男1人でタルトを食べていたら隣のおば様から軽蔑された話
みなとみらい。
中華街と並びハマっ子が雄叫びをあげるザ・横浜の観光地の代表だ。元町は東京とは違ったオシャレで上品なショッピング街であり、お金を使って良いショッピングをしようというお客さんやウインドウショッピングを楽しむ観光客で溢れている。僕もかつて元町のKitamuraで財布を買ったことがある。町の雰囲気がそうさせるのか元町で買い物を楽しむ奥様たちはみな社長夫人のように見えてくるのも元町の特徴だと個人的には思う。
そんな元町のメインストリートから一本入った路地裏に「Cafe de lento」というカフェがある。7月のある日、僕はこのカフェに行ってきた。
メインストリートと違って元町の路地裏は人通りが少ない。加えてこのカフェは店の外から店内の様子が暗くてよく見えない。だから人によっては一人で入るには少しハードルが高いお店なのかもしれない。目を凝らしてよく見ると、なんか大人っぽいマダム達がコーヒーを嗜んでいるように見える。
20代の男が一人で行くには不釣り合いなお店だったらどうしよう、と思いながらゆっくりと扉を開けた。中に入るとすぐに僕より少し年上くらいのお兄さんが僕を席案内してくれた。壁際のソファ席だった。
メニューを見る前に少し店内を見渡す。大人の雰囲気がムンムンに漂っている。平成生まれの自分がここにいていいのかと身震いがする空間だ。思っていたとおりお客さんの年齢層は少し高めで、大学生や新社会人がクソ恋バナをするには相応しくない空間だということはすぐに分かった。一人で来ているお客さんが多く、洒落た格好で静かに本でも読むのがお似合いな雰囲気といったところだろう。
お店の雰囲気や客層を大体理解したところでメニューを眺め始めた。もうすでにランチは済ませてあるので狙いはデザートメニューだ。どうやらここのデザートはタルトが中心のようだ。タルト好きのタルタァーなら悩むこと間違いなしのラインナップ。タルタァーという言葉は今思いついた。
この中から僕が選んだのは「焼きいちごのタルト」。僕はいちごが大好きなタルタァーならぬいちごぁーなので必然的にこのメニューが1番魅力的に見えたわけだ。ちなみに焼きいちごのパフェもメニューにはあったがこれは売り切れていた。セットのドリンクはホットコーヒーを注文した。
料理を待っている間再び店内を眺める。やはり大人っぽいお客さんが多い。
僕の隣の奥様はコーヒーゼリーパフェを食べながら何やらお友達とLINEをしている。たまに店内やパフェの写真を撮ってインスタにアップしていた。オシャレなお店や美味しそうな食べ物を撮ってインスタにアップするというのは現在多くの人にとって決まりきったルーティーンのようになっている。
奥のテーブルではムロツヨシとエレキコミックのやついいちろうを足して2で割ったような男性が明るそうな奥様とタルトを堪能している。子育てが落ち着いたご夫婦にもぴったりのお店なのだろう。
そうやって店内を眺めている間にもお客さんはどんどん入って来た。みな揃って年上の奥様たちだ。気づけばお店が満席になっており、窓の外では並びができているようだった。
先に登場したのはホットコーヒーだった。カップは小さめだがちゃんともう一杯分の用意もある。口当たりがとても柔らかく、苦味も酸味も控えめでとてもとても飲みやすいコーヒーだ。
その後まもなく焼きいちごのタルトが登場した。
表面がイチゴで覆い尽くされた、いちごぁーなら大興奮間違いなしの外見だ。しかも横にはアイスクリームが乗っているなんて。目に映るすべてが自分の好物であり網膜が喜んでいるのがよく分かった。アイスが溶ける前にいただこう。
食べてみると、焼いたことで表面がふやけたイチゴはトロトロになり、種子部分の粒々食感がより強調され、甘みと粒々感が強化された、いわばスーパーイチゴと言っていいような進化したイチゴのように感じられた。イチゴの下で控えている生地もサクサクで、上品でクオリティの高いタルトだ。僕はこの日こんなに大人な雰囲気のお店でこんなに美味しいタルトを紹介してあげられる男になったのだ。
