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居酒屋の常連につくねを一本あげた【いわき小旅④】

いわき湯本温泉を満喫し、いわき駅にやって来た。前回の記事はこちら。

昨日は散々お店にフラれ続けたいわき駅前。今日の自分は違う。なぜならこの時まだ午後5時台。昨日の8時9時とは訳が違う。しかも今日は金曜日だ。このコンディションの中で居酒屋に入れないなんてことはきっとないはずだ。なんならちょっと人気のあるお店を覗いてみたっていいだろう。5時台に駅前にいる、というだけで不思議となんでもできそうな気になってくる。ただ飲みに行きたいだけなのに。


駅の階段を降りる前に、スマホで帰りの特急の時間を調べた。帰りの特急は午後7時18分。1時間半くらいは楽しめそうだ。


まず手始めに昨日フラれたもつ焼き屋さんに行ってみよう。入った時になんとなく店とおばちゃんの雰囲気が良さそうに感じたからだ。もう場所は覚えているから地図を見なくたって行ける。駅に一番近いコンビニであるミニストップも見慣れたものだ。そういえば東京だとミニストップが駅近にある光景はなかなか見ないような気がした。ミニストップはフードやデザートが豊富で回転が悪いから朝晩忙しなく客がやって来る東京の駅前は合っていないのだろうか。

ミニストップから歩いて1分ほどで目的のもつ焼き屋さんの前に着いた。相変わらず、外から中の様子を確認することはできない。だから開けて確認するしかない、というのも昨日学習済みだ。僕は店の扉を開けた。

中に入ると、厨房には昨日と同じおばちゃんが立っていた。おばちゃんは何やら作業をしている様子で僕が入って来たことにしばらく気づかなかった。席にはまだまだ空席があり、今日なら入れてもらえそうだ。と思った時、おばちゃんがこちらに気づいた。

「一人なんですけど入れますか?」

ここまで完全に昨日と同じ流れだ。果たしておばちゃんは昨日とまったく同じ客が来てまったく同じことを言っていることに気づいているのだろうか。時間が昨日に巻き戻ったと錯覚してもおかしくないような店内で、おばちゃんはこう答えた。

「あーすいません、今日は予約でいっぱいなんですよ〜」

思わず笑ってしまった。理由は違えど流れは昨日とまったく同じじゃないか。僕はとことんこのお店から呼ばれていないらしい。ひょっとしたら僕にとってこのお店は所謂高嶺の花なのかもしれない。次にいわきにやって来る時までに、僕はこのお店に入れるだけの男にならないといけない。というか予約をした方がいい。

「ははっ、そうですか〜」

と言いながら僕は店を出た。もう辺りは結構暗くなっていたので、店から出た時の風景も昨日とあまり遜色なくなっている。まだ6時近くだからかもしれないが金曜日の割には人出が多くなっているとかもなかった。


僕はもつ焼き屋さんを出て右に歩いた。たしか右に歩いた方が良さげなお店があった気がする、と昨日散々駅前を歩いた自分の記憶と嗅覚が足を運ばせた。歩き始めてすぐ、通りの角にひときわ目立つお店があった。目立つといっても、看板が大きいだけで店自体は質素な見た目をしている。ただ窓から店の中は見える。窓際では渋めなおじさんが口を閉じて串物を焼いている。この光景も、昨日見た。昨日覗いた時は席がいっぱいだったので入らなかったお店だ。今日はどうだろう。体を少しずらし、遠目でカウンターを眺める。空席がありそうだ。もしかしたらさっきみたいに予約でいっぱいかもしれないが、昨日歩いた中で印象的な店だったからこそ今僕はここで立ち止まっているのだ。入ってみよう。僕はお店の外観を写真に撮り、店の中に入った。

中に入ると、ちょうど女性の店員さんがカウンター席の客に料理を運んでいるところだった。カウンターを見ると、空いている席がある。外から覗いたとおりだ。入って左側には座敷の席が3卓ほどあり、地元の常連らしき人たちでそこそこ盛り上がっていた。

