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野点珈琲の話

 世は大キャンプ時代。
 猫も杓子もアウトドア。

 都会の喧噪を離れて、自然の中で静かに過ごすひとときを求めるキャンプは昔の話。
 今では一見アウトドアに縁が無さそうな、でっかいミニバンやスポーツカーに、年に一度使うか分からない、高価なキャンプ道具を積めるだけ積み込んで、ファミリーやらカップルやらが大挙して押し寄せる。

 そんな彼らの片隅の、木陰に張られた小さなタープの下、私は独り黙々と手を動かす。

 手回しのコーヒーミルが、小気味良い音を立てて豆を挽いていく。
 豆はお気に入りの深煎りブルーリントン。馴染みの店で100グラム870円(税込み)。他は現地調達でも、これだけは持参する。
 スプーン一杯10グラム。これが私に至高の時間をもたらす。
 傍らではアルコールストーブがケトルの湯を沸かしている。

 ミルを開けた時の甘い香り。
 粉をフィルターに移したら、カップにセットして、ケトルのお湯を数滴ずつ注ぐ。粉が湯を吸い膨らんだら準備完了。
 粉の中心めがけ、のの字を書くように静かに湯を注ぐ。立ち上る香りは徐々に強くなり、注いだ湯は極上の香りを纏ってカップの中に落ちていく。

 近くでバーベキューをしている若者が、哀れむような目を向けながら私の前を通り過ぎていく。
 君たちは君たちのやり方で楽しめば良い。
 私はこの一杯の為にここへ来ているのだ。

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