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vol.53 ポスト資本主義と会計の役割

はじめに

企業会計に関する仕事をしていると、会計不正やその他の不祥事に遭遇することがあります。

その際、「不正のトライアングル (「動機」「機会」「正当化」の3つの要因) 」にあてはめていくと、多くの場合、数値のプレッシャーや私的な誘惑が存在していることが多いです。

1. SOMPOホールディングス株式会社: 営業偏重の企業文化
2. 株式会社IHI: 燃費データを良く見せるための不適切な修正
3. 株式会社アインホールディングス: 契約の優先交渉権を得るため、提出期 限を過ぎた提案書の再提出を共謀
4. ホッカンホールディングス株式会社: 会社の預金を私的に流用

出典: 筆者のnote vol.46のコード出力結果より抜粋

我々はこれまで実に多くの便益を資本主義から享受してきましたが、個人も法人も財務資本の規模は成長し続ける (続けなければならない) と思いがちであり、その結果、様々な弊害が顕在化している現状が浮き彫りになります。

会計は、主に資本主義の枠組みの中で機能する強力なツールであり、資本主義の発展に大きく貢献してきました。しかしながら、会計は、その便利さ故に、例えば予算策定と報酬制度の極端なデザインや設計後のプレッシャー等、資本主義の弊害にも加担する側面があるものと思われます。

そこで今回は「ポスト資本主義と会計の役割」ということで、資本主義のその後を概観した上で、そのようなポスト資本主義社会において会計がどのような役割を担いうるのかをまとめてみたいと思います。


ポスト資本主義

資本主義は個人の自由な経済活動を基盤とする経済システムですが、以下のような弊害が指摘されています:

  1. 貧富の格差拡大

  2. 環境問題の深刻化

  3. コミュニティや文化の崩壊

  4. 社会的不平等

  5. 短期的利益追求による長期的視点の欠如

これらの問題に対応するため、様々な新しい概念や取り組みが提唱されています。

例えば、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、従来の資本主義を完全に否定するのではなく、倫理的観点から修正を加えるべきとし、「倫理資本主義」を提唱しています。

倫理資本主義の特徴は以下の通りです。

  1. 市場競争と利益追求を肯定しつつ、倫理的な価値創造を重視

  2. イノベーションやテクノロジーの発展が社会に役立つと考え、それらを促進する資本主義の側面を評価

  3. 企業の社会的責任を強調し、経済的価値と社会的価値の両立を目指す

  4. 長期的な企業価値向上と社会的価値の創出を重視

  5. 人々の幸福や倫理性が経済活動の判断基準

それではこのような時代の流れの中で、会計の役割はどのように変わるのでしょうか? 伝統的な財務報告はもちろん重要ですが、最近では「サステナビリティ開示」や「インパクト加重会計」といった新しいアプローチが注目されています。

サステナビリティ開示

ポスト資本主義をサポートすべく、従来の財務報告に加え、非財務情報、特にサステナビリティ開示に関する制度の整備が進んでいます。

例えば2023年6月、ISSB (国際サステナビリティ基準審議会) はグローバルなサステナビリティ開示基準としてIFRS S1「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」IFRS S2「気候関連開示」を公表しています。

日本でもサステナビリティ開示の動きは活発になっています。例えば2023年3月期の有価証券報告書から、「サステナビリティ情報」の記載欄が新設され、人的資本・多様性やコーポレートガバナンスに関する開示が拡充されました。このような情報の充実を受け、自然言語処理等を活用しさまざまな分析が行われています。

このような形でサステナビリティ開示が進めば、他社比較も容易となり、投資家による選別も加速していくものと思われます。結果、企業は単に利益を追求するだけでなく、社会的責任を果たし、持続可能な社会を目指す動きが強まっていくことが期待されます。

インパクト加重会計

会計の変革に関する取り組みはサステナビリティ開示に留まりません。例えばインパクト加重会計は、ポスト資本主義への移行に貢献すると期待されています。

インパクト加重会計とは、企業の社会や環境に与える正負のインパクトを貨幣価値に換算し、財務諸表に組み込むことで企業の真の価値を可視化する手法のことです。

インパクト加重会計は、ハーバード・ビジネス・スクールのImpact-Weighted Accounts Initiative (IWAI) が中心となって開発が進行しており、主に環境、製品、雇用の3つのカテゴリでインパクトを測定・評価します。

日本企業の事例の一つとしては、積水化学工業株式会社の取り組みが挙げられます。

気候変動は地球全体に影響を与えています。当社グループの気候変動に対する取り組みも、株主のみならず、顧客、取引先、従業員、地域社会などマルチステークホルダーに影響を与えていると考えられます。したがって、戦略の妥当性を検証するにはマルチステークホルダーへの影響を俯瞰的・包括的に考察する必要があると考え、インパクト加重会計を用いてマルチステークホルダー包括利益の算出を実施しました。

本検証では下記の計算式で包括的利益を計算することとしました。

[計算式]ステークホルダー包括利益=(当期利益+気候変動取り組みを実施する従業員の雇用創出額+製品による温室効果ガス排出量の削減貢献がもたらす経済価値+製品が気候変動課題以外の環境側面にもたらす経済価値)-(事業活動による温室効果ガス排出が及ぼす経済損失+事業活動が気候変動課題以外の環境側面におよぼす経済損失)

取り巻く環境の変化はあるものの、それに対応した企業活動によって、当期利益に対するステークホルダー包括利益は2016年度以来、2倍以上を維持しています。

出典: 積水化学工業株式会社 TCFD Report2023 P24より抜粋 

以下はステークホルダー包括利益計のイメージ図です。伝統的な株主にとっての「当期利益」に、その他のステークホルダーへのインパクトを加減算しているプロセスが示されています。

出典: 積水化学工業株式会社 TCFD Report2023 P25

サステナビリティ開示では、どうしてもCO2削減にかかるコストが強調されがちです。これに対し、インパクト加重会計では、CO2削減が自然資本に与えるプラスの影響を貨幣価値として計上することが可能です。

このようにインパクト加重会計は、財務資本だけでなく、環境や社会に与える影響を貨幣価値に換算し、貸借対照表や損益計算書に反映させる新しい会計の考え方です。ただし、測定基準の統一や主観的判断の介入などの課題もあり、今後さらなる発展が期待されています。

まとめ

変化を模索する資本主義と共に会計の今後の方向性を「ポスト資本主義と会計の役割」としてまとめてみましたがいかがでしたでしょうか?

先述のマルクス・ガブリエルは、ポスト資本主義で議論されている内容と日本との親和性の高さについて触れています。

このような流れを受け、今後、会計は、従来の財務情報に加えて、サステナビリティ開示やインパクト加重会計の要素を包含していくと予想されます。これにより、持続可能な社会の実現に向けた企業の価値が多面的に評価されるようになるでしょう。

以上を踏まえると、ポスト資本主義下で会計が果たすべき役割はますます重要になってきています。法人や個人が、財務資本以外の資本にも着目し、それらの維持・成長に寄与する行動を取ることで、その結果、会計は新たな価値を創造し続けることができるでしょう。

最後にサステナビリティ開示やインパクト加重会計といった新しい情報を使う際、その裏には作る側 (さらには保証する側) の負担の理解も進むことを期待して、この章を閉じたいと思います。

おわりに

この記事が少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。ご意見や感想は、noteのコメント欄やX(@tadashiyano3)までお寄せください。

この記事に記載されている内容は、私の個人的な経験と見解に基づくものであり、過去に所属していた組織とは関係ございません。

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