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鉄道の海外輸出を語る② (台湾新幹線編・建設)

今回は前回(事業主体の設立)に続き、台湾新幹線プロジェクトを題材に、鉄道の建設がどのように進むか見ていきます。

日本勢の活躍と契約形態

台湾新幹線の車両は、日本の東海道新幹線で走っていた車両に似ていますよね。台湾新幹線の車両は700T型と言われ、東海道新幹線を走っていた700系の兄弟に当たります。

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(左が700T型車両、右が700系(引用:Wikipedia))

この車両以外にも、日本式の技術・システムが随所に導入されたのが台湾新幹線でした。では日本勢と言いますが、どのような企業がどのような形で取り組んでいたのでしょうか?以下の図をご覧ください。

台湾新幹線 建設

一般に鉄道などの巨大インフラプロジェクトでは、土木からシステムまで一つの業者に丸ごと発注することは難しく、複数の契約に分けた上で発注されます。台湾新幹線プロジェクトでは、車両・信号・電力といった主要システムの機電工事、線路等の軌道工事、高架橋・トンネル等の土木工事、駅舎工事の主に4つに分かれ、土木や軌道工事では路線長が300km以上ありましたので、工区を複数に分けた上で発注されました。

少し専門的な話になりますが、土木工事やシステム工事は「EPC」形式で発注されることが一般的です。EPCとはEngineering(設計)・Procurement(調達)・Construction(建設)の頭文字の略で、車両・機器などの設計からそれらの調達・輸出、そして建設まで一括で請け負う形態になります。特に機電工事において、列車が直ちに運行可能な状態まで整備する場合は、事業者側は運転司令室の鍵を回すだけで良いということで、フルターンキー(full turnkey)案件とも呼ばれます。

ちなみに鉄道輸出の形態としては以下の3種類に大別できます。過去の事例等、詳細は別の記事で取り上げたいと思います。

①車両・機器単体の輸出(現地指導が付くケースもあり)
②EPC工事
③事業投資(前回の記事にある様なBOT事業(運営保守事業)への参画)

日本の鉄道の海外輸出、特にEPC工事でここまで大規模であった案件は当時台湾新幹線プロジェクトしかないはずで、日本勢としても前代未聞・チャレンジングな案件だったと言えます。

台湾新幹線プロジェクトでは、どの様な企業が参画していたのでしょうか?機電工事並びに軌道工事では、日本の鉄道関連メーカー及び商社が連合を組みました。具体的には三菱重工・川崎重工・東芝・三井物産・三菱商事・丸紅・住友商事の7社です。土木工事・駅舎工事では、大林組や清水建設といったゼネコンが台湾の建設会社とJVを組成し参画していました。

「路」では、機電工事の様子がピックアップされ、三井物産がモデルと言われる大井物産という商社の人間しか映っていませんでしたが、実際はこの様に多種多様な会社、関係者が関与していたのですね。

ちなみに商社の役割とは何でしょうか?鉄道案件に限定する訳ではないですが、インフラプロジェクトにおいて商社は、契約関係や輸出入、会計といった商務関係を中心に扱います。一方、設計や製造、据付といった技術関係を扱うのはメーカーになります。

「路」では、井浦新演じる大井物産社員の安西が、車両の車掌室にある窓の開閉について協議する場面がありましたが、実際は車両製造メーカーである川崎重工の技術者が折衝を主に担当していたものと思われます。

インターフェースの問題

インフラプロジェクトでは建設にあたってどのような問題が起きやすいのでしょうか?先程述べた様に台湾新幹線プロジェクトでは、契約は何十にも細分化されていました。建設に際してはどの工事をいつまでに完成させるという工程表が付きますが、工事は水物ですので、工程表の通りに工事が進むことはほぼありません。従い、ある工区で遅延が発生すると、隣の工区に影響を及ぼし、全体が遅れる、最悪の場合進まなくなるリスクもあります。例えば、土木工事で高架橋が完成しないと、軌道工事は開始できません。更に軌道が完成していなければ、信号装置の設置が難しくなります。

