音彌

小説を中心に、ときどきエッセイや書評、神社巡りの紀行文などを投稿しています。ツイッター…

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小説を中心に、ときどきエッセイや書評、神社巡りの紀行文などを投稿しています。ツイッター https://twitter.com/otoya2019

マガジン

  • 皐月物語

    小学六年生の男の子、藤城皐月くんの恋愛物語。

  • 執筆日記

    小説を書くにあたって考えたことを書き留めていこうと思っています。

  • 皐月物語 サイドストーリー

    小学生小説『皐月物語』のサイドストーリー。 主人公の藤城皐月以外の登場人物視点の物語や、本編の掘り下げ的な話をまとめてあります。

  • 神社仏閣探訪

    神社や仏閣へ訪れた時に思ったことや、訪れた後に調べたことなどを書いています。

最近の記事

いつかまた奈良で(皐月物語 153)

 法隆寺東院の四脚門を出た稲荷小学校の児童の行列は参道の石畳の上を歩いていた。築地塀と桜並木の間を同級生たちが列をなしている様子は壮観だ。最後尾から眺めていた藤城皐月は飛鳥時代の法隆寺で行われる法要に僧として参加しているような気分になった。  案内人の立花玲央奈の隣には神谷秀真が陣取っていた。ここから南大門に到着するまでの残された時間、皐月は玲央奈とともっといろいろな話をしたいと思っていた。だが、秀真にとってはこの瞬間こそが立花との一期一会になる。そう思うと、秀真の好きにさせ

    • 中宮寺の半跏思惟像は目の毒だった(皐月物語 152)

       法隆寺東院伽藍を出た6年4組の児童たちは修学旅行の最後の訪問先、中宮寺へ向かった。すると、2組の児童たちが入れ替わるように夢殿への参拝に来た。東院伽藍の廻廊にある入口と出口は少し離れているので、4組と2組の児童たちは言葉を交わすことができなかった。  藤城皐月は2組の児童たちの中に児童会と修学旅行実行委員の書記をしている水野真帆を見つけた。真帆は聖徳太子が好きで、夢殿に行きたがっていた。皐月はそんな真帆といろいろ話をしたいと思ったが、修学旅行が終われば真帆と話をする機会もな

      • 100万字達成

         『皐月物語』がとうとう100万字になった。  第1話を2020年12月18日に書き終えてから現在執筆中の第152話の途中でようやく100万字に届いた。  100万字は私の目標だった。文章修業だった。だが具体的な目的はなく、ただペースを保ちながら文章を積み上げていこうと思っていた。  まずは100万字を書いて、次の目標はその後で考えようと思っていた。  100万字を書いてみて、実際どうだったか。  文章は少しくらいはマシになったかもしれないが、深く考える余裕がないペースで書

        • 寂しいお寺(皐月物語 151)

           一人だけ先に大宝蔵院から出た藤城皐月はベンチがわりに座っていた基壇から玉砂利に降り、東院伽藍へ向かう石畳の参道へ出た。法隆寺の案内人の女子大生、立花玲央奈が皐月を追うようにやって来た。 「藤城さん、前島先生から体調を崩したって聞いたんだけど、大丈夫?」  立花が心配顔をしていた。前島先生も同じような顔をしていたが、皐月は立花に自分への強い気持ちを感じた。 「大丈夫です。前島先生も大げさだな。仏像や宝物を見て疲れただけなのに」  皐月にはどうして立花が大宝蔵院を出てまでここに

        いつかまた奈良で(皐月物語 153)

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        記事

          歴史の迷路に迷い、仏像の毒気に当たる(皐月物語 150)

           案内人の立花玲央奈に率いられて、6年4組の児童たちは他のクラスより短い滞在時間で西院伽藍を出た。スロープを下りて庭を左へ進むと、右手に手水舎と鏡池があり、立花はここで立ち止まった。 「今、みんなの正面にある建物は聖霊院といって、聖徳太子を祀る御堂です」  聖霊院には壁の代わりになる蔀戸が上げられていて、御簾が下りているという寝殿造の特徴が示されていた。ここでは御朱印を授与してもらえるようで、参拝客が何人か順番待ちをしていた。 「仏教にはいろいろな宗派がありますが、みなさんの

