『冬の終わりと春の訪れ』#13

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「……なんで、ですか」

 僕の反応に、部長は眉を下げた。
 午後1時過ぎ。新学期の始業式も終わり、放課後の部室で僕は部長と2人で対面していた。

「お父さんが海外勤務になったんだって。家族皆でついていくことになったらしいよ」
「……それ、僕以外の皆は知ってたんですか?」
「山北君は知ってるって聞いた。実際の現部長は2年のあの子だからね。その他の子は多分知らないと思う。私も山北君も、口止めされてたから」

 部長の言葉が、どこか遠くから聞こえてくるように感じる。それくらいなんだか今のこの瞬間が、現実味がなかった。

「……すみません、今日はもう、帰ります」

 情けなくも、声は震えていた。このままここに居てもみっともない姿をさらけ出し続けるだけ、そう思った。
 机の上に置いていた鞄を背負う。

「片山君」

 そのまま立ち去ろうとしたところで、部長に呼ばれた。

「これ、あの子の新年号の原稿のコピー。帰ったら、読んでみて。渡しておくから」
「なんで……」
「いいから」

 はい、と部長に手を取られ、その上に原稿をぐっと押された。くしゃり、少し紙が歪む。
 背負っていた鞄を一度下ろして、念のためファイルに入れてから鞄に入れた。コピーだとしても、蜜柑さんの原稿には変わりない。くしゃくしゃになってしまうのは嫌だった。
 突然彼女が消えてしまった後でも、変わらず僕は彼女のファンだった。

「じゃあ、お疲れ様です」
「うん、お疲れ」

 部長に見送られながら、僕はその場を後にする。
 廊下から下駄箱、校門へと向かう間、僕の頭の中はぐるぐるとどこにもぶつけられない、ぶつけようのない気持ちや考えが巡っていた。

 なんで教えてくれなかったんだろう。
 あれだけ一緒に居たのに。
 なんで部長には伝えて、なんで僕には。
 そんな大切なことも教えてもらえないほどの関係だったのか、僕達は。
 嗚呼、もうここに遠藤さんはいない。
 彼女と過ごすことができない。
 もう一生会えないかもしれない。

 ――嗚呼、もう。

「……なんで、」

 なんでこんな時に、自覚してしまうのだろう。
 もっと早く気づけばよかった。

 校門を出て、帰路につく。恥ずかしくも、涙が頬を伝った。

 僕は遠山さんの作品だけじゃなくて、いつの間にか、彼女自身のことが好きになっていた。

 自覚したころには、年末に降り積もっていた雪は跡形もなく消えていた。
 それはまるで、雪が彼女自身だとでも言っているようだった。


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