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鉄道の海外輸出を語る③ 台湾新幹線・新車両の謎を追う

過去2回にわたり追ってきた台湾新幹線(台湾高鉄)。1月中旬、一つのニュースが飛び込んできました。(過去2回の記事は会社設立編建設編)

内容は台湾新幹線の運営会社である台湾高鉄公司が公示した新型車両の入札が取り消されたというもの。2019年に公示され唯一の応札者は日立・東芝連合でしたが、応札価格が台湾高鉄公司側の予算と合わなかったことが原因とされています。

報道によれば、日立・東芝連合が提示した価格は1編成あたり50億台湾ドル(約186億円)でした。仮に仕様がJR東海と西日本に導入されているN700Sと同等か類似しているとしてN700Sと比較すると、4倍近い差が生じています。

ネット上ではこの事態に対して様々な意見が出ていますが、今回の記事では高値入札の要因を探りつつ、それら意見を検証します。

注:本記事は全て公開情報に基づき執筆しています。ただ公開情報だけでは不足する部分が多く、そこは推論で補っていますが、データに誤りがあったり、理屈が合わない部分などあればご意見をぜひお寄せください。またTwitter上で情報を頂いた皆さま、ありがとうございます。

1.これまでの経緯

まず、今回の入札に至る経緯を時系列で整理します。

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現在、台湾新幹線では計34編成、408両(1編成12両)の車両が営業についています。運行開始時期は全30編成でしたが、2012年から輸送力増強のために追加4編成が投入されました。初期30編成については、2021年度から電機品の交換作業が始まります。

今回の新車両導入の目的ですが、台湾高鉄公司側の発表によれば、週末や連休における乗車率の上昇、将来の輸送力増加、列車メンテナンスと運行間隔など複数要因に基づくとされています。

台湾高鉄公司が公示した新車両の入札ですが、両数は計12編成・144両で基本8編成にオプション4編成がついた形であり、応札者は基本8編成の価格を提示する形式とのことです。しかし入札は不調で、応札者は日立・東芝の連合体だけの単独入札となりました。しかも当連合は台湾高鉄公司側の予算を超過した応札価格を提示した他、一部の入札要件に合致しない状況で、両者間で協議を続けたものの折り合いがつかず、今年1月20日に当該入札の中止を台湾高鉄公司は決定します。

2.新型車両の応札価格と日本の新幹線の価格

では今回入札対象の新車両は日本で走る新幹線車両と比較して、どの程度高値なのでしょうか?複数のソース()をもとに、1両あたりの平均納入価格をまとめてみました。

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700Tや新車両と仕様が似ている(であろう)車両をピックアップしています。上記は納入価格ですので、価格の中には設計費・製造費のほか、輸送費・現地管理費・予備品費などが含まれています。日本向けと海外向けでは共通の費用もあれば、異なる費用もありますので、単純な比較はできない点はご了承ください。

それでもN700Sの日本国内価格と比べると、新車両はその4倍近くになっていますので、かなりの高値であることが分かります。

3.応札価格が高値となった3つの理由

ではなぜ日立・東芝連合の応札価格が高値になったのでしょうか?台湾高鉄公司や日立・東芝連合からの詳しい発表はありませんので、推論に依る部分は大きいのですが、筆者は次の3点を挙げます。

①新設計の可能性
②他の応札者不在
③タイトな納入スケジュールと日立・東芝連合のキャパシティ不足による設計・製造費上昇

まず①については、そもそもN700Sと同設計となっているか、現状不明確です。確かにN700Sの開発者であるJR東海は同車両を海外、特に台湾・米国輸出用と言及していますが、台湾高鉄公司側の要求がそれに合致しているかは入札書類や仕様書を確認する必要があります。

仮に全くの新設計である場合は、車両製造価格とは別に、新たに設計費が上乗せされます。ただし、台湾高鉄公司は上掲の新車両導入目的に照らしたときに、どの程度新設計に拘りがあるかは疑問です。もし新設計により応札価格が高騰するならば、設計費を抑えるためにJR東海の狙いの通りN700Sに準じた設計とすれば済みます。もしN700Sに準じた設計で、一部を台湾新幹線仕様に変更するのであれば、製造費用の2〜3倍も設計費用を要することはないでしょう。

