『冬の終わりと春の訪れ』#4

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『反省をしたのか、彼から質問攻めにあうことは初日以来なかった。それどころか、話す機会があってもお互いに必要最低限の会話しかしなかった。私も彼も他人とコミュニケーションを取ることがそんなに得意でないことが影響したように思う。』
『製本作業は順調に進み、文化祭の3日前に部誌が無事に完成した。そして彼の質問攻めが復活したのは、その翌日のことであった。』

     *   *   *

「今日の放課後時間ありますか!」

 1年2組。教室の出入口。昼休み。目の前には蜜柑さん。
 僕は人生で初めて女の子の放課後の予定を確認していた。

「……は?」

 ぱちくり、驚いたように蜜柑さんは口をぽかんと開ける。

「昨日部誌の作品を読ませていただきました。それでどうしても、蜜柑さんと話したくなってですね……! いてもたってもいられなくなって、」
「ちょ、声でかいです! ペンネームで呼ばないでください……」

 ついつい声を荒げてしまった僕に、蜜柑さんが迷惑そうに顔を歪める。小声、だがしかし怒気を孕んだ声で怒られて、慌てて周りを見渡した。
 幸い、僕達の会話に聞き耳を立てているような人はいない。

「す、すみません……」

 謝ると、蜜柑さんは溜め息を吐いている。またこの様子だと引かれているような気がする。
 以前の状態から反省して、出方をうかがっていたが結局僕には引かれない話し方なんてわからなかった。それ故に蜜柑さんと距離を縮めることができずに今日まで来てしまったわけである。
 しかし、昨日再度作品を読んで思ったのだ。距離を近づけたいと思っているのに何もやらないわけにはいかない。やり方がわからずとも、正面から向き合わねば何も始まらないのだ。
 脱コミュ障。

「……別に時間は、空いてますけど」

 渋々、といった感じで返ってきた言葉に、心の中で歓喜する。最高だ。

「じゃあ帰りのHRが終わった後、部室で待ってますね」
「え、」
「よろしくお願いします」

 断る隙が出来ないようにごり押しをした。返事を聞く前に退散。酷い奴だとも思う。
 けど、それでも一緒に話をする時間が欲しかった。
 僕はまだ、蜜柑さんに「あなたのファンです」という一言すら伝えられていない。まずは、そこからだ。

 ――そうして待ちに待った放課後。
 その日は部室には誰もいなかった。活動もないので当然と言えば当然である。
 窓際の後ろから2番目という個人的に1番好きな席に座ってどきどきしながら待っていると、彼女はやってきた。

「あ、蜜柑さん! ありがとうございます」

 テンションが上がる。蜜柑さんは呆れたように溜め息を吐くと、僕の前の席に荷物を置いた。

「その蜜柑さんっていうの、やめてもらえますか? どこで誰に聞かれてるかもわからないし」
「自分が蜜柑ってこと、知られたくないんですか?」

 あんなに素敵な作品を書けるのだから、そんなに隠そうとする必要もなかろうに、なんて思ってしまう。しかしそういえば、初めて会ったまだ僕が部員でないとき、はぐらかされたななんてことを思い出した。
 蜜柑さんは僕の前の席に横向きに座る。身体を半分こちらに向けた状態で、また溜め息を吐いた。

「知られたくないです。あまり、不特定多数の人には」
「ふーん……わかりました。じゃあ、遠山さんで良いですか?」
「はい」
「そういえば遠山さん、別に敬語じゃなくていいですよ。同い年ですし」
「……その言葉、そっくりそのまま返します」

 こんなに蜜柑さん――改め、遠山さんときちんと言葉のキャッチボールが続いたのは、初めてではないだろうか。感動を覚えている。
 現時点で遠山さんには、それほど引かれていないように思う。僕に対する耐性ができたのだろうか。昼休みに誘ってからこの放課後までの間で、一種の僕に対する気持ちの整理でもついたのだろうか。
 何にせよ、有難い。

「僕はなんとなく、遠山さんに対する尊敬の念がありすぎて敬語抜くのが難しいんですよ」
「……前から、尊敬尊敬言い過ぎ、です」

 ぷい、と遠山さんが視線をそらして廊下の方を向いてしまった。その耳は赤くなっている。

「くくっ」
「、なんですか」

 思わず笑いがこみ上げてしまった。遠山さんは不機嫌そうにまたこちらを見る。

「いや。遠山さんって、素直じゃないですよね」

 この前の印刷室のときも、誉めると、口調が少なくなる割に耳が赤くなっていた。それを思い出しながら、そう言うと、今度は遠山さんの頬まで赤くなった、ような気がする。

「うるさいな」

 その瞬間、初めて素の彼女と接することができたような気がした。


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