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コロナ渦不染日記 #49

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九月五日(土)

 ○一日中、原稿をしている日であった。朝から夕方までずっとパソコンにむかっていて、席を立ったのは、お昼ご飯にと百点満点チャーハンを作ったときと、コーヒーのおかわりを注ぎにいくときくらいであった。とうぜん疲労感も濃いが、満足感もおおきい。

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「百点満点チャーハン」は、「百点満点料理」の一種である。「百点満点料理」とは、常に百点満点の評価がくだる料理で、その理由はシンプル、作るうさぎと、食べて、評価するうさぎが同一うさぎなのだ。つまり、ぼくが、ぼくだけのために、ぼくが食べたい料理を作って食べるのが「百点満点料理」なのである。
 今回の「百点満点チャーハン」は、ツナ缶とネギと大葉で作った。卵をからめた冷やご飯を、ツナ缶の油で炒め、塩こしょうで味つけ。刻んだネギと大葉をちらし、紅ショウガをのせる。ツナと大葉の組み合わせも、炒める前に卵を絡めておくのも、ぼくの好みである。したがって、今回も百点満点のチャーハンであった。

 ○夕方以降は、Zoom飲み会に物理飲み会をはしごする。Zoom飲みは、なかなか会えない人々と、画面越しではあるがお酒を酌み交わせるのが楽しい。物理飲みは、例によって例のごとくなメンツであるが、そのおなじみ感がよい。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五九九人。
 そのうち、東京は、一八一人。

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九月六日(日)

 ○午前中はだらだらし、午後は出かける。クリストファー・マクドゥーガル『BORN TO RUN 走るために生まれた』と、原民喜『夏の花』を手に入れた。

 メキシコの人里離れた秘境に住む、「走ること」を生きることとする民族をとおして、「人が走るとはどういうことか」を語る(らしい)『BORN TO RUN』も、一九四五年八月六日に広島で被爆した詩人の手による小説『夏の花』も、人から勧められたものである。こういうものは、ふだん、好き放題に読んでいては、なかなか手を伸ばさないものであるが、経験として、こういうものほど「面白い」ものである。楽しみにする。

 ○夜。冴木忍『思い出はいつまでも』を読む。

 長かったようで短い、〈卵王子〉カイルロッドの苦難の旅も、ここで終わる。この世にあまねく偏在する《神》のごとき《あの方》、その《一部》が世界を滅ぼそうとするのを、命をかけて止めなければならない、運命の子であったカイルロッドが、おなじく《あの方》の力を受け継いだ存在である、というのは、ラヴクラフト「ダンウィッチの怪」の変奏曲のようである。「兄弟よりも人間の母に近かった」ウィルバー・ウェイトリーが、人間の世界で、人間として愛され、はぐくまれたら……という話と読むことができるのだ。つまり、これは「愛するということはどういうことか」「愛されてはぐくまれるとはどういうことか」という物語であるとどうじに、「人は簡単に他人を愛さなくなってしまう」ことの物語でもあるし、「そうした悲劇を繰り返す世界で、喜びもまた繰り返すのだ」という物語でもある。
 かつて、このシリーズを最初に読んだとき、ぼくは中学生だった。主人公カイルロッド同様、「自分も世界を愛することができるだろうか」と考えたものだ。そしていま、三度目の通読を終えて、ぼくは「もうひとりのカイルロッド」になっていた。
 この物語には、最初から、「カイルロッド」がふたり、存在する。その、もうひとりのカイルロッドは、主人公であるカイルロッドの苦難に満ちた旅を、なすすべなく見守るしかなかった。もう若くない、もうひとりのカイルロッドは、他人の人生が自分のものではないことを、すでに理解してしまっている。いま、まさに苦難の旅の途上にある、若きカイルロッドの時間が、自分にとってはもう過ぎ去った過去のなかにしかないことが、わかってしまっているのだ。
 それでもなお——あるいは、だからこそ——この物語のクライマックス、二百ページに迫る長さの戦闘シーンは、息づまるほどの緊迫感であるし、その果てに訪れる、「幸福な無名時代」の再来は、冬のあとにかならず春がくるように、希望に満ちたものに思えるのである。

「ああ、恐ぇ。だからな、どっかへ逃げちまいたい気もするんだが、そうなると寝覚めが良くねぇ。で、仕方なく踏み止まってるわけよ。何事もそんなもんさ。俺なんざ、その調子で三十年だぜ」
 自虐とおどけのまじった表情で片目をつぶり、
「なぁ、誰かのためになんて気負うこたぁねぇんだよ。気楽にいこうや、気楽によ。心構えなんていらねぇ。てめぇにできること以上をしようなんて、そんなこたぁしなくていいんだ。どう無理したところで所詮、てめぇはてめぇにできる限りのことしかできねぇんだからよ」

——冴木忍『思い出はいつまでも』より。

 思えば、はじめてこの文章を読んでから、ぼくはずっと、「どっかへ逃げちまいたい気もするんだが、そうなると寝覚めが良くねぇ。で、仕方なく踏み止まってる」のだった。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、四五一人。
 そのうち、東京は、一一六人。



→「#50 ニアミス」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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