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今回の映画秘宝編集長DM事件で可視化されたこと~加害者を擁護する映画コミュニティ~

映画秘宝の編集長、岩田和明氏がTwitterの一般人アカウントにDMを送りつけ、大問題に発展している。今回の事件について、映画ライターとして、映画上映に関わってきた者として、感じた怒りを表明したいと思う。最初に書いておくが、編集長の行為は徹底的に叩かれても仕方ない。でも、自分の大きな怒りは別の部分にある。それは、これまで、映画界で何回も感じてきた怒りだ。

さて、ことのあらましはこちらの記事で紹介されている。

大前提として岩田氏の行動は本当に愚かだ。それなりの知名度がある雑誌の公式アカウントを使い、批判者にDMを送りつけるという行為は脅迫、恫喝と捉えられても仕方がない。岩田氏のDM被害を告発するツイートは相次いでいるので、彼にはもともと、そのような習慣があったのかもしれない。

ただ、岩田氏のDM癖は、批判されても「取り返しのつかない大問題」とまでは呼べなかったと思う。人は過ちを犯すものだ。精神状態が不安定になれば、自分を客観視できなくなることもあるだろう。そこで間違いを指摘されたとき、しっかり反省して被害者に真摯な対応をすればいい。それで許してもらえるかどうかは分からない。ただ、それが人の筋だと思う。

また、「反対意見を許せないくらいなら編集長をやるな」というツイートも見たが、ややエスカレートしすぎな気もする。今回の被害者のつぶやきは「編集長がそれくらいどうして流せなかったのか」という程度のものだった。しかし、ときには、本当に酷い誹謗中傷を目にすることもあるだろう。それすらじっと耐え忍べ、とは自分には書けない。

編集長を擁護する4パターンの意見

今回の事件で自分が憤りを感じたのは、映画秘宝関係のライター、雑誌の愛読者たちによる、編集長擁護のツイートが散見したことだ。そのパターンを紹介すると、

① そもそもDMを公開するな
② 編集長が出演していたラジオに対し、被害者が「女性ゲストが出ると思ったら男性しかいなかった」とつぶやいていたのは、本人の勘違いでしかない。
③ 映画秘宝はホモソーシャルではない。勝手に今回の事件とホモソーシャルを結び付けないでほしい。
④ どんなことになっても自分は秘宝の味方。

となる。

④ に関しては、「ご自由に」としか。ただ、そのために批判者を攻撃し、「編集長を悪く言う奴らは正義に酔っている」と誘導しようとしている人がいるのは、非常に残念である。別に、みんな正義に酔っているわけでもなんでもなく、単純に「気持ち悪い事件だ」と感想を述べているだけに過ぎないだろう。

① についても、かなり無理筋の意見だ。これが一企業のセクハラやパワハラ事件だったら、こんな擁護は生まれてこないだろう。つまり、言葉の暴力を受けた人間に、「泣き寝入りしておけ」と言うのが理不尽なくらい、誰もが分かっている。ポリティカル・コレクトネスについての意識が強くなっている時代なら猶更だ。そして、何を「暴力」と思い、助けを求めるかは個人の感覚による。岩田氏のDMは見ず知らずの人間に「誹謗中傷」「死にたい」と一方的に告げるもので、恐怖を感じるには十分すぎた。自分の身を守るため、理不尽な攻撃に報復するため、DM公開に踏み切るのは自然な流れだろう。


「DMを公開するのは愉快犯」とか、意味不明なつぶやきをしていたライターもいた。何を言っているのだろう。そもそも被害者が最初にやったのは、「ラジオや雑誌について批判的なツイートをした」というだけである。そして、その内容は特に悪質でもなかった。一部、事実誤認や思い込みはあったが、それを自覚し、エクスキューズもなされている。そこに、不安定な文章でDMを送りつけてきたのは岩田氏である。これで被害者を「愉快犯」呼ばわりする神経が信じられない。二次被害と言って差し支えないだろう。

② については、上記のとおりである。被害者は自分が「思い込んでいて」だとしたうえで、「勝手に幻滅している」と書いている。別に、それくらいのこと、誰にでもあるだろう。映画を見ていたってそうだ。「こういう展開になるだろう」と思い込んでいて、「そうならなかった」と勝手に幻滅したことが、今までに一度でもないとでもいうのか。そして、そんな勝手な思い込みを言葉にしたことだってあっただろう。「交流もない映画雑誌の公式アカウントから恫喝まがいのDMを送りつけられる」のに、相応しいだけの罪にはならないはずだ。

③ については、微妙なところである。確かに、映画秘宝はホモソーシャルな価値観を押し出してきた雑誌だ。創刊時のコンセプトからして、「男向けの映画雑誌」である。これまで、確かに男根主義的、女性蔑視な文章が多かったのは事実だ。ただ、岩田氏の行為がホモソーシャルの中から生まれてきたとするのは、根拠に乏しい。「女性を選んでDMを送りつけて」という批判もあるが、どうも岩田氏のDM癖は男性相手にも発揮されていたようなので、あまりピンとこない。