          歴史の迷路に迷い、仏像の毒気に当たる(皐月物語 150)

          法隆寺西院伽藍で見た同級生女子のアルカイック・スマイル(皐月物語 149)

           稲荷小学校6年4組の児童たちは法隆寺西院伽藍の南西の端にいた。これから拝観受付を通り、廻廊の中に入るところだ。児童たちの先頭には案内人の立花玲央奈がいて、最後尾には担任の前島先生がいた。藤城皐月と神谷秀真は前島先生のすぐ前にいた。 「先生は東大寺と法隆寺、どっちが好きですか?」  皐月の問いかけに前島は思い悩んだようだ。 「藤城さんは難しいことを聞いてきますね。そうだな……景観では東大寺、情景では法隆寺ってとこかな。違いはわかる?」  前島が敬語を使わないで話す時は先生では

          法隆寺西院伽藍で見た同級生女子のアルカイック・スマイル(皐月物語 149)

          法隆寺の南大門を抜けると飛鳥時代だった(皐月物語 148)

           稲荷小学校の児童たちを乗せたバスは10時50分に東大寺を出た。次の訪問先は法隆寺だ。この修学旅行では法隆寺が最後の訪問先となる。  藤城皐月のバスの席は教室と同じ二橋絵梨花の隣だ。バスの席決めを担任の前島先生から聞かされた時は何も感じなかったが、皐月は絵梨花と二人の時間が異様に多いことに今さらながら気がついた。 「東大寺、良かったね」 「そうだね。良かった」  皐月から絵梨花に話しかけた。クラスの男子で絵梨花に話しかけることのできるのは皐月しかいない。絵梨花はクラスでは高嶺

          法隆寺の南大門を抜けると飛鳥時代だった(皐月物語 148)

          離れがたい東大寺(皐月物語 147)

           修学旅行で東大寺を訪れている稲荷小学校の6年生たちは大仏殿を出た。ここでお土産を買ったり鹿と戯れたりする観光班と、二月堂や法華堂など仏堂や仏像を見学する勉強班に分かれた。  前島先生の率いる勉強班は二月堂裏参道を抜けて二月堂参籠所の前に出た。ここからは二月堂へ続く登廊だ。右手は芝の坂になっていて、その上に立つ二月堂を望みながら屋根付きの階段を上った。 「清水寺みたいだな」  昨日の京都観光で清水寺を訪れた藤城皐月は二月堂を見て、思わず感じたことが声から出た。 「そうだね」

          離れがたい東大寺(皐月物語 147)

          東大寺大仏殿と二月堂裏参道(皐月物語 146)

           東大寺中門の前にいた稲荷小学校の児童たちは興奮気味だった。社会の授業なんか好きではない子たちも、大仏のことはなぜか好きなのだ。いよいよこれから授業で習った奈良の大仏に対面することになる。  中門は入母屋造の楼門で、1716年に再建されたものだ。塗装の剥落した南大門と比べ、丹塗りの柱も白壁も保持されている中門は、南大門のように古色蒼然としてはいないが、清浄さが俗世と隔てる結界の役割を果たしている。  中門はくぐることができなくなっている。東大寺の中心堂宇、金堂(大仏殿)に安置

          東大寺大仏殿と二月堂裏参道(皐月物語 146)

          修学旅行の朝、東大寺の大仏よりも尊い女神(皐月物語 145)

           藤城皐月にとって朝6時の起床は造作もないことだ。完全に朝型の人間なのだ。いつも通り5時半に起きると、旅先の宿ではやることが何もなかった。洗面所で顔を洗おうと思い、エレベーター裏にある男性用トイレに行くことにした。  皐月の家とは違い、ホテルの廊下は明かりに照らされて明るかった。シンとした館内を歩いていると、妙な高揚感が湧き上がってきた。非日常的なのだ。旅をしているんだな、と思った。  トイレの前にカートが置かれていた。清掃中で使えないのかと思っていたら、ごみ袋を持った老人が

          修学旅行の朝、東大寺の大仏よりも尊い女神(皐月物語 145)

