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マジックアワーに思いを馳せる

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江の島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、〝こんなハズじゃなかった人生“に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。高円寺の深夜の公園と親友だけが、救いだったあの頃。それでも、振り返れば全てが美しい。人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

カツセマサヒコ著「明け方の若者たち」は、2012年に社会人になる世代をモチーフに、著者の経験を交えて書かれたそう(カドブンインタビュー)。

大学時代まで、全く挫折せず生きてきたのかと言われるとそうではないけれど、どこかで自分は「何があってもなんとかやっていける」と思い込んでいたし、当たり前に自分の望む未来が待っていると思っていた。

だから、希望部署に行けず、なんとなく仕事ができず浮いてしまい、恋愛の沼にハマる主人公を見ていると、ちょっと恥ずかしくなるくらいに共感してしまう。

私も希望の会社に内定をいただく時期はものすごく早かった。どこで働こうと結局働いてからの自分次第なんだけれど、人より早めに就活を始めて、早めに切り上げてゆっくり社会人になる準備をして…そんな自分をどこかで特別視していた。この物語も、就活が早く終わった「勝ち組」が集まって飲み会をするところから始まる。「勝ち組」たちにもきっと少しの不安があって、けれど自分は特別なんだ、と言い聞かせて予想もできない未来に完璧な理想を求めていたのかな。きっと、そんな思いがあるから飲み会にも参加したんだろうし。

どんなに一流企業に就職しても、大学の同期が全く違う場所で活躍しているのを見るとすごく輝いて見える。自分は希望の職種につけて、きっと望む未来を迎えられているはずなのに、何もしなくても輝けると思い込んでいた一年前の自分を恨みたくなるくらい、置かれた場所で咲けない悔しさはどんどん募る。自分はまだまだ本気を出していないし、秘めているだけ。自分と同レベルくらいの人間と夢を語り合ったり、愚痴を吐いたりして、どうにか自分を保つ。

望む未来はやってくる。ただそこで望む自分が待っているかは別として。

でも正直、自分の理想の在り方なんてどんどん変わっていく。どんなときも、「ああすればよかった」「こんなはずじゃない」はつきまとう。だから泥臭い生き方でも仕方ないと思う。どこかに、何にも変え難い拠り所があれば、自分に絶望することはない。

主人公にとって、「彼女」がその拠り所だった。

けれど、主人公にとっての彼女は敷居が高すぎた。一緒に見た舞台も、家具選びがIKEAなのも、フィルムカメラで撮ったぶれぶれの写真を好むところも、邦ロックを聴く主人公に話を合わせつつ、本当はヒップホップが好きなところも。ただ、背伸びしたその先に彼女がいたから、何もかもうまくいかなくても幸せだった。

それは夜明け前みたいに、本当は暗くて孤独で冷たくて。けれど気づいたら、深まる夜も終わりを告げる。

どんなに辛くても、終わりが見えれば美しくなる。明け方の空みたいに色づいたこの物語を、どうか社会で必死に生きる同世代の人たちに読んでもらえたら。






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