通訳 (その8)
8
ドン。打楽器が打ち鳴らされたのを最後に、辺りはしんと静まりかえった。
〈神官〉たちが〈神殿〉を振りかえり、頭を下げた。うちの一人が進みでて、ガウンの胸元から一巻の紙束を取りだした。するすると展開し、そして、朗々と読み上げ始めた。
Kashikomi kashikomi mousu.
Kono kandoko ni aogi-matsuru,
kakemakumo kashikoki,
AMATERAUS O-mikami,
UBUSUNA no O-mikami,
no o-mae o orogami matsurite,
kashikomi kashikomi mo mousaku,
O-kami tachi no hiroki atsuki Mi-megumi o katajikenami matsuri,
Takaki To-toki Mi-osie no mani mani,
nao tadashiki Ma-gokoro mochite,
Makoto no michi ni tagau koto naku,
Oi motsu waza ni hagemashime tamai,
Iekado takaku Mi-sukoyaka ni,
Yo no tame Hito no tame ni,
Tsukusasime tamae to
kasikomi kasikomi mousu.
〈神官〉の呪文は、太陽光に照らされた〈神殿〉の漆黒の鱗を震わせるかと思われる大音声だった。
一瞬の静寂。
ドン。再び打楽器が打ち鳴らされた。
ここできみははっと気を取り戻す。
思わず聞き入ってしまっていた。自分をそうさせたものはなんだろうか、ときみは考えてしまう。まさか、これは神秘的な、霊的な、迫力というものなのだろうか。〈神〉だとでもいうのか。ばかな、そんなものがあるはずがない。
きみがじりじりと見守るうちに、〈神官〉たちが祭壇を降りた。彼らが、一歩階段を降りるごとに、打楽器が打ち鳴らされる。ついに、彼らが素焼きのかけらのうえに降りると、打楽器はすばやくバラバラと打ち鳴らされ、彼らの足音を消した。
ヒョオーッ、と笛が高い音を出した。打楽器が続いた。
笛のリードに合わせて、〈巫女〉たちが舞いはじめた。洗いざらしのガウンをひるがえし、くるくるとその場で回転する。頭に巻いた布に差していた枝を、両手に持ち、さっ、さっ、と空を切る。
それらの動きを、全員が一瞬のずれもなくおこなうようすを、きみはただ唖然と眺めている。
彼女らの舞は、統制が取れており、美しいとすらいえる。だが、その美しさは彼女たちの生まれ持った肉体と、生きるなかで身についた技によるものだ。彼女たちは〈サイバー〉で同期しているわけではない。〈村〉の人間は〈サイバー〉を用いない。では、修練によってこんな動きを可能にしているのか。それを可能ならしめている彼女たちの、〈村〉の信仰とはそれほど強いものなのか。
きみは唖然としながらも、彼女らの舞を記録し続ける。視覚情報を、聴覚情報を、皮膚センサに感じる大気の状態を観察し続ける。どんな小さな変化も、もらさない。そして生きてこの情報を持ち帰るのだ、〈都市〉に。
だが、それは不可能だ。
きみはある音を聞きつける。聞き覚えのある音だ。
鳴き声。
〈巫女〉たちの鳴き声だ。
きみは音の発生源を特定しようとする。すぐにわかった。
音は海の方からやってくる。
それもすごい速さで、重なって。
〈巫女〉たちの、弦楽器をきしませるような鳴き声は、輪唱となって大通りを駆け抜け、その間にも、彼女たちは舞い、打楽器は彼女たちの輪唱に合わせて変化し、笛の音は輪唱にリードの座を明け渡し、海からコイルの電磁誘導に導かれてやってきた何かが〈神殿〉の黒いパネルに吸い込まれる流れが今年もつながったとき、きみは全身に熱を感じる。
耐え難い熱さ。
〈サイバー〉がきみの脳に警告を発する。きみの体じゅうの、〈サイバー〉とサイバネテクスをつなぐ人工神経回路が熱を発している。
きみはあわてて脱出しようとするが、きみの体はいうことをきかない。〈サイバー〉が機能停止し、きみは意識を失い、その場に倒れる。
次にきみが目覚めたとき、きみはもうすでに以前のきみではなくなっていた。
全身のサイバネテクスをとり外され、生存に必要な器官はすべて〈村〉の生命維持装置に繋ぎかえられていた。感覚器官も外されているから、きみは身動きが取れないばかりか、きみの体の外がいまどうなっているのか、わかりようもなかっただろう。
でも、きみはそうは感じない。
なぜならきみは〈あの世〉に接続されているからだ。
といっても、それはきみのなじみの〈あの世〉、きみの生まれ育った〈都市〉の〈あの世〉ではない。
わたしたちの〈あの世〉だ。
今まで、きみが見てきたのは、きみの過去だ。きみが使命に失敗した瞬間に至る半日の記録。それを再現して見せた。
ここではわたしははじめてきみに挨拶をしよう。
はじめまして。
わたしはずっときみを見ていた。監視していたといってもいい。
いつからか、ときみは聞くだろう。
最初からだ。
きみがこの村に入り、見せかけの武装を解除し、〈儀式〉を見るためにやってきたと、嘘ではないが、真実からはすこし隔たった理由を告げて、一週間の滞在を許可され、〈通訳〉を受け取った、あのときから。
【つづく】
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