見出し画像

通訳 (その9)


     9

 そう。
 あの〈通訳〉が、わたしだ。

 きみはただの箱だと思っただろう。きみの〈ささやき〉を受けとめ、上部パネルの動きに変換する、それだけの機械だと。
 そうではない。
 あのなかに、わたしはいた。

 わたしは、きみを監視していた。
 きみが〈ささやき〉を送るために接続しているあいだ、きみが寂しさのあまり、必要のない瞬間にも接続を維持しているあいだ、わたしはずっと、きみの思考を監視していたのだ。

 なぜか、と聞くだろうか。
 もうわかっているだろう。

〈村〉は、〈都市〉が、スパイを送り込んでくることなど最初からお見通しなんだ。好奇心旺盛な〈都市〉、なんでも知らなければ気が済まない〈都市〉は、〈神殿〉の秘密を知ろうとする。〈電池〉の〈恩恵〉に払う対価のない〈都市〉は、〈村〉を襲って〈恩恵〉の秘密を手に入れようとする。すべてを支配しなければ落ち着かない〈都市〉は、〈村〉ごと〈電池〉の供給源を破壊しようとする。そんなことは、〈議会〉の〈賢人〉でなくてもわかることだ。

 そこで、〈村〉は、旅団を使って情報をばらまき、各〈都市〉を対立させた。きみが、ここにくるまでに知っていた〈村〉の情報は、ほとんどが嘘だし、きみの故郷以外の〈都市〉に関するうわさも、半分が嘘だ。
 きみは気づかなかっただろうか。〈都市〉が孤立している以上、〈都市〉が得る情報は、基本的に、〈村〉を通るものだと。

 そう、それはきみ個人についても言えることだ。この〈村〉にやってきてから、きみは寂しさのあまりほとんどの時間を〈通訳〉、すなわちわたしと接続してすごしていた。きみが〈ささやき〉を放つとき、きみの思考は無防備になった。きみが〈通訳〉によって翻訳された、〈村〉の住人からコミュニケーションを受け取るときも、きみの思考は無防備になった。そこにつけこまれ、きみの〈サイバー〉と補助頭脳は、わたしの〈サイバー〉の支配を受けていた。情報を制限され、思考をブロックされていた。きみが得られた情報は、そう、今きみが知覚しているような、テキストベースの会話に、おさまる程度のものだっただろう。

 なぜそんなことができるのかだって。

 もう気づいただろう。
 わたしは、きみの前任者だ。

 きみと同じ〈都市〉からやってきて、そうだ、〈都市〉を裏切り、〈村〉についた。

 きみらの手口はお見通しだよ。〈サイバー〉の構造も、補助脳の裏口の鍵も、わたしにはおなじみのものだ。きみの体の構造も理解している。わたしもそうだからね。そうでなければ、どうしてあんな小さな箱に、収まれるというのか。

 どうして〈都市〉を裏切ったか、気になるんだね。

 きみと同じだよ。

 あの〈儀式〉の現場に居合わせたまではよかったが、〈儀式〉が始まったそのときに、全身のサイバネテクスが破壊された。生き延びるためには、〈村〉の要求を飲むしかなかったんだ。一年後、〈儀式〉の日にやってくるであろう〈都市〉のスパイを監視し、妨害し、可能なら嘘の情報を持たせて〈都市〉へ帰還させること。そして、最悪の場合、こうして最後の話し合いをすること。
 そういう要求を、わたしは飲んだんだよ。

 あの〈儀式〉を守る必要があるんだ。あの〈儀式〉のなかで、真に必要なのは、誘導コイルを起動させることと、電磁波が海上の誘導コイルに照射されてから、それが途切れるまでの時間を〈巫女〉の喉によって認識すること。
 だが、それ以外の部分も、〈儀式〉としてのイメージを保ち、〈儀式〉の事実を見えにくくさせるために必要なのだ。まさか、たまたま生き残っていた旧時代の太陽光発電衛星が、修理ボットのサポートを受けながら、今も、衛星軌道状を周回し、集光発電を行い、条件が整う時が来ると、電力を電磁波に変換して、洋上に建設されていたレクテナ変電プラントへ送電していたのを発見したことから、この〈村〉が作られたなどとは、想像もつかないだろうし、想像もさせないことが必要なんだ。