②は入札全般に言えることですが、入札自体が不振で1社だけの単独入札になった場合、応札者の方が発言力が高まります。今回の例で言えば、日立・東芝連合の単独入札となっていますので、競合他社がいる場合と比較して、台湾高鉄公司側の要求、特に価格低減の圧力は減じてしまいます。

ただしこの点についても疑問が生じます。日立・東芝各社は台湾新幹線のみならず、台湾の鉄道に多くの貢献をしています。台湾新幹線向けでは、東芝は2019年に既存30編成の電機品更新案件を受注していますし、日立も同年に列車司令室のメインコンピューター更新案件を受注しています。従って、今後も取引が継続するであろう台湾高鉄公司からの信頼を損なう意思決定を、日立・東芝連合が容易に下せるとは想像し難いものです。

最後の③ですが、これが隠れた要因だと考えています。つまり、日立・東芝連合は他の国内・海外案件で手一杯で、台湾新幹線向け新車両の設計・製造には手を回しにくく、納入時期を守ろうとすれば、増員や他社・工場への外注が必要となり、納入価格の上昇につながるという説です。

実は、日本の車両メーカーのキャパシティオーバー問題は2017年頃から取り沙汰されています。当時はオリンピック前の更新需要で国内案件が重なったことで設計能力中心にパンクが生じ、海外案件の入札等に参画できないというものでした。

経産省・生産キャパシティ

経産省資料の抜粋)

鉄道車両の設計・製造において最も時間を要するのは「設計」です。総務省の資料によれば、新幹線車両の場合設計に24ヶ月(2年)、新車両であれば30ヶ月(2年半)を要するとあります。順当に日立・東芝連合が落札できた場合、24年に運行開始ですので、2021〜22年は設計、23年に一気に8編成・96両を製造することになり、あまり時間的余裕がありません。

日立は、国内向け案件の他に、多くの海外案件を受注しています。プレスリリースにある分だけで、英国高速鉄道案件やパナマモノレール案件、台湾向けでは新北市三鶯線案件に加え台湾国鉄向け特急車両案件があります。特に台湾国鉄向け特急車両は600両もの大型案件であり、21年度から納入開始予定です。

このように複数案件が重なる中で、タイトな納入スケジュールに間に合わせるためには、外部からの人員招聘や業務外注が必要となり、大幅に費用がかさむ可能性があります。

以上をまとめると、日立・東芝連合は台湾高鉄公司との関係性を踏まえて、今回の新車両案件に応札したものの、タイトなスケジュールと自身のキャパシティ不足から金額を積み増して提示。しかし台湾高鉄公司側が応札価格に応じることはなく、両者引けない状態となり、最終的に台湾高鉄公司側が入札取りやめを決断した、という流れではないかと筆者は想像します。

4.700Tのパーツ供給が中止?

ここからTwitter等で見られた他の見解に対する検証を行います。まずは、「既存の700T車両のパーツ供給が中止となり、新型車両を発注せざるを得ない状況に日本側が仕組んだにも関わらず、日本側が新車両を高価格で提示し、台湾側を困らせている」という説。

これは実態と矛盾しており、そもそも700T車両のパーツ供給が止まったという情報は、一番上にリンクした東洋経済の記事にしか記載されていません。実際は、東芝は2021年度から既存30編成の電機品を交換・更新する工事を始めますので、日本勢はパーツ供給を止めているわけではありません。そしてJR東海が700系を廃止したことでパーツ生産が停止したという説も流布していますが、JR西日本は700系を少数ながら引き続き運用しており、パーツ類の価格上昇はありうるかもしれませんが、供給自体が途絶することは考えにくいというのが実態です。

5.JR東海が悪者?

次に、上の検証にも関連しますが、「N700Sを台湾などの海外輸出向けに設計したにも関わらず、台湾側にあくどい商売を仕掛けているのはJR東海だ」という説。

そもそも海外向け車両輸出では鉄道会社が契約主体として入るケースはありません。車両メーカー、場合によっては商社が契約主体となります。車両メーカーを鉄道会社が操っているのではと勘ぐる方もいるかもしれませんが、仮にそうだったとして、JR東海は対外的にN700Sは海外輸出用と言っているにも関わらず、価格を引き上げて海外輸出が難しくなるように仕向けるでしょうか?むしろ逆で、今後JR東海はN700Sベースで応札価格を下げられないか、政治的動きを始める可能性があると筆者は見ています。

6.日立・東芝が悪者?

