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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第二十一話:ソーシャル・ネットワーク」

 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第二十一話:ソーシャル・ネットワーク

 入社から半年間、世の多くの新入社員と同様に、慣れない仕事と上司や先輩、同期との飲み会で忙しい日々を過ごしていた。

 錦糸町で再開した麻衣子とはあの日以降会っていない。毎朝、三島まで新幹線通いの彼女の朝は早く、帰宅時間が遅いボクとは電話するタイミングすら無かった。

 そんな中、麻衣子とのコミニケーション手段となったのは「ミクシィ」だ。

 当時「ミクシィ」はサービスを開始したばかりのSNSで、誰かに招待されないと参加できない仕組みであったため、一部の感度の高い人達の間で盛り上がっている状況だった。 

 「ミクシィ」の存在すら知らなったボクを麻衣子が招待してくれた。メッセンジャーに続き、新しいトレンドをボクに伝導してくれた。

 麻衣子は、イタリアのカルトホラー『サスペリア』の主人公スージーの写真をプロフィール画像に設定し、「ミクシィ」上でも迂闊には近寄り難い空気を醸し出していた。「ミクシィ」の特徴であるコミュニティ欄にはみうらじゅん、杉作J太郎といった俺たちのサブカルヒーローに加えて、ハードコアパンクバンドのサムネイルが多数並んでいた。以前、音楽の話をたくさんしたけど、ハードコアパンクが好きだったことを初めて知った。

 麻衣子が投稿する日記は、日常生活を冷めた視線でシニカルなタッチで綴っており、純粋に読み物として面白かった。コメント欄には、ボクも書籍を買ったことがある著名なサブカル系ライターからコメントがあり、麻衣子とちょっとしたエロいジョークを交えたやりとりが残されていた。ボクは麻衣子にもそのライターにも同時にジェラシーを感じた。親友の雑誌編集者ユウコは毎回コメント欄に登場し、オブラートに包む気が全くない鋭い言葉のキャッチボールを麻衣子と展開していた。再び自分の知らない麻衣子がいた。

 一方でボクはフランス出身のストリートアーティスト『WKインタラクト』が描いた白馬に跨った忍者のグラフィティをプロフィール画像に設定。みうらじゅん、杉作J太郎に加えて、イヴァン・スマッジやエロール・アラカンなど、当時流行していたエレクトロクラッシュのアーティストのコミュニティなどに入り、そのバランス感覚に自ら酔いしれていた。たまたま一冊写真集を買っただけなのに、ニューヨークでパーティーフォトを専門に撮るフォトグラファーのコミュニティを立ち上げて管理人になるなど、麻衣子に対抗意識を燃やしてセンスの良い自分を見せようと息巻いていた。麻衣子が自分のコミュニティをチェックする様子を夢想した。

 ハードコアパンクやカルトホラー映画など、どんどん趣味が尖り出した麻衣子に合わせるように、ボクもブラジルの奇才監督コフィン・ジョーの作品を始め、トラッシュ映画のようなカルト作品をチェックするようになった。エンターテイメントとして成立しているのかもわからないそれらの作品は自分の好みでは無かったが、無理してそれらしいレビューを日記に投稿した。その甲斐あってか、記事には必ず麻衣子がコメントしてくれた。気分をよくしたボクは徐々にエスカレートしていき、最終的には神保町のビデオ屋で掘り出した目が赤く光る不気味なパンダが主人公の台湾アニメなど、もはや何だかよく分からないものまで対象にしてレビューを綴った。

 こうして、皆と同じような新入社員としての生活を過ごしながら、家に帰って「ミクシィ」を通じて、普通と違う自分を麻衣子にアピールすることで心のバランスを保っていた。

 そんなある日、いつものように麻衣子の日記を読もうと「たんじょう日」というタイトルの日記をクリックした。すると、日記には彼との誕生日の一日が赤裸々に書かれていた。ボーナスが出たので彼への誕生日プレゼントにブランド物の財布を奮発したこと、銀座に高級寿司を食べに行ったこと、彼の喜ぶリアクションでどれだけ自分も幸せを感じたか、いつものシニカルなトーンではなく、ひたすら甘ったるく一ミリも面白くない文章で表現されていた。

 日記を読み終わり、自分のホーム画面に戻ると、マイミク管理画面でスージーの写真の横にある「マイミクを外す」ボタンをクリックした。

 勿論、日記に彼が登場することは予想できたことだった。麻衣子が彼と付き合っていることを忘れていた訳ではない。とはいえ、ボクが読んでいることを知っていて、こんな内容の日記を書く麻衣子のデリカシーの無さにショックを受けた。

 なかなか気持ちが抑えられず、いかに自分が傷付いたかを書いて麻衣子へメールした。

 しばらくして、麻衣子から返ってきたメールには「自分の日記なので好きなことを書かせてもらう」という内容が書いてあった。

 ボクは再び麻衣子と繋がりのない生活に戻った。

 しかし、三ヶ月後、先輩が誘ってくれた大手不動産会社の受付嬢との合コンに参加し、二次会のカラオケで相手側幹事の女性から「オレンジレンジの『花』歌ってよ〜」とリクエストされるも、知らないので歌えないと断ったボクに白けた表情が向けられた帰り道、虚しさと酔いに背中を押され、タクシーの中で麻衣子に「マイミク申請」した。

 翌朝、申請は受理された。

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Photo by Yanpacheeno

次回「第二十二話」は 4月8日(木)更新予定



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