          修学旅行の夜(皐月物語 144)

           稲荷小学校の6年生130人は修学旅行で京都のホテル「つづれ屋」に宿泊している。夕食の時間になり、児童たちは5階の食堂に集まっていた。食堂は会議室よりも広く、小学校ならもう1校は呼べそうなほど余裕のある作りだった。  広い食堂には4人掛けのテーブルがずらりと並べられていた。会議室で行われた匂い袋作りの体験学習の時とが違い、座席の区画がクラスごと男女ごとに分けられていた。席順は決まっていなかったので、入室した順に席を詰めた。  藤城皐月と花岡聡が6年4組の男子の場所へ行くと、神

          修学旅行の夜(皐月物語 144)

          週一更新を断念

           小説『皐月物語』を毎週金曜日の午後に更新していましたが、体調不良により、今週の更新ができそうにありません。楽しみにしている人がもし一人でも居られましたら、ごめんなさい。  趣味で書き始めた小説です。趣味だからこそ執筆に入れ込んで、サイドFIRE がいつしか FIRE になり、生活に占める割合が大きくなっていました。  プロット段階では書く予定のなかった修学旅行関連の話を書くようになり、話が長くなってしまいました。失敗だとは思っておりません。書いていて楽しく、1話あたりの文

          週一更新を断念

          あなたの香りがほしい(皐月物語 143)

           修学旅行初日の班行動で藤城皐月たちは京都観光を終えた。皐月たちの班がホテル「つづれ屋」に着いたのは門限の3分前、16時27分だった。京都駅前の旅館街ということで、余裕だろうと思って時間ぎりぎりまで京都駅でお土産を見ていたが、そんなことをする児童たちは皐月たち以外にいなかったようだ。稲荷小学校の修学旅行生では皐月たちの班が最後のホテルへの到着だった。  つづれ屋の外観はビジネスホテルよりも地味に見えた。だが、玄関には黄金の切り文字表札で「つづれ屋」と大きく表示されていて立派な

          あなたの香りがほしい(皐月物語 143)

          東寺の立体曼荼羅を前にして神仏を見つめ直す(皐月物語 142)

           参拝客の少ない午後の東寺庭園は静謐に包まれていた。五重塔を背にした藤城皐月たち6人は南大門の正面にある金堂に向かって歩いていた。 「東寺って796年に創建されたんだけど、最初に建立されたのが金堂なんだって。空海が東寺に来た823年って、まだ金堂しかできていなかったんだ。案外しょぼかったんだね。伽藍のない境内なんて、まさにがらんどう」  伽藍が通じなかったのか、反応のなさに皐月は顔が熱くなった。 「がらんどうって、語源は仏教用語の伽藍堂だよ。中に何もなくて広々としているってい

          東寺の立体曼荼羅を前にして神仏を見つめ直す(皐月物語 142)

          小説なんて書いている場合じゃないかも

           ブラックマンデーである。  日経平均は31458.42円、前日比-4451.28円、前日比-12.40%。  7月11日の終値、42224.02円から-25.49%の下落。  今回の暴落がガチだとしたら半値にはなるだろうから、あと1万は下に行くかもしれない。オーバーシュートして、2万円割れもありうる。  押し目買いの好機かもしれない。でも、よくわからない。わかってたら全力で突っ込むけど。  今回の相場の急変動は1日1回の相場チェックで知った。その程度の取り組みだった。相

          小説なんて書いている場合じゃないかも

          東寺を駆ける皐月(皐月物語 141)

           伏見稲荷大社の参拝を終え、藤城皐月たち6人はJR稲荷駅に到着し、京都行き普通列車の先頭車両に乗り込んだ。ホームには多くの外国人がいたが、先頭車両まで来る外国人はあまりいなかった。  鉄道好きの岩原比呂志は前面展望を見ようと車両の一番前へ行った。比呂志一人分のスペースくらいは空いていたが、自分は見られそうにないと思った皐月は女子たちと一緒にいることにした。  車内は混みあっていたので、比呂志を除く5人はバラバラにならないよう固まっていた。背の低い二橋絵梨花は人に埋もれていた。

          東寺を駆ける皐月(皐月物語 141)