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コロナ渦不染日記 #72

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十一月十四日(土)

 ○朝から姪うさぎがむずがっていたので、相棒の下品ラビットと交互に抱いて、あやしていた。
「こいつ、重たくなってないか?」
 と、下品ラビットが言うので、体重計に乗せてみると、三八〇〇グラムを超えていた。はじめて、巣穴にやってきたときは、二六〇〇グラムほどであったから、この一か月あまりのあいだに、ちゃんと成長したものといえる。

 ○昼前に巣穴を出て、どうぶつマッサージにむかう。担当のマッサージ師さんに、「ふだんと雰囲気が違いますね」と言われたのは、ぼくがスーツ姿ではなく、デニムパンツとTシャツのうえにパーカーを羽織ったかっこうだったからである。ちょうど、ユニクロで買った、『2001年宇宙の旅』のTシャツを着ていたので、映画の話になった。マッサージ師さんは、『2001年~』を見たことがなかったというので、おすすめしておいた。


 ○マッサージですっきりしたので、気分がよくなり、駅前の、有名なラーメン屋に並ぼうかと足を運んだものの、週末であるからか、長蛇の列ができている。すぐさま、あきらめて駅へと戻る道すがら、あたらしい蕎麦屋ができているのを見かける。おなかも減っていたので、よく考えずにのれんをくぐった。
 店内は、カウンターに三席、二人がけのテーブルがひとつ、四人がけのテーブルがふたつと、けして広くはない。しかし、こざっぱりして雰囲気のいい店である。カウンターにとおされると、三席あるうちのまんなかに、人間の、初老の男性が座っている。ちょっと考えて、彼の右隣に座ったのであるが、すると、隣の男性がこちらを見て、
「席、移りますね」
 と声をかけてくれた。時世をかんがみて、気を利かせてくれたものとみえる。丁重に礼を述べたところで、ぼくにはお冷とおしぼり、男性にはビールと天ざるが運ばれてきた。男性がコップにそそぐビールの泡を見ていると、ビールもいいな、という気がしたが、次は美容室でトリミングであるから、ビール一本では酔っぱらいなどしないけれども、ひかえておくことにして、海老天とろろぶっかけそばを注文した。

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 海老天は、見てのとおり小ぶりであるが、さくっとした衣と、ぷりぷりの身が、きゅっとしまったコシのある蕎麦によくあう歯ざわりである。添えられたとろろは、メニューを見ると大和芋であるということで、口にふくむと、強い粘りを舌に感じた次の瞬間には、すっととろろの香りがたちのぼる。小ねぎのざくざくした触感もここちよく、これでは箸がとまらないが、いそいで味わうにはもったいない。しいてたっぷり咀嚼した。
 蕎麦湯を注ぎ、わさびをといたつゆを飲んでいると、次々とお客がやってきた。そそくさと店を出た。

 ○町へ移動し、トリミングのあと、たばこの吸える喫茶店で、四時間ばかりぶっつづけで原稿を書いた。最近は、たばこの吸える喫茶店が少なくなって、この店は貴重な憩いの場である。

 ○帰りに、ふらりと立ち寄ったブックオフで、朝松健『完本 黒衣伝説』を手に入れる。

 伝奇ホラーの名手である朝松健先生は、かつて、国書刊行会の編集者であられたときに、実践魔術の本を何冊も企画、出版された経歴を持つ。そんな先生の、編集者時代をあつかった、実録オカルトホラーを、読みたいと思っていたのだけど、なかなか見つけることができずにいた。こういう出会いは貴重である。一も二もなく手に取って、レジへむかった。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一七三七人(前日比+三三人)。
 そのうち、東京は、三五二人(前日比-二二人)。

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十一月十五日(日)

 ○朝から姪うさぎのおむつを替え、抱っこして小一時間あやす。
「見ろよ、こいつ、勝新に似てるぜ」
 下品ラビットが、むずかる姪うさぎに顔を寄せながら言った。見れば、たしかに、『座頭市』の勝新太郎に似た顔をしている。
「『兵隊やくざ』で、勝新は美少女枠だったろう。あれは、勝新が、赤ん坊の顔をしているからかもしれないぜ」
 そう言って、にやにやと笑っている下品ラビットは、完全に叔父ばかと化している。ぼくも、勝新の声まねなどをしながら、姪うさぎの背中をたたいてやった。

 ○大沢祐輔『スパイダーマン/偽りの赤』を読む。

 日系の少年を主人公にすることで、日本の読者むけの作品としての入り口をスムーズにするだけでなく、「主人公がスパイダーマンではない=スパイダーマンになりすますことになる」展開が、逆説的に「スパイダーマンの本質」を描くことにつながっているのが素晴らしい。傑作アニメ映画『スパイダーマン:スパイダーバース』を見ればわかることだが、「スパイダーマンの本質」は、スーツでも、ウェブシューターでも、ピーター・パーカーでもない。もちろん、マイルズ・モラレスでも、グウェン・ステイシーでもない。「誰かのために、自分がその時できることをしようとする」気持ち、「利他性を持つ責任感」こそ、スパイダーマンの本質なのである。間違いなく、大傑作である。

 ○『偽りの赤』が、あまりにも傑作すぎたので、『アメイジング・スパイダーマン2』の、ラストだけを見てしまう。

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 二作まとめて、あまりできのいい映画とは思わないが、このラストはいつ見ても、涙が流れるのを禁じ得ない。前述の、「誰かのために、自分がその時できることをしようとする」気持ちを、主人公だけでなく、幼い男の子も表しているからである。そして、そのとき、彼もまたスパイダーマンであるからである。

 ○夜、下品ラビット、イナバさんと、行きつけの飲み屋「たまい」で、今年初の鍋をした。

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 この店の鍋は、三、四人前で一六〇〇円と、すさまじいコストパフォーマンスである。鍋の前に肴をつまみ、一匹につき、二杯ずつ飲んで、〆にうどんを食べれば、おなかいっぱいになって、これで五〇〇〇円くらいで済んでしまう。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、一四四〇人(前日比-二九七人)。
 そのうち、東京は、二五五人(前日比-九七人)。



→「#73 第三波」



引用・参考文献




イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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