などの名目で現地を訪れて学校現場を視察し、関係者に話を聞いてきました。そうした訪問の記録が様々な形で残されていますが、どれも美しい誉め言葉で綴られていて、"理想的な教育をこの目で見たのだ"、という感動で溢れています。
しかし、彼らが見聞きした教育を、当のフィンランド政府は理想的なものとは考えていないことが今回のレポートで明らかになりました。それどころか、教育文化省の担当者は大きな改革の必要性を示唆しています。このレポートは、"あなた方が見た教育は成功例ではありません。学力は向上しませんでした" 、と明言したも同然で、"理想的な教育を見るなら1990年代より前に来るべきでしたね"、と言わんばかりです。
フィンランドで盛り上がる教育見直し論
教育文化省がこのレポートを出す前から国内では自国の教育に否定的な論調が大勢だったこともあり、このショッキングなレポートは当然ながらフィンランドのマスコミを賑わしました。以下は、同レポートを取り上げた記事の一部です。
「教育文化省レポート:フィンランドの教育レベルは停滞、学力は急速に落ち込んだ」 フィンランド国営放送YLE(英語)
「学力が下落したが、誰も理由が判らない」 Helsingin Sanomat紙(フィンランド語)
「直近のレポートが寒々と語る:フィンランドの学力はこうして落ちた」 Iltalehti紙(フィンランド語)
以上の記事の中から、気になる部分を拾ってみます。
フィンランド政府の職員がここまでぶっちゃけるとは思いませんでしたが、こうした話を聞いて愕然とする人は多いでしょう。なぜなら、フィンランド教育を称賛してきた人たちは美しく理想的な理屈を熱く語りますが、それらが全て独りよがりの自己満足であったことを認め、見直さざるを得なくなるからです。
また、"学校や教員の裁量権の拡大" や "教員の高い教育レベル(教員はみんな修士号を持っている云々)" に疑問が投げかけられていることも注目に値します。この2つはフィンランド教育の優秀さを語る際の鉄板アイテムだったからです。
若い教育大臣の改革が裏目に出た?
今回のフィンランド教育文化省のレポートによって見直さざるを得ない "フィンランド教育神話" は多数あるのですが、ここでは代表的なものを一つ取り上げます。
フィンランドの教育が優れている理由として "若い教育大臣の改革が成功したから"、という説明が教育学部内外ではよく使われてきました。
若い教育大臣とは、1994年に弱冠29歳で教育大臣に就任したヘイノネン氏のことですが、上記のサイトでは、"国を救った教育" とまで書かれてあり、大変な褒め称えようです。しかし、教育文化省のレポートとは矛盾します。
今回のレポートによれば、学力が向上したのは1960年代から1990年代にかけて、ということですから、時間的に整合性が取れません。教育改革は効果が現れるまで数年の時間を要すると考えると、この若い教育大臣の改革は、むしろその後の凋落の原因になったと考える方が辻褄が合ってしまうのです。
もともと根拠が薄かった "フィンランド教育スゴイ論"
過去20年ほどの間、 "フィンランド教育に学べ!" という記事やブログ、論文 etc. が世界中に大量にばら撒かれてきました。
しかし、その根拠となるのは、OECDが始めたPISAという学力テストにおいて15年以上前に1位になった、という事実のみです。しかも、それはシンガポールや台湾、中国などの強豪国がまだ参加していないPISAの黎明期の出来事でした。今はPISAの上位は日本を含む東アジア勢が占めており、フィンランドの学力では歯が立たない状況なのですが、なぜかフィンランドはいつまでたっても教育大国と呼ばれ、東アジアの国がそのように呼ばれることはありません。
また、もう一つの国際学力テストTIMSSでは、フィンランドは今も昔も精彩がなく、トップグループに入ることができません。別の記事で詳しく扱いますが、TIMSSでフィンランドのような成績を取ったら日本の保護者は怒り出すでしょう。そのぐらい低いレベルです。
フィンランドの学力には3種類の見方がある
教育の良し悪しは本来もっと多角的に検証するべきことなので、そもそもランキングに頼るということが情けないことだと思うのですが、"フィンランド教育スゴイ論" は、ひとつの国際機関の、それも限られた時期のランキングのみに頼っています。
今年になってフィンランド政府が自国の教育を独自に評価したことで、フィンランドの子供達の学力の見方は、以下のように3種類あることになります。
① 「PISAによる見方」
2000年代、アジアの強豪国が参加してなかった頃に1位になったが、その後は下落
② 「TIMSSによる見方」
トップグループに入ったことはなく、日本よりかなり低いレベルで一定
③ 「フィンランド政府の見方」
1960年代から1990年代にかけて学力は上昇したが、それ以降は凋落
お分かりと思いますが、巷の "フィンランド教育スゴイ論" は、①の「PISAによる見方」から "その後は下落" を無視した上で成り立っています。ほとんど詐欺レベルなのですが、なぜか熱く感動的に語る人が多く、最も幅を利かせています。
多少冷静な議論だと、"PISAにおいても最近フィンランドの学力は低下している" 、と "その後の下落" を含めて解説する人がいますが、TIMSSの結果に言及する日本の教育学者や教育専門家はごく少数、というか、私は寡聞にして知りません。
そして今年に入って、フィンランド政府が自国の教育に関するとても否定的なレポートを出しました。フィンランド礼賛一辺倒だった教育学部やマスコミに、今後多様な観点から検証した冷静な議論が期待できるでしょうか?
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