工程管理だけでなく、設計関係でも調整が必要です。前の例で言えば、高架橋の設計なくば、軌道をどの様に設置するかは決められません。また軌道の位置が決まらないと、信号をどの様に配置するか決まりません。

工程と設計という一事例を出しましたが、この様に契約間での調整が必要なことを専門用語でインターフェース(interface)と呼びます。台湾新幹線プロジェクトで有名な話は、軌道の分岐器(ジョイント)の設計と調達です。日本の新幹線では、駅部の分岐器は割と急なタイプですが、台湾新幹線の場合は元々欧州規格となっており、土木工事もそれに合わせ行われていたので、日本では前例のない緩やかなタイプが導入されました。日本勢としては経験がないものの、インターフェース調整の結果、ドイツ製の分岐器を購入することになったのでした。

EPC工事において契約者は、客先や他工区の契約者の要望や仕様に合わせる必要があるので、このようなインターフェースの調整がほぼ必ず発生します。従いインターフェース調整が、EPC工事の要諦とも言えます。ここはメーカーの本領発揮で、台湾新幹線プロジェクトでは恐らく三菱重工が獅子奮迅の役割を果たしていたのでしょう。

三菱重工はゆりかもめの様な新交通システムでは有名なものの、それ以外では(鉄道ファンの間では)存在感が薄いかもしれませんが、実は海外鉄道工事では引っ張りダコです。この台湾新幹線プロジェクトの他、中東のドバイメトロで工事実績がある他、現在進行形でタイ・バンコクのレッドライン案件でも工事を行なっています。

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(左はゆりかもめ、右はドバイメトロ(引用:Wikipedia))

工期遅延と追加費用

さて、工事が中盤に差し掛かると、大きな問題が発生します。工期遅延と、それに伴う追加費用の発生です。上記でも述べましたが、インフラプロジェクトでは工程表通りに進むことはまずなく、大抵遅延が発生します。要因は様々でインターフェース調整もあれば、土地収用が遅れたことで後々の工程が順々に遅れるということもあります。

台湾新幹線の事例でも、当初開業は2005年10月を予定していましたが、実際は2007年1月となりました。様々な要因があるようですが、機電工事や台北駅周辺の土木工事の遅延が挙げられています。

こうした時にEPC工事の契約者側で問題になるのが、遅延損害金と追加工事費用です。契約上で完工時期は決められていますので、本来であれば期限までに工事を完了しなければなりません。しかし工事が期限までに完了しない場合は、一種の賠償金である遅延損害金をEPC工事の契約者から事業者側に支払う必要があります。一方、契約者からすれば、工事が遅延すれば関係者の賃金が嵩む他、遅れを取り戻そうと工事を加速すればするほど、追加の工事費用が発生します。

こうした事業者側と契約者側のせめぎ合いを調整するのが、商社になります。筆者は台湾新幹線プロジェクトでの具体例を知らず、あくまで憶測ですが、工事が遅延しながらも早期開業に向け努力しつつ、一方で遅延損害金を防ぎつつ逆に追加の工事費用を請求するという非常に難しい局面で、商社は交渉力を発揮していたはずです。

尚台湾新幹線プロジェクトの総工費は、元々 4,607億台湾ドル(約1兆3,800億円)でしたが、193億台湾ドル(約580億円)増えて、4,800億台湾ドル(約1兆4,400億円)となっています。

次回予告

今回はインフラプロジェクトの華とも言える建設について取り上げました。「路」の様なドラマ・小説では見過ごされがちな、地味な部分ではありますが、表現し尽くせない様々なドラマがあるのが、この建設パートです。

次回はいよいよ運転開始ということで、台湾高鉄公司の運営・保守と経営問題を取り上げつつ、インフラプロジェクトで重要な立ち位置にいる「建設コンサルタント」の役割についても書き記します。お楽しみに!

〜次回へ続く〜

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