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若狭の仏像・快慶作「木造執金剛神立像/木造深沙大将立像」紅葉の寺「金剛院」【京都】

 注目は快慶作「木造執金剛神立像」「木造深沙大将立像」で、和歌山の高野山・金剛峯寺とは一味違う快慶仏。「三重塔」、「絹本着色薬師十二神将像」、「木造増長天・多聞天立像」、「木造金剛力士像」、「木造阿弥陀如来坐像」があり見どころ満載です!!

 写真が残っていない・・。なぜだ・・。では始めます。
 

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 平城天皇第三皇子・高岳親王こと「真如」僧が高野山から弁財天を招いて創建。真如は弘法大師空海の十大弟子のひとりでもあるそうな。

変更履歴

2021年08月30日 初版

▼HP(公式HPなし)

まいづる観光ネット
海の京都

▼アクセス

京都府舞鶴市鹿原595

▼本尊と脇時

波切不動尊

▼見どころ

本尊はもと阿弥陀如来であったが、白河天皇勅願以後に波切不動尊となった。山腹に本堂・鐘楼・雲山閣、山裾に室町期の三重塔@重文などの建物がある。

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ここは何と言っても快慶作「木造深沙大将立像@重文」、「木造執金剛立像@重文」で、仏像の本などでよく出ていますね。小さいですが、かなり凝った彫刻で、作例が少ない「木造深沙大将立像」はおすすめです。

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 「木造深沙大将立像@重文」、「木造執金剛立像@重文」の組み合わせは重源がかかわっていると思われ、高野山の宝物館にも快慶作「木造深沙大将立像@重文」「木造執金剛立像@重文」が安置されているが、同じ快慶作なのに異なる見た目の仏像である。
 高野山は写実的な彫刻で、金剛院は宗教の仏画に忠実な感じがする。ある意味、この両側面を持つのが快慶の良いところだと思っているが。

 ということで、見た目は違うので時代は異なるのかなと思っていたが、制作時代は近いようだ。なぜ?そうなったかは不明だが、クライアントの要求なのかな。

補足:執金剛立像 と 深沙大将立像
「執金剛立像」は阿吽の呼吸で有名な金剛力士立像が合体した仏像である。「深沙大将立像」は高野山、明通寺など数例しかない貴重な仏像である。

紅葉が綺麗のようなので、その時期に行ってみてもよいかも。ただ、車かな~。

 あっ、快慶展だったと記憶しているが、TOPバッターの「金剛力士像@重文」はここの仏像でしたね。ちなみにここの金剛力士像は珍しい姿だそうだが、専門家曰く東大寺戒壇院の図を基にしているなど解説している人もおり、東大寺の繋がりを指摘している人もいる。
 また、東大寺の金剛力士像の快慶作に通じる所もあり、寺の由緒の通り快慶が関係しているかもとのこと。
 快慶の仏像は見た目が素晴らしい彫刻であると同時に、ちゃんとした意味づけのあるものが多いのも面白い。たまに、ああ~あそこの仏像画を基に作ったんだ~!というのも楽しめるところ。

 因みに私は秋篠寺の「大元帥明王立像」を見仏したとき、ここの「木造深沙大将立像@重文」を思い出したんですよね~。顔が似ている気がするんですが、私だけかな~(笑)

▼旅行記

▼セットで行くところ


▼仏像展

「木造深沙大将立像@重文」、「木造執金剛立像@重文」、「金剛力士立像@重文」

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