料理を運び終えた店員さんがこちらを見た。

「一名様ですか?」

そう聞かれた僕は「はい」と答えた。

「一名様でしたら、こちらのお席どうぞ」

店員さんはそう言って僕を席へ案内した。「でしたら」というところが気になった。二名だったら入れなかったということだろうか。このお店も本当は予約しないと入るのが難しいお店なのだろうか。何にせよ、今日は2軒目で入れて良かった。その安堵感を乗せた身体が丸椅子の上に収まった。


まずは卓上のメニューを眺める。店に入る前、ここは完全に焼き鳥屋だと思っていたが魚の料理も結構あるようだ。両隣に座るお客さんの前を見てみると美味しそうな刺身やネギトロがある。いわきは海が近い。海鮮系は選択肢から外せないだろう。僕はとりあえず飲み物だけでも注文しておこうと思い、生ビールを注文した。
その生ビールは注文するとすぐに現れた。やった。ビールだ。今回の旅行において最初のビール。それが帰りの特急の1時間前にようやく飲むことができた。メニューのことはいったん忘れて飲んだ。美味い。今日はたくさん歩いて温泉にも入った。それだからかいっそう美味しく感じる。ビールの旨みが身体中の細胞に染み渡るような感覚だ。正直このビールだけでも満足感は高い。この酒をさらに楽しませてくれるアテとなる料理達を頼もうではないか。僕はメニューを開き、気になった何品かを店員さんに注文した。

お通しでやって来たのはマグロの中落ち。すごい。マグロの中落ちがお通しだなんんて考えもしてなかった。食べてみる。柔らかくて水々しくて美味い。骨っぽさもない。さすが海に近い町といえる中落ちだ。このお通しでさらにビールが進む。

マグロの中落ち(お通し)

次にやって来たのは砂肝とごぼうの唐揚げ。僕は焼き鳥の中で砂肝はトップクラスに好きだ。そんな砂肝がゴボウとセットで唐揚げになっているというのを知り頼まない手はなかった。衣で覆われてはいるが中はたしかに砂肝。口に入れると薄い衣の向こうであの独特な食感が待っている。砂肝好きにはたまらない料理だ。薄くカットされて揚げられたゴボウもスナック感覚で美味い。またビールが進む。

砂肝とごぼうの唐揚げ ¥528

しかし次にやって来た料理で僕はとんでもない誤算をしていたことに気づく。次にやって来たのはこのお店のメインである焼き鳥。皿の上に乗ってやって来たのはつくねと砂肝だった。しかも2本ずつ。なんてこった。砂肝だらけじゃないか。砂肝は大好きなんだけど、はるばるやって来た焼き鳥屋さんならどうせなら色んな部位を食べてみたかった。どうして注文した時に気づかなかったのだろう。店員さんは気づいていたのだろうか。いやでも仮に店員さんが気づいていたとしてもだ、もさすがに

「あの〜お客様、このままだと砂肝まみれになってしまいますよ?」

なんてことは言えないだろう。僕はこの砂肝パラダイスを受け入れるしかなかった。まあ自分で注文したわけだし、何より美味しかったから良いのだけれど。

砂肝 一本 ¥187 つくね 一本 ¥187

砂肝に囲まれる中、僕はレモンサワーを注文した。揚げ物や串物とレモンサワーの相性の良さなど説明するまでもないだろう。串物は塩味が意外と控えめだったので卓上の一味唐辛子をぶっかけていただいた。美味い。そしてその後のレモンサワーがたまらない。
良い夜だ。一人飲みをするたびにほぼ毎回、良い夜だと思っている気がする。


側から見ればただの砂肝ラヴァーになっている僕の左隣では、50代くらいの夫婦が仲良く飲んでいた。2人がどんな話をしていたのかは聞き取れなかったが、そのお父さんが突然僕に向かって