 そう、きみのサイバネテクスを破壊したのは、コイルに誘導されて海から〈神殿〉へ進んだ、電磁波の流れだ。〈都市〉のサイバネテクスは、そうした防御を怠っていた。〈都市〉の中では、それでいいかもしれない。だが、ここでは、〈儀式〉の場では通用しなかった。それは、わたしが、身をもって知ったことでもある。もっとも、それを伝えることはできなかったし、伝えることをやめたのは、さっき伝えたとおりだ。

 もっとも、さっき話したこの村の成り立ちだって、本当のことかどうかはわからないよ。
 今きみが、そしてかつてわたしが、この〈村〉の〈あの世〉に接続されていた、ここ、〈神殿〉地下の変電プラント兼バイオテクス研究用兼、医療用施設だって、かつては〈都市〉だったのかもしれない。少なくとも、〈村〉が〈村〉として、年に一度〈神殿〉に蓄えられる電力を他の〈都市〉に〈恩恵〉として施すようになった、第一世代の人間に、わたしは会ったことがない。〈神官〉たちは、〈醜男〉と同じく、儀式のためにバイオテクスで合成された存在だ。用事が済めば分解され、家畜の飼料になる。彼らは、過去のことなど知りようもない。

〈議会〉かい。この〈村〉には、〈都市〉のように、不死の人格によって、共同体を運営する機構は、ないんだ。生まれては死んでいく、生身の人間たちが、代々役目を受け継ぐことで、空と、海と、大地との赦しを反故にしないよう、運営されているんだ。
 そういえば、きみも言っていただろう。〈村〉はこの地上にしっかりと根づくことを赦され、また、その赦しに応え、赦しを反故にされないよう慎重に生きているのだ、と。

〈神殿〉はまさに、そうした赦しの産物だ。旧時代、たくさん衛星軌道場にあったであろう太陽光発電衛星のうち、生き残った一つが、いまも地上に送電してくれているのが赦しならば、そこにレクテナ変電プラントが残っていたのも赦し、近くの〈村〉が生存に適した環境を保っていたことも赦し、各〈都市〉と〈電池〉への〈恩恵〉による共存体勢と、情報操作による各〈都市〉間の地政学を〈村〉存続のために使うことができたのも、この地上の赦しなんだろうと、そう考えることができないか。

 さて。

 ここまで聞いたからには、きみはわたしの質問に答えるしかない。

 すなわち。

 きみもわたし同様、〈村〉につくか。
 それとも、ここで一生を終えるか。

〈村〉につけば、年に一度の仕事以外は、基本的に〈あの世〉に接続され、この生体脳が滅びるまで、安楽に暮らすことができる。もし望めば、〈醜男〉のボディを貰える。そうすれば、あのパンもビールも、好きなだけ味わえる。それだけじゃないぞ、実際にあれを作ることもできる。
 わたしも一度やってみたが、なかなかうまくいかない。
 でも、きみも楽しめるかもしれない。
 もっとも、〈醜男〉のボディがなくとも、〈通訳〉のボディになれば、あの上部パネルを用いてコミュニケーションは可能だ。あの〈鯛〉とも、それ以外の人間とも。人々に感謝されて生きるのは悪くない。〈ボット〉じゃないぞ。生きて思考する人間とコミュニケーションがとれるんだ。

 さあ、どうする。

 もっとも、きみがどちらを選ぶか、わたしはだいたい想像をつけているんだけど。


【おしまい】


いただきましたサポートは、サークル活動の資金にさせていただきます。