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コロナ渦不染日記 #48

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九月一日(火)

 ○仕事中、ざっと強い雨が降った。冷房の効いた部屋にいたので、窓が白く結露するのを目の当たりにした。

 ○アメリカの俳優「チャドウィック・ボーズマン」が亡くなった。
 ぼくが彼を知ったのは、映画『ブラックパンサー』で、主人公のティ・チャラ/ブラックパンサーを演じたところからだった。明るく、気高く、「巨大な力を持つ国の王」という重責に押しつぶされそうになりながらも、それを放り捨てることなく立ちあがる、まさにヒーローにふさわしい人物を演じて、魅力と説得力のある人物と思っていた。だから、いま、『ブラックパンサー』撮影時には、すでにガンに冒されていたという報道を知ると、彼はほんとうにヒーローだったのだと思わざるをえない。
『ブラックパンサー』で、このヒーローにとっての影のような敵役を演じたのは、『クリード チャンプを継ぐ男』のマイケル・B・ジョーダンである。彼が、インスタグラムに、ボーズマンへの追悼文を載せていた。以下に前文を私家翻訳している。ご笑覧いただければ幸いである。


 ○本日の、全国の新規陽性者数は、六二三人。
 そのうち、東京は、一七〇人。


九月二日(水)

 ○仕事がうまくいく。手応えを感じられることはうれしいことだ。

 ○夜、石川喬司『魔法つかいの夏』を読む。

 表題作がすばらしい。「魔法つかい」というタイトルのなんともいえないかわいらしさと、版画とおぼしい表紙絵のあたたかみから、こんな感じだろうと予想していたものとは、正反対の物語だった。昭和五年生まれという、作者の実体験に取材したとおぼしい、太平洋戦争末期の日本を舞台にした超能力青春譚で、「大人になること」が避けられないものであるという実感への忌避が、超能力で「敗戦」を予知してしまうことと重なって、思春期の性と死への憧憬が語られるのは、神林長平『七胴落とし』につうじる。強い夏の日差しのなかでじっとりと汗ばむような、暗い青春譚であった。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五九五人。
 そのうち、東京は、一四一人。

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九月三日(木)

 ○仕事の難所を明日に控えて、緊張で頭がへんになりそうだったので、ジョージ秋山『戦えナム』全二巻を読んだ。

 ざっくりした江戸時代を舞台に、異国からやってきた武闘僧「アレキサンダー南無」が、指をボキボキ鳴らしながら悪党を徒手で殺していくバトルアクション時代劇である。動きが少なく迫力のとぼしいアクションと、そのかわりといってはあまりあるゴア描写、そして仏教的な「悪人正機説」を根底に持つあたりは、いかにもジョージ秋山氏らしい作品である。

 ○それにしても、ジョージ秋山氏は、「身も心もブサイクなブサイク」のデザインが、おそろしくなるほどにうまい。その白眉は『女形気三郎』の悪党達であるが、『戦えナム』も負けてはいない。

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 人間の欲の醜さ、おぞましさというものを、よく知っている作者であったのだろう。

 ○本日の、全国の新規感染者数は、六九五人。
 そのうち、東京は、二一一人。


九月四日(金)

 ○ハリネズミ先輩の助力を得て、仕事の難所をなんとか切り抜けた。晴れて週末である。疲労してはいるが、動物マッサージへとむかう足どりは軽い。

 ○冴木忍『やさしさは風の調べ』を読む。

「『卵から生まれた』王子の苦難の旅」という、なんとなくユーモラスな雰囲気のあるタイトルと、シビアで現実的な無常さを突きつけてくる物語のギャップは、シリーズ第一巻から感じられたものであるが、それがある種の極に達するのが、最終刊直前の第八巻、つまりこの巻である。「生まれた」ということは、つまり「母」がいるわけで、それこそこの巻のテーマであり、この物語が追求してきたテーマのひとつであるのだ。
 われわれ胎生の哺乳類は、基本的に母なくして生まれることはない。もちろん、「卵」で生まれる哺乳類もいて、有名なのはカモノハシであるが、この物語において「卵から生まれた」とは、「母なくして生まれた」ということである。だけれど、厳密に母なくして生まれる哺乳類はいないから、「卵から生まれた」主人公カイルロッドは、いるはずの母の不在を、ずっとこころに抱えて手放せずに生きてきた。だから、そうした彼の物語は、「母とはなにか」、「なぜ自分を生んだのか」——こういう自己を肯定する根底となる「もの」について、どこかで結論を出さねばならないし、それがひとつのクライマックスになるのである。
 そして、この巻では、そのクライマックスを見事に描ききった。「母」は「母」であり、それが「正しい母」であるか「間違った母」であるかは紙一重——というより、それは他者の判断でしかなく、それとても真なる判断でない、というところまで描いているからである。いわんや、愛や情をや、それが正しいか正しくないかは、判断するものにとって都合がいいかどうかでしかないのかもしれない。ただ、「それ」を求めてしまう気持ちがある。それだけである。

あぁ この果てない空の下で
何一つ間違わない人がいるだろうか

何故に たかが愛に迷い
そして たかが愛に立ち止まらされても
捨ててしまえないものが まだあるの
僕は たかが愛に迷い
そして たかが愛に立ち止まらされても
捨ててしまえない たかが愛

——中島みゆき「たかが愛」より。


 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五八七人。
 そのうち、東京は、一三六人。



→「#49 百点満点チャーハン」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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