そんな調子で美味しいタルトとコーヒーに舌鼓を打ち大人の階段を登っていたところ、ふと隣を見たら隣の奥様のLINEの画面が目に入った。そう、先ほどまでコーヒーゼリーパフェを食べていたあの奥様である。
友人か誰かとやりとりをしているそのLINEの内容がとても衝撃的で、私は二度見してしまった。
その内容はこうだ。
「隣の男の子、1人でいちごのタルト食べてるわ。しかも並び替えて写真撮ってる。男の子ならそんなんせんでいいのに。」
LINEをしている奥様は50〜60代くらいの女性で、ある程度の値段がしそうな服で着飾っているまあなんというかおば様といった感じだ。
そのおば様が自分のことについて書いているということはすぐに察知できた。だってお店に男性客は僕一人しかいないもの。
そしてそれを察知したと同時に、私の心の奥底からは思わず笑いがこみあげてきそうだった。
私がおば様に対して感じるのは怒りではない、おもしろさだ。
このおば様がついさっき店内やコーヒーゼリーパフェの写真を撮って自身のインスタに載せていたシーンを僕は見ていた。自分もさっきまで堂々と写真を撮ってインスタにアップしていたくせに隣の男の子がタルトの写真を撮っている件には小言を言っている。そしてあろうことか隙だらけの彼女はその画面をあろうことか僕に晒してしまっている。
一人でタルトを嗜む男が隣のおば様からどう見られているのかを知れたこと、僕が目の前で小言を言われていること、そしておば様の画面が丸見えであること、この時目の前で起こっていたすべての出来事が僕の中で混ざり合い、笑いを堪えるのも難しいほどに面白いコンテンツになっていた。
僕からしたら、そのおば様はもはやエンタメだ。悪口を言われているとは思わない。怒りも湧いてこない。ただこのエンタメをもっと見続けたい。もっとだ。もっ人格そのものを否定するようなひどい悪口をくれよと心が叫びたがっていた。僕はもうタルトを半分食べるころにはタルトの味などどうでもよくなりかけていた。
この先の僕はずっと笑いを堪えるのに必死で周りからは本当にちょっと気持ち悪いヤツだと思われていたかもしれない。
ただここで残念にも、そのおば様は僕の視線に気づいたのか、はたまた横でタルトを頬張る私が見てられなくなったのか、会計をしてさっさと帰ってしまった。
「カフェに一人で来てる時点できっとモテないんだろうな」とかそういうもっとひどい悪口を言われることを楽しみにしていた僕にとっては残念でしかない。
大好きな番組が終わってしまったかのような空虚感が生まれ、僕は自分がタルトを食べ終わっていることにすらしばらく気づかなかった。
おば様はこの後元町でショッピングでもするのだろうか。ショッピングをするなら僕も偶然を装って同じ店に入りたい。そしておば様にLINEで悪口を言われるためだったらKitamuraの高級バッグとか買ってもいいくらいの気持ちだった。
僕も会計を終えてお店を出ると、当然のようにあのおば様の姿は消えていた。映画のようなエンタメ作品だったらもう一度映画館に行くとか、ネトフリで探せば何度でも見ることができる。しかし今日出会った僕だけが楽しめる唯一無二の極上のエンタメ作品は、二度と拝むことはできない。
この時僕の脳内では山崎まさよしの『One more time, One more chance』が流れていた。
こんなとこにいるはずもないのに。
自分のLINEも、いつ誰に見られているか分からない。常日頃から最悪他人に見られても自尊心を保てるようなLINEを心がけようと思ったこの時、こんなに手軽に人と連絡がとれるようにしてくれたLINEにありがとうと伝えたくなった。
今回行ったお店
Cafe de lento
●住所:神奈川県横浜市中区元町5丁目213
●アクセス:石川町駅から徒歩3分
●営業時間:11:00~18:00(L.O.17:30)
●定休日:水曜日
●駐車場:なし
お店のインスタはこちら
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