「どこから来たの?」

と話しかけて来た。この時の僕は、やったぞ。いわきまでやって来てこれだけ美味しい酒と料理を嗜みながら、地元の人とお話しまでできる。なんて思って胸が高揚していた。僕は旅行に行った時はなるべく地元の人とコミュニケーションを取りたいと思っている。地元の人としゃべることで、その土地で生きている人の生の声を聞けるから。地元の人は皆、その土地で地元の人しか知らないようなお店や、その土地ではどんな生活をしているのかなど、ネットで検索しても出てこないようなことを教えてくれる。まあ時々何も教えてくれないこともあるけど、話を聞いているだけでも現地人の生活は垣間見えて来るし、今目の前で話している人が、自分にとって縁もゆかりもない場所で生きている人なんだ、って思えるだけでも話し甲斐があると思っている。

「あ、東京から来ました」

僕はこんな返事をした。僕にとっては普通の返事だが、向こうからしたら訛りも何もなく不自然に聞こえたかもしれない。お父さんは続けてこう質問してきた。

「ほ〜そうか。いわきに何しに来たの?」

お父さんは少し訛っている。この訛りを聞くだけでも現地人の血を感じられるようで嬉しい。僕は答えようとしたが、すぐに隣の奥様が

「観光?観光でしょ?」

と勢い良く入り込んできたので、本当は別の用事があっていわきに来た僕だったが

「はい、観光で来たんですよ」

と答えることにした。そこから2人と楽しく会話をしながらお互い酒を進めた。話を聞くと2人は小名浜に住んでいるご夫婦で、すでに60歳を超えているとのこと。最初に見た時は60代とはとても思えないような若さを感じたので驚いた。それもそのはず、2人はたまにテニスをやっているらしく、それが老いを遅らせているのかもしれない、と思った。


2人は割と僕に興味を持ってくれたようで、色々なことを聞かれた。仕事のことから恋愛のことまで幅広く質問が飛んできた。特に奥様が食いついて来たのは、僕の手についてだった。なぜ僕の手に奥様が食いついてきたのか、それは僕の手が綺麗だからだった。

「あなた、本当すごく手が綺麗だね〜」

飲んでいた時、このセリフを4回くらい聞いた気がする。正直嬉しい。そしてここで少し自慢話をするが僕の手は綺麗だ。こんなことを堂々と書ける根拠は、ズバリ今まで色んな人から言われてきたからだ。今回の奥様もそうだが、初めて会った人に手について触れられることは少なくない。中学生の頃、クラスの女の子から「手見せて」と言われることがたまにあり、僕は言われるたびに手をパーの形に広げて見せびらかしていた。さらには他のクラスの女の子がわざわざ僕の手を見に来ることもあった。この綺麗な手は、僕が何か努力して得たものではなく完全に親が作った賜物なのだが、手を見せている間はとても優越感に浸っていた。しかし当時その手をキッカケに女の子に何かアプローチなどはできなかった。振り返ると本当にだっさいなと思う。


僕の手が綺麗だからかは分からないが、僕は2人が頼んでいた白エビの唐揚げを少し食べさせてもらった。白エビの唐揚げはこのお店の人気ナンバーワンメニューだそうなのだが、なぜだかうっかり頼むのを忘れていた。いただいた白エビの唐揚げはパリパリサクサクでとても美味しかった。白エビをもらった代わりに僕は奥様につくねを一本プレゼントした。少し前に奥様がこのつくねを指差して

「その焼き鳥はなに〜?」

と言っていたからだ。あと正直1人で焼き鳥4本一気に食べるのは少ししんどいと思ったのもあってここでつくねを一本譲渡するのは僕にとってちょうど良かった。


レモンサワーを飲み終わったので、僕はお父さんに

「ここでオススメのお酒ってどれですか?」

と聞いてみた。2人はここの常連のようで、今まで何回もここに来ていると言っていた。「お兄さん、ここのお店選んで正解だよ」というセリフは3回ぐらい聞いていたのでオススメの地酒の一つくらい教えてくれるだろう。

「あ〜だったらね、これが間違いないよ」

お父さんが指差したのは、カウンターの上に置かれた焼酎が入った樽だった。樽には焼酎の銘柄が書いてある。読んでみると、「さくら白波」と書いてあった。僕はこれを見て、あれっ地酒を勧めるんじゃないんだ、って思った。どうせなら福島の地酒を飲みたいと思っていた僕は

