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最終章 "人"という字に"夢"が寄り添って"儚い"と読みます

あの北新地220万の乱から嘘のように静かな日々が流れていました。
出稼ぎから帰ってきた風俗嬢とカロリを飲み、職業不詳の男性客とシャンペンを軽く飲み、全裸で踊れば着物姿の初老の女性に箸で"息子"を掴まれる。
ざっくり言えばこんな感じの毎日を過ごしていました。

この日もいつもと同じく"貧"と"富"を結び、資本主義の縮図を見せつけるかの如く走る阪急電車に乗り込みました。
握り締めたエナジードリンクがひんやりと心と手を冷やします。
阪急梅田駅で下車。激しい吐き気と嫌悪感を抱きつつ足は自然と"北新地"へと向かっていました。
ファミリーマートでハイライト(※労働者階級の煙草)を購入し、堂島川のほとりにそっと腰掛け新品のハイライトには触れずにポケットの奥でクシャクシャに折れ曲がった"それ"に火をつけます。
吐き出した煙は、水面がチラチラと静かに流れる堂島川に消えて行きました。
いつもと何ら変わりない仕事前の"ルーティンワーク"。
イチローが見たら発狂しながら釘バットで何度も、何度も、顔面を殴られそうなほど汚れたルーティンワーク。
あの時、胸に抱いた夢と希望を思い出すかのように、頭を抱える私。
ハイライトの煙が気管に入り込み、ゴホゴホとむせ出します。
フィルターまで熱くなったタバコを少しだけ残ったエナジードリンクの中に捨て、咳と一緒に溢れ出した一筋の涙を煙のせいにしながら、私は北新地へとトボトボと歩いていくのでした。

薄暗い店前に着くと固く閉められた門に異変を感じました。
「全員遅刻か?」
時々寝坊やマンションから飛び降りたり、金持って飛んだりする人がいたため、この日もみんな遅刻かなと思い、私はコンビニでビール(もちろん発泡酒)を買ってみんなを待っていました。
しかし、待てど暮らせど誰も来ない。かけた電話にも誰も出ない。
店前で右往左往する大日本社畜カースト最下層大学生。
定時より1時間ほど経った頃、だんじり男Hさんから電話が来ました。
「すまん。緊急会議やった。今すぐいくから待っとって」
ブチっと無慈悲に切られた電話から"普通"ではないことはすぐにわかりました。
20分後、店前にタクシーが止まりHさん、Jさん、Nさんが降りてきました。
3人は何も語らず暗い階段を降り、重い扉を開き店内に入りました。
私は人数分の水と灰皿をボックス席に置き、3人と一緒に腰掛けました。
Hさんはセブンスター、Nさんはクールマイルド、Jさんはラッキーストライクのソフト、そして私のハイライト。
タバコと"想い"が交差するボックス席で、口を開いたのはHさんでした。
「緊急会議やってんけど、最近売上悪いってこと突っ込まれてな。店閉めろってことなったわ。」
Hさんは奥歯に何か詰まっているかのように歯切れ悪く話しました。
「ということで今日が最後の営業です。まぁ次の店はミナミの系列店で働いてもらうことなるわ。宜しくな」
突然の閉店宣告。
3人は何事もなかったかのように立ち上がり、客引きへと走って行きました。

最後の営業は何事もなく、ただ常連のホステスと風俗嬢がチラホラ訪れるだけ。まるで北新地の外れに流れる堂島川のように、終戦としてはあまりにも静かに時は流れて行きました。
私は清潔で健やかな"花王"のような人間なので、皿と灰皿をいつも通りテキパキと洗い、やけに固いタイムカードを押した後、3人の社員に頭を下げて回れ右しました。
(※実際は夢と希望を打ち砕かれた挙句、"無職"になってしまったため、核爆弾で消し去って欲しいと嘆くドブネズミ以下の大学生)

店の外はどんよりと曇り空が広がっていました。
ネオンなどなく、ゴミを漁るカラスとフラつくホステスがチラホラいるだけ。

余りにもあっけない最後。
犠牲にした時間、睡眠、健康、食事、尊厳、単位、夢、希望。
失ったものを"円"に換算すると群馬県と富山県くらいフルキャッシュで購入できるでしょう。

北新地に足を踏み入れて、数ヶ月。
この土地に夢と希望を求めて、たどり着いた船は、哀しみという積荷を積んで、ユラユラと"南"の方角へと進んでいくのでした。

人という字に夢が寄り添って儚いと読みます。
私の夢は線香花火のように"儚く"北新地の下水道にうんことおしっこと一緒に流れて行きましたとさ。

めでたしめでたし。

光に堕ちた涙 -もしくは運命に踊らされた悲しみの系譜-

➖➖完➖➖

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