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私がカウンセリングより、体験的心理療法より、身体心理療法家として活動する理由

まず私の経歴を簡単に。

心理カウンセラーとして独立後、
カンウセリング、コーチングの提供と育成に
2年ほど取り組んだ末

古典的な体験的心理療法を学び
ゲシュタルト療法家に。その後
身体と心の繋がりを直接扱う身体心理療法
へと辿り着き、
現在は身体の反応と心の反応を同時に扱う
独自の療法を行っている。
と言う具合です。

心理カウンセラー系の資格や
ボディーワークは国際資格を持っているけれど、
本当はどちらにも否定的な意見を持っています。

その理由と背景について書いてみたいと思います。


身と心を切り離すと逆効果


カウンセラーとして心を扱ったり
ボディーワーカーとして姿勢を整えたり
どちらの立場もやってきて

身体だけを整えようとする事
心だけを整えようとする事が
むしろ悪循環になっている事に気づいたのは、
割と初期の頃でした。

身体にせよ、心にせよ
どちらかだけを楽にすると、症状だけが緩和し
本当の問題はより深くに抑圧される。
と言う事態です。

カウンセラー、コーチの頃によくあったのは
気分があがって帰ったように見えても
また同じ問題を抱えて帰ってくるパターン。

ボディワークの場合は、
続けているうちは楽だけどやめると
また緊張と痛みが再発してくるパターン
これはかなり困った事態でしたし、
その道のプロと言われる人達の元で
学んでみましたが、

心のプロは身体の問題に希薄
身体のプロの心の問題に希薄


だなと感じていて、
これが新たな道に入るきっかけになりました。


体験的心理療法との出会い


体験的心理療法の代表、ゲシュタルト療法。
この療法は「今ここの気づき」を重視します。
身体の感覚を感じ取るアプローチが特徴的で、
過去や未来について言葉でやり取りする
カウンセリングとはある意味真逆の方法です。

私も受け始めた頃は
喋っている時には気づいていない感覚を体験し

ただ椅子を置くだけなのに、
びっくりするほど涙が溢れてきたり、
怒りが込み上げてきてとても衝撃的でした。

ゲシュタルト療法は
カウンセラーの私をブレイクスルーさせた
貴重な体験です。

心と身体を扱うバランス


その後、
ゲシュタルト療法に自身のこれまでの知識を加え
20名ほどのカウンセラーに伝授。
毎晩トレーニングを主催するほどのめり込みました。

ただ、
ゲシュタルトが万能ではないと言う事も感じていて、

その理由の一つに

言葉を主体として進めていくので、
身体感覚が希薄な人は深く入れない。

という事が臨床では良くありました。

現在のゲシュタルト療法の立ち位置が
カウンセリングの中の一つの技法になっている。
という問題もあるかもしれませんが。

なにせ、
感じる力はクライアントに委ねられるので
かなり効果に差が出る。

心理療法家の人達はよいけれど、
通常クライアントは
感覚が閉じていて思考的なので

結局身体感覚より知的な気づきに寄ってしまう。

それでは、身体と心がまたバラバラになっていく。

感覚覚醒の苦難


感覚覚醒のアプローチには
センサリーアウェアネス
フェルデンクライス
ヨガセラピーなどを行っていましたが、

これも問題が浮上します。

どれも感覚を丁寧に感じていくので
プロセスの中で軽い変性意識状態に入ります

確かに感覚の深い所には入れますが、
今度は、その感覚を日常に持って帰れず
日常意識との解離が生まれてくる事態です。

ケンウィルバーの言う、
プレパーソナルな次元に入り
単なる現実逃避的な特殊な体験で終わってしまう。
それなりの効果はありますが
何か足りない感じは続きました。

陰極まって陽に転ずる


少し振り返ると、足りないのが何かは明白でした。

共通するのはどのアプローチも
癒しを過度に重視し、痛みを避け過ぎている事です。

身体にせよ、心にせよ、痛みを避けて何かになることは

同じ事を続けながら違う結果を望んでいる様なものです。

ダイエットで言えば
痩せるにはお菓子を我慢する痛みは
どーやっても避けられません。

セラピー自体が
心の痛みを避けていたら
当然効果は出るわけがありません。

チョコの代わりにチョコ味の寒天を食べて
満足した気になった所で、
誤魔化しが効くのもわずかでしょう。

結局本当にやめるためには
我慢したくない気持ちも
我慢したい気持ちも
どちらも大切で
特に陰(我慢したい)の感情を極めていく事で
ブレイクスルーが起きる。

ランナーズハイに似ていますね。
いずれそういうアプローチが必要だと感じました

身体心理療法との出会い


探究していくと、
そういった心と身体の緊張を極めるアプローチは
ウェルヘルムライヒの系統では多く
行われていました。

ライヒは身体の緊張と心の反応を、
機能的に同一の物として捉えます。

様々なアプローチで身体の緊張と心の状態を繋げ
緊張した動きを取り入れながら解放していく
とても素晴らしい療法です。

しかし、日本ではほとんど知られておらず
現役でされている方は皆無でした。

何とか見つけた引退間近のお爺さんの所へ
片道3時間かけて通い学びましたが
実際彼から学んだ事は、

アプローチは「自分で発見していきなさい」
というシンプルで本質をついたものでした。

そしてその後、
身心の探究を重ね続けているという具合です。

現在のセラピー事情


解釈論では何とでも言えますので
実際の臨床での様子はどうなのか。
で締めくくりたいと思います。

この療法を行う様になってから
鬱を一つとっても

身体的に何が起こっているのか
心に何が起こっているのか

自然とわかる様になり、
カウンセリングの時間が大幅に減りました。

言葉の代わりに
身体の動きや姿勢のレッスンを増やし
体感で腑に落としていくアプローチが
メインになっています。

ただ
当然、痛みを体験して必要があるので
クライアントの方の決意と覚悟は欠かせません。

無理に進めず、準備が整うまで、
カウンセリングを続けることもあります。

結局
受けれる状態になれば効果は出るし
カウンセリングや通常のセラピーも
これまで通りやっているだけなので

そこはあまり気にせずやっています。

私の所では
ほとんど動けない方でも、
2回ほどで、大きく変化を感じ
その後3ヵ月ほどかけて
日常が大きく変わっているという感じです。



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