「応札者である日立・東芝連合が価格を上げて、台湾側を困らせている」という説。

これは一見するともっともですが、上述の通り、日立と東芝は鉄道分野において台湾に多くの商圏を有しています。特に台湾高鉄公司向け取引は金額規模も大きく、今後の取引も期待できます。その台湾高鉄公司と信頼関係を損なう動きはなかなか取りにくいでしょう。しかし今回日立・東芝連合も価格面で折り合いをつけられなかったということは、台湾高鉄公司側含めて両者に引くに引けない事情があるはずです。そもそも台湾高鉄公司が示した予算自体もN700Sと比べ高額であることから、台湾側も日本側が高価格での入札となる理由は理解しているものと考えます。

結論としてはビジネスとして日台双方が引くことができなかった結果が入札断念ということで、日本側が一概に悪いという話ではなく、台湾側にも納期等問題があると見るべきと筆者は考えます。

7.今後どうなる?

では、今後台湾新幹線の新車両はどうなるでしょうか?筆者は3つのシナリオを想定しています。

A.台湾高鉄公司が高価格を受け入れる
B.再度入札をかけるが、納入時期を後ろ倒しにする
C.引き続き700Tを運用し、旅客数増加にはギリギリ対応する

台湾高鉄公司が1月20日に入札キャンセルを発表した際、今後新たな調達計画を検討するほか、第三者からの調達も検討すると発表しました。日本以外の車両メーカーに発注するとして、台湾の執政党が民進党である限り、まず中国のメーカー(中国中車)はあり得ないでしょう。そうすると、選択肢は欧州メーカーか韓国メーカーになります。ただし、列車制御システムは日本が特許を有しており、他国メーカーが入札に参加する障壁は高いという話もあります。

加えて既に海外メーカー含めて打診した中で日立・東芝連合しか応札しなかった経緯を踏まえると、仮に海外メーカーが参入するとしても台湾高鉄公司の足元を見てくるはずで、応札価格が予算を下回る可能性は低いでしょう。

ちなみに、日本の他車両メーカーへの依頼については可能性はかなり低いと考えます。まず川崎重工については、現在鉄道カンパニーの経営立て直しの真っ最中であり、採算性が危うい案件は取り得ないでしょうし、N700Sの生産に関与していない上、過去700Tのオプションをキャンセルしていることから、台湾市場への注目度自体が低いでしょう。日本車両はJR東海向けの車両でラインが一杯ですし、総合車両製作所は国内向け案件並びに、海外向けではフィリピン案件でラインが一杯と考えられます。

従い、Aは再度入札をかけたところで応札できるのは日立・東芝連合しかおらず、台湾高鉄公司側が日本側の応札金額に合意するケースです。

Bは理由③に準ずるものですが、納入時期がずれれば日立・東芝連合もスケジュールに余裕ができ、応札価格も下がる可能性があると考えます。

ただし、A,Bいずれもネックとなるのは、台湾高鉄公司の資金繰りです。台湾高鉄公司は2015年に国の支援の下経営再建を行っており、銀行団からは融資条件等厳しく精査されている状況です。この辺りの検証は別の記事で取り上げる予定ですが、借入後早期に列車を投入して収益増加につなげる必要がありますので、銀行団への説得がカギになるものと考えます。

最後のCは、万策尽きて、現状の700Tの34編成で何とかしのぐというものです。実は台湾高鉄公司の取締役会声明でも、メンテナンス効率を高め、列車運用効率を高め、短期的には列車運用に支障が来さないようにするとの記載があります。筆者個人的には長期的に見ても、このケースが一番可能性高いのではないかと考えています。その場合700Tの更なる延命措置としての更新工事が必要になりますので、その際は日立・東芝各社も関与できる可能性があると想像します。


以上、台湾新幹線の新車両について、考察を巡らせました。まだ入札がキャルセルされたばかりで状況が流動的ですし、今後日台両政府による働きかけなど政治的動向にも注目するところです。引き続き状況ウォッチしていきます。

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