「さくら白波って鹿児島の焼酎ですよね…?」

と聞いてしまった。お父さんは

「そうだよ、これが一番うめぇんだ」

僕は本当はいわきの日本酒が飲みたかったが、地元の人が勧めるのであればそれに従おう、と覚悟を決めた。僕はさくら白波をロックで注文し、お父さんと乾杯した。樽に書かれた文字をよく見たら「明治の正中」と書いてあり、さくら白波の中でも比較的見かけない種類の焼酎であることに気づいた。ぐっと飲んでみた。美味しい。とても味が濃い焼酎な気がした。普通のさくら白波では感じないような、舌を駆け抜ける濃厚なパンチがある。これを頼んで正解だったかもしれない。

「お父さん、これ美味しいですね」
「そうだろ、これがうめぇんだよ。本当アンタはこの店選んで正解だよ」

お父さんはよっぽどこのお店が気に入っているらしい。たしかにそう思うのも分かる気がする。今まで出て来た料理はすべて美味しかったし、後で頼んださんまの刺身や厚焼きたまごだって美味しかった。お父さんいわく、このお店は予約しないとなかなか来れないらしく、フラッと入れただけでもラッキーとのことだ。


さんまの刺身 ¥748と厚焼きたまご ¥418


ご夫婦と楽しく飲んでいたらあっという間に7時を過ぎていた。あと10分ちょっとで乗る予定の特急が来てしまう。僕は店員さんにお会計をお願いした。お会計を待っていた時、奥様が今日誕生日であることを知った。5000円弱の会計を終え、僕はご夫婦と「来年もここで会おう」と口約束を交わし、ご夫婦と店員さんの温かい視線を背中で感じながら店を後にした。


お店からいわき駅までは、歩いて5分もかからない。いつもよりもゆっくり歩いて駅前の景色を見納めたかったがこの時僕はトイレに行きたくて仕方がなかった。早足で駅の階段下にあるトイレに入って用を済ませた。トイレに向かうまではトイレのことで頭がいっぱいだったので途中の景色はあまり覚えていない。トイレから出て、階段を登る。登り切った後、駅前の街を見下ろした。2日にわたって僕を楽しませてくれたいわき駅前の街並みが、昨日よりも輝いているように見える。もちろん地方の駅前だから東京の駅前のような人だかりや盛り上がりは感じないけど、空に浮かぶ何かが、

「いわきは楽しかったか?」

とこちらに手振りながら言っているように見える。その背筋はピンとし、胸は張っている。自分のもてなしに誇りを持っているような出立だ。

「楽しかったよ、ありがとう」
「次はすぐ店に入れてくれよな」

いわき駅の改札を抜け、ホームに降りた。夕方のホームで見かけたような高校生たちがまだ何人か電車を待っている。特急がやって来た。彼らは特急には乗るはずもない。窓の向こうで笑顔ではしゃいでいる彼らを置いて特急は走り出した。窓の外の灯りたちはすぐに見えなくなった。



東京に戻ると、煌々とコンクリートを照らす光と急激に増えた人の数が僕をお出迎え。僕は急ハンドルで現実に引き戻された。駅を出ると雨が降っていたので僕はリュックに入れていた折り畳み傘を差して歩き出した。少し歩くだけで賑やかなお店が何軒も目に入る。どのお店に入っても歓迎させてくれそうな気がした。東京は本当に便利な街なんだな。こんなに便利な街なのに、なぜ帰って来るとちょっとだけ嫌な気分になるのだろう。そんな小難しいことを考え始めたところで、雷が鳴り始め、雨が急に強くなった。雨量は折り畳み傘で防げるキャパを完全に超えており、旅の思い出を振り返る余裕さえ与えてくれなかった。


びしょびしょの体で家に着いた。シャワーを浴びた後、椅子に座りながら今回撮った写真を見返した。よく見たらほとんど食べ物の写真だった。思い返せば飲食店ばかりに行っていたな。次にいわきに行った時は、山や海といった景色をもう少し楽しむことにしよう。


山や海には、さすがにフラれることはないだろう。



いわきの旅行記はこれで終わりです。


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