しかし、「シスターフッド特集をしているから」「女性ライターや女性編集者もいるから」、雑誌編集部がホモソーシャルではないという意見にも警鐘を鳴らしておきたい。さまざまな差別が起きるとき、加害者たちは「俺にもあの国の友達はいるから差別なんてしてないよ」といった言い方をしないだろうか。また、日本には女性の政治家がたくさんいる。しかし、彼女たち全員が必ずしも、男女平等のために積極的な働きをしているわけではない。むしろ、男性の意見に女性も賛同している象徴として、要領よく立ち回っているケースも多い。


別に、映画秘宝に関係している女性たちがホモソーシャルに取り込まれていると書きたいわけではない。単に、「女性がいるから男尊女卑的な価値観は払しょくされている」という理屈は成り立たないと思うだけだ。そして、こういう意見が出てくる現場では往々にして、旧時代的なシステムが存続している。映画秘宝が本当にアップデートされたのかどうか、判断は保留でもいいのではないだろうか。

なぜか映画メディアは現場の事件に口をつぐむ

さて、ここから一番書きたかった内容に移る。

自分はずっと疑問だった。2019年の終わりあたりから、ミニシアターやインディペンデント映画にまつわる、搾取やハラスメント、暴力事件は大々的に報道されるようになった。しかし、あらゆる媒体の先頭に立って、問題解決に取り組まなければならないはずの映画メディアは、ことごとく沈黙した。映画秘宝も、映画芸術も、キネマ旬報も、CUTも、nobodyも、である。いずれも、クリエイターの権利や社会問題、映画興行などについてはむしろ、繰り返し問題提起をしてきた雑誌だ。しかし、映画の現場で起こった「強者から弱者への加害」になると、口をつぐむ。ときには、加害者擁護に近い言動をする関係者もいる。

今回、岩田氏のDMをめぐる関係者たちの態度は、こうした疑問の答えを可視化した。要するに、「友達だから」である。映画業界は狭い。だからこそ、関係者たちの結びつきは強くなる。長年苦楽を共にすれば、同志の絆も芽生えてくる。その結果、自分たちのコミュニティを壊そうとする他者に、異常なまでの攻撃性を見せるのだ。

自分が過去勤めていた劇場では、支配人に地元からクレームが寄せられていた。「もっと地元の声を反映したプログラムを作ってほしい」「地元と交流を積極的にしてほしい」「スタッフの労働環境を整えてあげてほしい」という内容だった。支配人はどうしたか。地元との会議を欠席するようになり、コミュニケーションをしなくなった。そして、対外的には「映画愛にあふれた劇場」というイメージをアピールし続けた。おそらく、いまだ告発されていないだけで、似たような状況のミニシアターは全国にたくさん残っている。

映画メディア、ライター、クリエイターに映画館経営者。誰もが映画を愛し、そこで描かれる社会問題に関心を寄せる。そして、「こうした作品を広めなければ」との使命感に駆られる。あるいは、「自分もそういう映画を作りたい」と誓う。しかし、そのために身近な人を傷つけることには無頓着だ。自分が映画文化の一員として、特別な仕事をしているという意識が、心を狂わせる。常識や道徳観念から、自らを乖離させていく。仲間には優しいのに、それ以外の人間を見下すようになっていく。

「暴力→告発→黙殺」の構造

岩田氏の2020年度ベスト映画は『アルプススタンドのはしの方』だった。配給会社のSPOTTED PRODUCTIONSは、松江哲明監督『童貞を。プロデュース』(2007)にも関わっている。同作品は、出演者に性行為を強要し、本人から上映を止めるよう要求があったのにもかかわらず、監督と配給会社は黙殺した。事件は2019年末、被害者男性のインタビュー記事が公開されて、ようやく大きく報道された。しかし、この事件について、SPOTTED PRODUCTIONSとも松江哲明監督とも密接につながってきた映画秘宝は言及を避けている。

近しい人間が集まって形成されたコミュニティにより、ミニシアターやインディペンデント映画は守られてきた。そして、映画メディアもそれらとつながってきた。情と絆に支えられてきた彼らの関係は、いくつもの問題を生み出してきている。そのたび、仲間同士で擁護し合い、被害者が空回りしているようなムードを生み出そうとする。そんな彼らも、もっと大きなテーマ(戦争や差別、政府の指針)については、饒舌に批判を展開しているのだ。

2020年6月。アップリンクの元従業員は、ハラスメント被害を受けてきたとして浅井隆社長を提訴した。同年10月、和解に至ったものの被害者たちは「私たち原告は、「円満」にも、そして「全ての問題が解決した」とも考えておりません。」と発表している。

映画秘宝DM事件そのものは、本当に幼稚で呆れるものだ。ただ、そこから始まった関係者たちの加害者擁護は、映画業界を取り巻く「暴力→告発→黙殺」の構造を踏襲している。なぜ、被害者の声がかき消されるのか。それを、これほど明確に示してくれた事例はそれほどなかった。名前の知られたライターですら、加害者擁護にまわっているタイムラインを眺めながら、これほど腐りきった映画界で暴力や搾取がなくなることなどありえるのかと不安になってしまう。

お前らの友達がどういう奴かなんて関係ないから、ダサいことすんなよ。これ以上、失望させないでくれよ。

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映画ライター&京まちなか映画祭実行委員。著作『映画現場のプロたちが教える 面白さが100倍になる鑑賞術』https://www.amazon.co.jp/dp/B081BKB1G9 ラッパーとしての名義は「MCヤンヤン」。