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通訳 (その7)


     7

 きみはいったん大通りを離れ、ひとけのない路地に出る。多少遠回りになっても、彼らより先に〈神殿〉についたほうがよい、と考えた。
 きみは周囲をすばやく見回して、だれからも注意を向けられていないことを確認してから、肩の〈クローク〉を展開して、身にまとう。
 少し考えて、〈通訳〉も〈クローク〉のなかに抱き込んだ。
〈クローク〉が起動すると、きみは光学的に見えづらくなる。〈クローク〉の内側は、熱を遮断するので、気をつければ熱源探知にもかかりづらい。

 両足のサイバネテクスが、膝関節を逆に曲げ、きみは昆虫の跳躍で宙を舞った。
 木造の屋根に着地、すぐにそこを蹴って、次の屋根へ。
 このときの跳躍の頂点で、周囲を捜査したきみは、〈村〉と旅団逗留地のあいだに電磁障壁が張られているのを見る。いや、そこだけではない。海側をのぞいて、〈村〉の三方が、電磁障壁で覆われているのだ。
 これでは、短距離の通信であっても、通信精度はいちじるしく下がる。同時に、物理的な通過も、難しくなっているだろうと思われた。
 きみは、屋根から屋根へ飛びうつりながら、自分に与えられた任務を遂行するための優先順位を考えはじめる。補助脳に秘匿されていたメッセージが展開し、

(1)〈まつり〉の秘密をあきらかにすること
(2)〈神殿〉に潜入すること
(3)〈恩恵〉の仕組みをつかむこと
(4)〈神殿〉を破壊すること

 という文言が再生された。

 現状で遂行可能なのは、もはや(1)と(4)だけだろう。(2)は物理的に不可能だ。〈醜男〉の戦闘能力がどれほどのものかはまだまだ調査不足だし、それにはバックアップが必要だ。(2)が果たせなければ(3)も難しい。潜入、調査、脱出を短期間のうちに行わねばならない。ほんとうに、前任者が失踪したのが惜しい。やつはいまどこにいるのか。

 きみはそんなことを考えながら、〈神殿〉に近い路地に降りたった。少し考えて、両膝の関節を戻し、〈クローク〉を肩に収納した。左手の指先に毒針を装填する。ここまでの旅の途中に十本ほどを費やしたから、残りは三十本前後。万が一、正体がばれたとして、これと〈クローク〉があれば切り抜けられないことはないはずだ。きみはそう考える。そして、なに食わぬ顔をして、〈神殿〉をとり囲む人だかりに紛れこんだ。
 もちろん、ばれずにここをたち去るのが一番だ。来年もある。別の者が来てもいいし、顔を変えてもう一度自分が来てもいい。だが、それは危険かもしれない。前任者は二度目で姿を消した。

〈神殿〉の前の広場には、祭壇が設けられていた。真新しい切り口を見せる、木でできた美しい祭壇には、人ふたり分くらいの高さだった。カゴに山盛りのパン、野菜、魚、家畜の肉、素焼きの壺が置かれている。
 その横に〈神官〉たちがいた。体毛を剃り、黄色いガウンに身を包んだ彼らは、この日にしか姿を表さないと聞いていた。

 では、いよいよ〈まつり〉が始まるのだ。

 きみはなるべく近くで〈まつり〉を見ようと人だかりをかき分けて進んだ。
 海側からあのフレーズが聞こえた。〈醜男〉と棒がやってきたのだ。
 きみは飛びあがって見たいのをこらえ、すこしずつ人だかりをかきわけて進んだ。

 人だかりに歓声の波が起き、きみの周囲にも到達する。
 きみはどうしていいのかわからず立ちつくした。
 やりすごすのが懸命だと結論づけたときには、歓声は止んでいた。ばしゃ、ばしゃと水音がし、次いで、信じられないことに、きみは拍手の音を聞いた。

 それが拍手だとはすぐにわかったが、まさか〈村〉の人間たちが拍手をするとは。互いに触れて、意思を伝えあうために使う手で拍手をするとは。
 きみは驚きながらも人だかりをかき分けて進んだ。

 やがて、〈醜男〉たちと〈巫女〉たちが見えてきた。
〈醜男〉たちは、祭壇の左右に分かれて整列し、木桶から水をかぶっていた。排泄物の混じった汗を流し、同時に水分補給をするためだろうか。
〈巫女〉たちは、祭壇の前で、二列に分かれ、等間隔に整列していた。ちょうど、最後の〈鳥居〉から祭壇へ、そしてその向こうの〈神殿〉へ、道を作るようにして。

 きみの頭脳が、生まれつきの脳と、〈サイバー〉によって接続される補助脳が、あるおぼろげな考えを推論しつつあった。
 これは道だ。何かが通る道だ。コイルによって誘導されるものがある。それが海から〈神殿〉へ向かう。そのタイミングは、おそらく、年一回。
 だがそこから先はまだまとまらず、バラバラの想念のまま、かえってきみの思考を惑わせる。
 だがなぜ年一回なのか。船か? それとも飛行機械か? はたまた、それは目に見えないなにかか。前任者はこれを掴んでいたか? もしそうだとしたら、やつはどこへいった? 今どこにいる?
 きみは混乱している自分を感じた。〈サイバー〉に命じて、思考を補助脳に委ねた。きみが思考を止めているあいだに、補助脳がこれまでの調査結果と知識をつきあわせて推論してくれるはずだった。きみは〈儀式〉に集中した。


つづく


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