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コロナ渦不染日記 #77

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十一月三十日(月)

 ○朝、寝ぼけまなこをこすりながら、カーテンを開ける。目に入るのは青暗い空である。夜が明ける時間が、どんどん遅くなっている。冬が深まってくる。
 今朝の体温は三六・〇度。巣穴ちかくの気温は、十度をしたまわる。

 ○十一月も今日で終わり、明日からは師走である。
 二〇二〇年という、記録的な一年も、あとすこしで終わる。
 この日記は、山田風太郎『戦中派不戦日記』をモチーフにしているからには、まるまる一年は続ける予定である。したがって、年の切り替わりではなく、日記を書きはじめた日づけに戻ってきたところを一区切りとすることになるはずであるから、二〇二一年になっても、しばらくは続く予定である。

 ○林キキ『蛙化現象』を読む。

 異性の求めに応じることに抵抗感のない女性が、相手に心を開いた瞬間に、相手がカエルに変わってしまう――という現象が起こる物語である。泉鏡花「高野聖」に出てくる、(おそらくは)交わった相手を動物に変えてしまう妖女に似た現象であるからには、女性の魔性を描いた作品と考えるのが、読者としての読みであろう。坊木椎哉「ストライガ」(井上雅彦・編『ダーク・ロマンス 異形コレクション』)に登場する、他人の(性的な)欲望を暴走させる「属性」を持った人物も、この妖女のパターンとみることができる。
 作者の林キキ氏には、「文学フリマ」で直接お話をしたが、その際に聞いたことには、この物語は、氏が見た夢を元にしているという。ところが、そうして書いた小説に、タイトルをつけようと検索したところ、「蛙化現象」という言葉は、女性におおくみられる心理現象として、そのものずばりの呼称を与えられて、インターネット上で共有されているうえに、研究論文もあったということを知ることになった、ということだった。

[前略]
リプライやLINEのお便りを読みながら「この現象は一体なんなんだ…?」と唸っていたところ、リプライにて「好きな人ができても、その人から好意を向けられると、気持ち悪く感じてしまう現象について、『蛙化現象』という名前でアカデミックな研究がされているよ!」との情報をいただいたので、調べてみました。

すると、日本心理学会大会発表論文集の68巻に、藤澤伸介先生(跡見学園女子大学)の「女子が恋愛過程で遭遇する蛙化現象」という会議録があるとのこと。
[中略]
まず、蛙化現象という名前の由来については、グリム童話の「蛙の王様」というお話から取ったとのこと。
[中略]
会議録の詳細な内容については、正直図書館に行って読んでもらうと一番確かなんですけど、今回お話を進めていくために、僭越ながら大事だなと思うところをまとめさせていただきました。
興味のある方はぜひ論文集の方を読んでください。

○今回、筆者の先生が『蛙化現象』について書いたキッカケとしては、心理学の授業中、生徒に「好きな人ができても、その人から好意を向けられると、気持ち悪く感じてしまう。」的なことを言われ、専門書や一般書を調べてみたものの、詳しい記述を見つけることができなかったので、その出現率などを調べてみることにした。

○目的としては、交際経験のある女子の中で『蛙化現象』を経験したことがある人がどれくらいいるのか、また「蛙化現象」の経験のあるなしで、その原因の認知に差があるかどうかも併せて調べた。

○調査方法としては、筆者の先生が担当されている心理学の授業にて、蛙化現象の原因に関して可能性のある7つの説を紹介し、それぞれの説に対して賛否の程度を尋ねるアンケートを行った。

○結果として、まず、交際経験のある女の子の約7割が蛙化現象を体験したことがあるとわかった。

蛙化現象の経験者と、交際経験のない人とでは判断の傾向が異なり、交際経験のない人は性的嫌悪説(両思いになることで性行為が現実味を帯びるため、防衛機制として嫌悪感が発動する)の支持者が一番多かった。対して、蛙化現象の経験者は虚像崩壊説(理想的に見えていた偶像としての相手が、告白することでただの男性に成り下がり、魅力が失われ失望する)の支持者が一番多かった。

○蛙化現象の経験者と、交際経験のない人の両者ともに、2番めに支持されたのが接近速度説(徐々に親しくなりたいのに相手が急激に接近しようとしていることがわかり抵抗したい気持ちになる)だった。

○蛙化現象の原因として7つの説を設けたが、上記以外の説は両者ともにあまり支持されなかった。

○性交嫌悪説が蛙化現象の未経験者からなされやすいが、性交渉が受容可能な心的段階で、既に性体験が複数あっても、別の相手で蛙化現象が起きており、精神分析的解釈である性交嫌悪説は、成立しないことがわかった。

○今回の調査ではメカニズムに関するそれ以上の知見は得られなかったので、さらに明らかにしていく必要があるだろう。

――名古屋みさと「『好きな人から好意を向けられると気持ち悪くなる』蛙化現象を分析してみた」(『名古屋みさとのちょっとした話』)より。
太字強調は引用者)

 グリム童話「かえるの王様」では、みにくいカエルが王子に変ずるが、そこから引用されたという「蛙化現象」では、王子と思いさだめていた相手が、恋に落ちることでカエルに変わってしまう。
 つまりは、自己のなかでの相手のイメージが変化することなのである。みにくいカエルがすてきな王子に変ずるのも、すてきな王子がみにくいカエルに変ずるのも、すべて観測者の(身勝手な)主観のうちのできごとでしかない
 だが、その身勝手さは、誰の心にもあるものである。視点人物を男性におき換えれば、けなげなシンデレラをめとれば、いずれガラスの靴をはいたみにくいブタになり、みにくいブタがガラスの靴をはいていると知れば、けなげなシンデレラに変ずるといった具合であろう。
 しかし、『蛙化現象』がすばらしいのは、そのような心理がうちにあったとしても、それを即物的に描くことで、人の魔性を描くホラーにしたてあげたところである。物語とは、ある事実から着想し、その事実の重要なエッセンスを残して、まったく違う光景を描き出すことを美しいとするものだからだ。

 ○「かえるの王様」は、原題を「かえるの王さま、あるいは鉄のハインリヒ」といい、この副題に名前の出る「鉄のハインリヒ」とは、かえるになった王様の従者のことであるが、この「ハインリヒ」に注目して再話したのが、諸星大二郎「鉄のハインリヒ または蛙の王様」(『グリムのような物語 トゥルーデおばさん』)であった。

 こちらでは、カエルの王様は、カエルになってからも、人であったときも、みにくい王様であった。だから、金の鞠をついていた姫が求めたものは、王様ではなかったのである。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一四三六人(前日比-六三三人)。
 そのうち、東京は、三一一人(前日比-一〇七人)。
 月曜日に、新規感染者の報告数が減るのはいつもどおりであるが、それでも、都内は三〇〇人を残している。

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→「#78 個性という『呪い』」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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